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「麺とスープだけ」でラーメンはどこまで美味しくなれるのか?

山路力也フードジャーナリスト
麺とスープだけでラーメンの美味しさを追求する試みが進行中

「一杯のかけラーメン」の衝撃

 ラーメン評論家として長年にわたり何千杯ものラーメンを食べて来た。その中で強烈な衝撃を受け、今もなお愛する一杯がある。『13湯麺(かずさんとんみん)』(千葉県松戸市五香5-1-1)の「元祖とんみん(湯麺)」である。

『13湯麺』(松戸市)の「湯麺」は麺とスープだけの「かけラーメン」
『13湯麺』(松戸市)の「湯麺」は麺とスープだけの「かけラーメン」

 私が『13湯麺』と出会ったのは今から20年近く前のことだ。それまで私はラーメンとは麺とスープ、そして具材のバランスが重要だと思っていた。そしてチャーシューはラーメンにおいて欠かせないものだと思っていた。しかし『13湯麺』の湯麺を食べた時に驚いた。丼の中にはチャーシューやメンマなどの具材は一切なく、麺とスープと薬味のネギだけ。いわゆる「かけラーメン」だったのだ。

 蕎麦やうどんには麺と汁だけの「かけそば」「かけうどん」が存在するが、ラーメンの世界では「かけラーメン」を置いている店は数少ない。その理由は麺とスープの関係性の違いが大きいと思っている。語弊を恐れず言えば、蕎麦やうどんの主役は麺であり汁は完全に脇役に徹し、かけそばやかけうどんはファストフードのように麺をササッと食べるものだが、ラーメンの主役は麺とスープであり、麺を食べスープを楽しみ、その合間にチャーシューなどの具材をつまむ食べ方が一般的なため、かけラーメンにしてしまうと物足りなさが強く感じてしまうのだ。

 しかし『13湯麺』の湯麺はまったく物足りなさを感じることがなかった。丸鶏で丁寧に取られた黄金色の清湯スープにしなやかに泳ぐ自家製ストレート麺。その上に散らされた地元産の長ネギの薬味。シンプルだからこそごまかしは効かない。スープと麺にひたすら集中して食べているうちに、具がないことも忘れてしまうほどの美味しさに衝撃を受けたのだ。ラーメンの主役は麺とスープである。このことを確信した瞬間だった。

本気でかけラーメンを作ったらどうなるか

『ラーメン246亭』(横浜市)『長尾中華そば 神田店』(小川町)の創作かけラーメン(販売終了)
『ラーメン246亭』(横浜市)『長尾中華そば 神田店』(小川町)の創作かけラーメン(販売終了)

 それ以来、ラーメンこそ麺とスープだけの「かけラーメン」があって然るべきと思い続けてきた。さらにその思いは強くなり、人気ラーメン店の店主が麺とスープに全力を注いだら、凄いかけラーメンが出来るのではないか。具などにかかる原価をすべて麺とスープにかけたら、想像もつかないかけラーメンが出来るのではないか。

 そこで2013年にラーメン評論家の北島秀一さん(故人)、山本剛志さんと私で立ち上げた、ラーメン情報専門ウェブマガジン『ラーマガ』の企画として、毎月1軒の人気ラーメン店主に依頼をして、本気のかけラーメンを作って頂く機会を得た。『NAKED』と題した創作かけラーメン企画では、これまでに60軒以上の人気ラーメン店が究極のかけラーメン作りにチャレンジしてきた。

『自家製手打ち麺 粋や』(千葉市)『麺バカ息子』(蒲田)の創作かけラーメン(販売終了)
『自家製手打ち麺 粋や』(千葉市)『麺バカ息子』(蒲田)の創作かけラーメン(販売終了)

 かけラーメンといっても、ただ既存のラーメンに乗った具材を外せばいいというものではない。ラーメンの設計を一から見直してスープと麺を作らなければならない。さらに浮かべる油の重要性も増し、薬味の存在もとても大きなものになる。丼の中に入っているすべてのものに繊細な神経を配った、ラーメン職人の技術や意識が問われる一杯になる。

 そして同時に、ラーメンを食べる側の味覚や意識も問われる一杯となる。時間が経つに連れて刻々と変わりゆくスープの味、香り、そして麺の食感、味わい。誰もが今までに感じたことのない集中力で、目の前の丼に向き合う体験をすることとなる。

 麺とスープだけ。このシンプルなルールによって、すべてのラーメン職人が同じ土俵に立って競い合う。結果として、作り手側のモチベーションも格段に上がっていく。他のどの店よりも美味いと言わせる一杯を作りたい。かけラーメンがラーメン職人の持つ作り手としての本能に火をつけていくのだ。

圧倒的な旨味のスープと自家製麺のハーモニー

連日行列を作る人気店『Kiriya』(流山市)は外観もユニーク
連日行列を作る人気店『Kiriya』(流山市)は外観もユニーク

 そして今また新たに、究極の創作かけラーメンに挑んでいるラーメン店が『The Noodles & Saloon Kiriya』(千葉県流山市西初石4-475-1)である。元和菓子店の店舗を改装した店は、店内こそお洒落なカフェのようだが、看板はいまだ和菓子店のままというユニークな店構えだ。

 自動車整備工場を営んでいた店主の青木成憲さんが、趣味が高じて兼業で2016年暮れにオープンした『Kiriya』。当初は週末だけの変則営業だったが、インターネットで話題になり連日行列が出来る人気店に。今はラーメン専業となって全国でも有数の人気店へとのぼりつめた。

『Kiriya』(流山市)の創作かけラーメン「浅利の潮かけsoba」
『Kiriya』(流山市)の創作かけラーメン「浅利の潮かけsoba」

 そんな『Kiriya』が挑む究極の創作かけラーメンとは。「浅利の潮かけsoba」と名付けられた一杯は、そのメニュー名がすべてを物語っているような、アサリの力強いスープが印象に残るかけラーメン。水と同量の熊本産アサリを使用して弱火でじっくりと炊き出したアサリスープに、アゴ(トビウオ)を強火で仕上げた濃厚なアゴ出汁を丼で合わせるダブルスープ。塩ダレの干し貝柱の旨味も重なって、海産物のみとは思えない力強いスープを作り上げた。

 平打ちの自家製太麺は加水率44%とかなりの多加水麺で、全粒粉も含めて春よ恋100%。しっかりと茹で切ってコシのある麺がパンチのあるスープとがっぷり四つ。薬味の紫蘇も彩りと風味のアクセントとしていい働きをしている。麺とスープだけの可能性をとことん追求した、究極のかけラーメンがまた一杯誕生した。

 麺とスープだけでありながら、これまで作られてきた60杯以上のかけラーメンは、どれ一つとっても同じものはなく、それぞれが作り手の想いや個性が反映されたものばかりだ。全国のラーメン職人の皆さんには、一度本気でかけラーメンを作って頂きたい。そしてラーメン好きの方にも、ぜひ究極のかけラーメンの奥深い世界を体感して頂きたい。麺とスープだけのかけラーメンの可能性は無限だ。

■The Noodles & Saloon Kiriya(千葉県流山市西初石4-475-1)

 「浅利の潮かけsoba」800円(一日10杯限定販売)

 販売期間:5月28日(火)〜6月30日(日)

【参考ウェブサイト:ラーマガNAKED

※写真は筆者の撮影によるものです。

フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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