性行為を条件に高金利で金を貸すヤミ金業が横行 カラダが担保の「ひととき融資」とは
インターネット掲示板で知り合った女性に対し、性行為を条件に金を貸していた大阪府下の公務員の男が大阪府警に逮捕された。「ひととき融資」と呼ばれる手口だが、容疑はヤミ金だった。なぜか――。
【「ひととき融資」とは】
本来、個人が個人との間で金を貸し借りするのは自由だ。友人や知人に金を貸したり、逆に借りた経験がある人も多いだろう。
インターネット上にも、見知らぬ他人同士での個人間融資をうたった掲示板が多数存在するし、SNSを介した融資も現に行われている。貸主と借主が希望金額や条件などを書き込み、連絡を交わし、貸し借りを行うというものだ。
ただ、今どきカードローンやキャッシングなど、金を借りる手段はいくらでもある。それでも個人間融資が横行しているのは、すでに正規の貸金業者から多額の借金を抱えているとか、ブラックリスト入りしていて審査に通らないといった借主のニーズがあるからだ。
一方、貸主からすると、そうした人物に金を貸しても、返済されないまま逃げられるおそれが高い。何らかの「うまみ」がない限り貸すはずがないわけで、その一つが性行為を条件にするという「ひととき融資」だ。
「ひととき」とは、「性行為の相手として『ひととき』の時間をすごす」という趣旨や、「人(ひと)」「-(と)」「木(き)」を組み合わせた「体」と引き換えに金を貸すという意味合いから、ネット上の個人間融資で使われている隠語だ。
出会い系などの援助交際を利用し、1回ごとに金を支払って性行為に及ぶよりも、借主との合意に基づいて回数を重ねるほうが、結果的に安上がりになるばかりか、利息も稼げるというわけだ。
狙われるのは主として若い女性であり、貸主の男がメールなどで借主の顔写真を送信させるなどし、直接会ったうえで、性行為に応じれば金利など返済条件をゆるくしたり、返済日を先延ばしにするが、応じなければ金利も高くなるといった条件を提示する。
借主も、何とかすぐにまとまった金を借りなければ生活できないといった窮状にあり、切羽詰まっている。借主の男が同じ地域に住んでいるとか、勤め先もしっかりしていそうだとか、親身になって相談に乗ってくれたとか、返済しさえすれば関係も終わるといった安易な気持ちから、貸主の求めに応じることになる。
だったら初めから風俗店で働いたり、援助交際に走ったほうが気楽でいいのではないかと思うかも知れない。しかし、借主の女性の多くが「自分は風俗嬢や売春婦とは違う。あくまで金を借りるだけだ」といったプライドをもっているので、話はそう簡単ではない。
【性犯罪としての捜査は困難】
問題は、そうした「ひととき融資」には性犯罪捜査のメスを入れにくいという点だ。
というのも、借主が未成年であれば児童買春罪や淫行条例違反などで検挙できるが、成人女性だとこれらには当たらないし、暴行や脅迫がなく、抗拒不能の状態にもなく、条件を理解し、納得のうえで貸主と性行為に及んだ場合、刑法の強制性交等罪や強制わいせつ罪、強要罪なども適用できないからだ。
「ひととき融資」の実態は売春行為とみることもできるが、売春防止法でも処罰できない。
確かに、売春防止法は「『売春』とは、対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう」と規定したうえで、買売春を禁じている。貸金の交付や利息の免除なども「対償」に含まれる。
しかし、「不特定の相手方と性交すること」が要件なので、相手が貸主と借主だけに限られていたり、性行為の中でも手淫や口淫などにとどまる場合は対象外だ。そればかりか、売春防止法には買売春そのものに対する罰則規定が存在しない。たとえ広く性交に及んでいたとしても、借主はもちろん、貸主も処罰できない。
罰則によって規制されているのは、客引きやあっせん、場所の提供、売春婦の管理など、買売春を助長したり、そこから利益を得るような行為だけだからだ。
この点、売春防止法には、次のような者を処罰する規定がある。
・人を困惑させてこれに売春をさせた者
・人に売春をさせることを内容とする契約をした者
・売春をさせる目的で、前貸その他の方法により人に金品その他の財産上の利益を供与した者
(最高刑は懲役3年)
刑法にも、次のような者を処罰する淫行勧誘罪がある。
・営利の目的で、淫行の常習のない女子を勧誘して姦淫させた者
(最高刑は懲役3年)
そこで、これらの規定を使うことも考えられるが、やはり特定の相手方であったり、性交に至っていなければ対象外だ。しかも、もしこれらで立件するとなれば、借主の女性の協力や性行為場面に関する詳細な事情聴取が不可欠となる。裁判になれば、法廷で証言してもらうといった事態もあり得る。
借金を抱えていることすらも人に知られたくないような女性がほとんどだから、情報提供までは得られても、積極的な協力は望めない。
【「ヤミ金規制」に着目】
とはいえ、警察が「ひととき融資」を放置しているかというと、必ずしもそうではない。貸主に勤務先や住所などを知られ、性行為の場面を撮影されるなどし、ストーカー被害を受けたり、家族や会社などにバラすと脅され、借金を完済してもなお性行為を求められ続けるといった事件も発生しているからだ。
もちろん、そこまでいけば刑法の強制性交等罪などで処罰できることになるが、エスカレートする前に早めに規制の網をかけておいたほうが望ましい。そのために使われている法律が、貸金業法や出資法だ。
まず、貸金業法は、ある都道府県内で金銭の貸付けを「業として」行う場合には、その都道府県の知事あてに申請し、登録を受けなければならないと規定している。
「業として」とは、反復継続し、社会通念上、事業の遂行とみることができる程度のものを指す。個人間融資でも、繰り返していくうちに借主が不特定多数にわたることになる。とりわけ「ひととき融資」の場合、成功体験によって貸主も味をしめるから、次々と借主を変え、貸付を繰り返すことになる。まさしく貸金業法が規制している貸金業にほかならない。
もし無登録のままで貸金業を営んだら、最高で懲役10年、罰金でも3千万円と重い刑罰が用意されている。安心して利用できる貸金市場を構築するとともに、多重債務者問題を解決するためだ。
また、出資法の高金利規制も、次のように厳しい。
(1) 貸金業者(無登録を含む)が年利20%超の契約をし、受領し、その支払を要求
→最高で懲役5年、罰金でも1千万円
(2) 貸金業者(無登録を含む)が年利109.5%(1日0.3%)超の契約をし、受領し、その支払を要求
→最高で懲役10年、罰金でも3千万円
(3) (2)が貸金業者によるものでない場合
→最高で懲役5年、罰金でも1千万円
たとえ法定金利の範囲内での「ひととき融資」だったとしても、借主が複数にのぼり、反復継続しているような場合には、無登録で貸金業を営んだということで、貸金業法違反で検挙される。
そのうえで、そうしたヤミ金として(1)の高金利や(2)の超高金利を得ていれば、貸金業法違反と出資法違反のダブルパンチが待っているというわけだ。
【今回の事件は…】
今回の事件も、警察は2017年12月から貸主の男に対する内偵捜査を進めており、まずは第一弾として、2019年5月15日に貸金業法違反(無登録営業)で逮捕した。
そのうえで、男がこれで起訴されたことを受け、第二弾として、6月5日に出資法違反(先ほどの(2)の超高金利違反)で再逮捕したというわけだ。
報道によれば、次のような事案だ。
【トラブルの温床】
こうした「ひととき融資」は、ネットを介した個人間融資におけるリスクの典型例だ。貸主が善意であることのほうが少なく、むしろ法を無視する暴利のヤミ金であるという点も同様だ。ほかにも、次のとおりトラブルの温床となっている。
(a) 個人情報を悪用される
本人確認のために必要だと言われ、貸主に対して運転免許証の写真などを送信したり、氏名や住所、勤務先などを伝えると、資金繰りに窮している人物だということで、別のヤミ金などにその個人情報が転売される。
(b) 保証金や手数料、利息前払いの名目で金をだまし取られる
貸主から「きちんと返済できるか身元確認のために保証金が必要だ」などと言われ、貸主が指定する預金口座あてに先に少額の振り込みをするものの、融資金の送金がないまま逃げられ、連絡がつかなくなる。
(c) 借主が預貯金口座の譲渡罪で検挙される
貸主から「使っていない預金口座のキャッシュカードと暗証番号を送ってくれたら、借金は帳消しにする」などと言われ、これに応じたあと、「振り込め詐欺」など特殊詐欺用の預金口座として使われて警察の捜査を受け、犯罪収益移転防止法の預貯金口座譲渡罪で立件、処罰される。
「ひととき融資」などのネットを介した個人間融資は何かとトラブルがつきものであり、手を出さないほうが身のためだ。被害も拡大しつつあるから、今後は警察も貸金業法や出資法による立件に本腰を入れることだろう。
もし「ひととき融資」の借主として困っていれば、一刻も早く警察や弁護士に相談すべきだ。性行為を条件とする不法な原因に基づく貸付であり、民法で無効とされるうえ、返済義務もないとされるからだ。(了)
(参考)
拙稿「買売春、なぜ違法なのか」