ロイヤルアスコットに挑戦するディアドラが恩返しをすべき相手とは……
日本馬ディアドラがイギリス入り
イギリス・アスコット競馬場で行われるロイヤルアスコット開催がいよいよ次週に迫った。
5日連続の開催の中でも最も賞金が高く、メインレースとして行われるのが2日目、19日に開催されるプリンスオブウェールズS(G1、芝2000メートル)だ。
今年、このレースに挑戦する日本馬がディアドラ(牝5歳、栗東・橋田満厩舎)だ。3月にドバイターフ(G1)に出走(4着)するために日本を発ってから、4月の香港ではクイーンエリザベス2世盃(G1、6着)に挑戦。そのまま帰国する事無くイギリス入り。現在は同国の馬の街で知られるニューマーケットで調整を積まれている。
私はベルモントSの行われたアメリカから直接、イギリスへ入り、同馬の調教を見させていただいた。遠征続きとはいえ、すでにイギリス入りしてから1カ月半近くが経ち、とくに疲れた気配は感じられない。あとは日本とは違い起伏の激しいアスコット競馬場で、こういう馬場に慣れている地元勢を相手にどこまで力が通用するか?!という事になりそうだ。
日本馬は苦戦傾向にあるアスコットにもかかわらず、注目されるディアドラ
過去にアスコット競馬場で走った日本馬は数頭いる。短距離戦なら00年にキングスタンドS(G1)に出走したアグネスワールドが2着した例もある。しかし、マイル以上のレースとなると、最も善戦したと思えるのは2006年にキングジョージ6世&クイーンエリザベスS(G1、以下、キングジョージ)に挑戦したハーツクライではないだろうか。直線一度は先頭に立つ見せ場充分の競馬を披露。ハリケーンランとエレクトロキューショニストという当時のヨーロッパのトップホースの前に涙を飲んだといえ、3着と健闘した。
ところが好走例はそのくらい。プリンスオブウェールズSに挑戦したスピルバーグ(15年)が9頭立ての6着に敗れ、エイシンヒカリ(16年)も6頭立ての6着に惨敗してしまったのを始め、アスコットの芝は容赦なく日本馬を苦しめているのが現状だ。勝ってこそいないものの再三、再四、2着と好勝負をしている凱旋門賞とは全く違う傾向にあると言って良いだろう。
そんな中、今年、海を渡ったディアドラが現地でも話題になっている。私も多くの現地の関係者に彼女の話を聞かれた。そして、質問してくる人の全てが「父がハービンジャーなので楽しみだ」と言った。
そう、ディアドラが注目されているのは正にその点だ。
父のハービンジャーは10年にキングジョージを優勝している。それも2分26秒78という驚異のレコードタイムで駆け抜け、2着につけた差は実に11馬身。キングジョージの最大着差である。負かした馬の中にその年のダービー馬ワークフォースもいた事もあり、レース直後には当時としては最高ランクといえる142のレイティングが与えられた(後に修正)。
私もそのレースを現地で観戦していたが、本当に衝撃的なレースだった。そして、アスコットでそんな衝撃を残した馬の娘がアスコットに参戦するという事で話題になっているのだ。
ちなみにハービンジャーを管理していたのはニューマーケットで開業し『サー』の称号を持つサー・マイケル・スタウト調教師だ。10年のキングジョージの直後に、私は彼をインタビューする機会に恵まれた。その時、彼は言っていた。
「ダンシングブレーヴやコマンダーインチーフといったヨーロッパの名馬も種牡馬として日本に渡り、近年ではアメリカのサンデーサイレンスも日本へ行った。そういった血の導入で、日本の競馬界は僅か20年ほどで世界に対抗できるレベルを手に入れた。日本と世界を隔てる壁は瞬く間に取り払われたよ」
1996年にシングスピール、翌97年にはピルサドスキーでジャパンC(G1)連覇も成し遂げた偉大な調教師だが「以前のように日本馬に勝つのは容易でなくなるだろう」と続けたのだ。
ところが、この直後、それはリップサービスだったのか?と思える結果が待っていた。同師はワークフォースの調教師でもあるのだが、ハービンジャーがキングジョージを制したのと同じ年の凱旋門賞では、そのワークフォースが日本馬ナカヤマフェスタを叩き合いの末、負かした。ヨーロッパの伯楽は、日本馬の前にたびたび立ちはだかる大きな壁になっているのだ。
そんなサーは今年のプリンスオブウェールズSにクリスタルオーシャンを出走させる予定でいる。今年に入ってからは重賞を連勝中。昨年、この馬が負かされた相手はクラックスマン、エネイブルらいずれ劣らぬ強豪ばかり。果たして今回もイギリスのリーディングトレーナーが日本馬の前に立ちはだかるのか……。それともスタウトの下から日本へ導入された血を引く牝馬が恩返しをするのか……。6月19日、運命のゲートは開く。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)