トーニャ・ハーディングからロシア映画まで。トロント映画祭に見る、親に愛されない子の悲劇
トロント映画祭も後半に差しかかった。オスカー戦線上、重要な意味をもつこの映画祭では、今年も多数の秀作が上映されている。そんな中、親に愛されない子供を描く複数の作品が、心に残っている。
ひとつは、ロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフ監督による「Loveless」。一流企業に勤める夫と、美容サロン経営者の妻は、長年不仲状態にあり、それぞれに不倫をしている。夫のお相手にはすでにお腹に子供がいて、妻も、一刻も早く新恋人と一緒になりたい気持ちでいっぱい。問題は12歳の息子だ。もともとかわいいと思ってもいないこの子供は、新生活をスタートする上で、邪魔者でしかない。夫が「子供には母親が必要なんだ」と主張すれば、妻は「これからの年齢の男の子には父親がいたほうがいい」と反論する。そんな争いの声を、息子が子供部屋で盗み聞きしながら泣いていることなど、この親たちは考えてもいない。
それからまもなく、息子は姿を消す。しかし、新恋人との情事に忙しい両親は、家にわが子が戻っていないことですら、しばらくするまで気づかないのだ。タイトルが示すとおり、愛のない親子、憎しみしかない夫婦の関係が、淡々と、シビアに描かれ、なんとも無念な気持ちにさせられるのが、この映画である。
一方で、マーゴット・ロビーが主演するトーニャ・ハーディングの伝記映画「I, Tonya」はコメディタッチ。だが、虐待の描写に容赦はなく、そこに笑いはない。ライバルのナンシー・ケリガンが暴行を受けた事件の後は、アメリカのコメディアンから相当にジョークのネタにされたハーディングだが、そこに至るまでには、家庭環境の影響が大きかったのだ。
口が悪く、他人に対する礼儀も思いやりもないハーディングの母は、娘にもまったく愛情を注がない。娘にスケートの才能があるとわかるとレッスンには通わせるが、応援したり、褒めてあげたりすることはなく、気にくわないと、安い稼ぎからレッスン代を出してやっているんだと罵ったりする。殴る、蹴るの暴力は日常で、刃物が出てきたこともあった。クレイグ・ギレスピー監督(『ラースと、その彼女』)は、DVの描写が行き過ぎになっていないかと懸念し、過激すぎる部分をいくつかカットしてテスト上映してみたこともあるそうだが、そうすると彼女が置かれていた本当の状況がしっかり伝わってこないと判断し、元に戻したと、インタビューで語っている。
さらに、「Lean on Pete」がある。「さざなみ」のアンドリュー・ヘイが監督する今作の主人公チャーリーは、父親とオレゴン州に引っ越してきた15歳。生みの母は知らず、父は、女を作ってはまた次へということを繰り返している。だらしないながらも、父はチャーリーを愛してはくれているのだが、母が子供を捨てて出て行ったという事実を聞くと、人はやはりある種の反応をする。そして、その父もまた、だらしなさのせいで死んでしまい、チャーリーはまったくひとりになってしまう。
逆に、ひどい親でも愛はあるのが、「The Florida Project」 だ。
ショーン・ベイカー(『タンジェリン』)による最新作の主人公は、フロリダ州オーランドの安モーテルに住む母娘。この手のモーテルの住人は、普通の賃貸アパートには入れない、ホームレスぎりぎりの人たちだ。逮捕歴もあるこの若いシングルマザーは、何のしつけもしないため、娘は手に負えない悪ガキで、あちこちに迷惑をかけまくる。まさにこの親にしてこの子あり、なのだが、母娘が大の仲良しであるところが救い。それでも、親として自覚がなさすぎることのつけは、やがて回ってくることになる。
これらの4作品は、いずれも高い評価を受けている。
「Loveless」は、5月のカンヌ映画祭で審査員賞を受賞。「Lean on Pete」は、主演のチャーリー・プラマーが、ヴェネツィア映画祭で新人賞に当たるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞した。「The Florida Project」は、トロントでのプレス向け試写が超満員で入れない人も出る状態になり、追加試写が組まれている。
そして「I, Tonya」は、ロビーと母親役のアリソン・ジャネイの演技が大絶賛を受け、ふたり揃って、あるいはジャネイだけでも、オスカーにノミネートされるのではとの声が聞かれる。トロントにおける作品賞は、観客の投票で決まる観客賞で、娯楽性豊かな「I, Tonya」は、ここでも期待がもてそうだ。自分の醜い部分もたっぷり描かれているのに、意外にもハーディング本人は映画に協力的だったそうで、彼女もきっと映画の成功を喜んでくれるのではないか。もっとも彼女の母となると、話は別だろうが。
場面写真/Courtesy of TIFF