ニューイヤー駅伝の優勝旗が所在不明……かつて高校野球でも、深紅の大優勝旗紛失騒ぎがあった?
2021年の全日本実業団対抗駅伝競走大会(ニューイヤー駅伝)で優勝した富士通が、優勝旗の所在不明を明らかにした。6月に社内のレイアウト変更があり、管理していた部署の階を移動する際に、運搬作業の過程で誤って廃棄したか、盗難の可能性もあるとして警察に相談した。
そこで思い出したのが、高校野球の深紅の優勝旗紛失事件である。
1954年の夏の甲子園で優勝したのは、中京商(現中京大中京・愛知)だった。閉会式で受け取った深紅の優勝旗は、そのチームが1年間大切に保管し、翌年の開会式で返還することになっている。中京商はその優勝旗を、校長室に飾って保管していた。それが、忽然と姿を消したのだ。
いったいどこに行ってしまったのか。11月21日には芦屋(兵庫)と練習試合を行い、芦屋ナインに優勝旗を披露したので、そのときまで存在していたのは確かだ。2年前、やはりその年に優勝していた芦屋に招待されたとき、同じようにしてもらったから、その返礼だ。
そして試合終了後には、飾っていた教室から校長室に戻したのも確か。だが、27日。中京商の軟式野球部の部員が、卒業記念写真撮影のため、自分たちの優勝旗(軟式野球も強豪なのだ)を持ち出そうと校長室に入ったところ、一番目立つ深紅の大優勝旗がなくなっていたのだ。
発見は、行方不明から85日目
この前代未聞の事件に、校内はもちろん大騒ぎになった。手分けして心当たりを探し、なんとか内々で処理できればと願ったが、見つからない。結局警察に届け出るが、もっとも身近な学校関係者、さらに生徒や野球部員たちもあらぬ嫌疑をかけられながら、独自でも必死に捜索を続けた。
なにしろ、1年限りの大切な預かり物なのだ。学校側としては犯人の逮捕はともかく、全国野球部員の夢の象徴であるそれを、なんとか無事に見つけ出したい。ある部員は神頼みに神社に日参し、学校側は面白半分の投書にも真剣に対応し、占いにすがり、ついに謝礼10万円を用意して一般の方の協力も依頼すると発表した。
だが正月返上で探しても、優勝旗はいっこうに出てこない。1月、2月……日本高等学校野球連盟では「もうあきらめて新調すべきか」という声も、にわかに現実味をもってささやかれ始めた。
そんな2月14日。名古屋市川名中学で、廊下の修理をしていた職人が床下に風呂敷包みを見つけた。不審に思って開けてみると、小さくたたまれたくだんの優勝旗が出てきたからビックリ仰天だ。
川名中は中京商から600メートルほどの近場だったから、練習中にこの連絡を受けた中京商・川島広之主将は、現場まで全力疾走。遅れてほかの部員たちも続き、確認した優勝旗を抱きしめる主将を見て歓声を上げたという。姿を消してから、85日目。結局犯人はわからずじまいで、真相は藪の中だが、学校側では直ちに金庫を購入し、返還する夏まで、その中に大切にしまっておいたという。
中京商は、その55年夏も甲子園に出場した。開会式では、発見された優勝旗を持った川島主将を先頭に、堂々と行進している。その優勝旗は傷みがひどくなり、58年には新調された。犯人以外ただ一人真相を知る「初代」はいま、日本高野連がある中沢佐伯記念野球会館に保存されている。