間もなくに迫った凱旋門賞。21年前、レース当日の武豊騎手のエピソード
凱旋門賞への強い想い
凱旋門賞(フランス・GⅠ)まで10日を切った。今年は4頭の日本馬が挑戦する予定で既に現地で調整が進められている。
ステイフーリッシュ(牡7歳、栗東・矢作芳人厩舎)にはC・ルメール、ディープボンド(牡5歳、栗東・大久保龍志厩舎)には川田将雅、タイトルホルダー(牡4歳、美浦・栗田徹厩舎)には横山和生、そしてドウデュース(牡3歳、栗東・友道康夫厩舎)には武豊がそれぞれ騎乗する予定。中でも凱旋門賞に対する並ならぬ想いを昔から語っているのが日本のナンバー1ジョッキー・武豊だ。
フランスの名調教師達に認められる
1994年、イギリスのホワイトマズルとタッグを組み、自身初となる凱旋門賞騎乗を果たした。その後、2006年には3位入線しながら後に失格となるディープインパクト(栗東・池江泰郎厩舎)で挑むなどし、今回が実に10回目の騎乗となる。
「フランキー(デットーリ)らと一緒に乗れるたびに『この舞台に帰って来られて良かった』と感じます」
凱旋門賞が終わる都度、そのような言葉を述べる彼だが、残念ながらここまで先頭でゴールを駆け抜けた事は1度もない。しかし、日本のジョッキーの中ではダントツの騎乗回数を誇る事実は、様々なエピソードも運んで来た。
中でも個人的に印象に残っているのは2001年の話だ。
前年にアメリカの西海岸をベースとした日本のトップジョッキーは、そこで思わぬ連絡を受ける。現地に届いた1通のファクシミリには、フランスで開業しているジョン・ハモンド調教師が、主戦騎手として迎い入れたいとの旨が記されていたのだ。
ハモンドといえばスワーヴダンサーやモンジューで凱旋門賞を制していた名調教師。これを受けて01年はフランスのシャンティイに家を借り、かの地の競馬に乗り続けた。そんな彼をアクシデントが襲ったのは7月13日の事だった。この日、ドーヴィル競馬場で乗っていた彼は、最後の直線で騎乗していた馬が故障を発症。馬場に叩きつけられた。当時、武豊は言っていた。
「落ちてまず考えたのは『凱旋門賞までに復帰出来るかな?』という事でした」
骨折しており、現地で患部をピンで留める緊急手術を行った。帰国後は世界最高峰の1戦に間に合うように1日でも早くピンを外してくれる病院を探した。このようにして「多少、無理をして早目に復帰した」(武豊)。
こうして落馬、骨折から僅か40日後には再びフランスに戻ったが、やはり万全ではないまま戻ったため、復帰後は苦戦を繰り返し、なかなか勝てないレースが続いた。そんな矢先、思わぬ朗報が彼の耳に届いた。
「エージェントを通し『ファーブルが凱旋門賞には乗れますか?』と聞いてきたと……」
ファーブルとはアンドレ・ファーブル調教師。泣く子も黙るフランスのトップトレーナーで、1987年から2006年まで20年連続フランスリーディングの他、近年では19年のヴァルトガイストなど、凱旋門賞を8勝もしている伯楽。01年の時点でも既に同競走を5勝していた名トレーナーから、武豊に騎乗依頼が舞い込んだのだ。
「その時点で確か40戦くらい勝てない競馬が続いていたはずです。そういう時期に依頼していただけた事は何よりの励みになったし、嬉しかったです」
凱旋門賞当日に大活躍
こうして迎えた凱旋門賞当日。まずは第4レースのアベイユドロンシャン賞(GⅠ)で魅せた。2年前にはアグネスワールド(栗東・森秀行厩舎)で制した直線1000メートルのGⅠを、この年はハモンド厩舎のインペリアルビューティーでまたしても優勝してみせた。日本人の息が全くかかっていない馬で、外国でGⅠ制覇。なかなか出来る芸当ではない。
そして、この年は第7レースに組み込まれた凱旋門賞である。
武豊がファーブルから依頼を受けたのは3歳牡馬のサガシティー。2歳時はクリテリウムドサンクルー(GⅠ)を勝つ等したが、3歳になってからはダービーで大敗するなど5戦して未勝利。凱旋門賞馬サガミックスの弟ではあったが、主戦のO・ペリエが同じファーブル厩舎のディアミリナを選択した事もあり、単勝は40倍。17頭立ての10番人気でしかなかった。
しかし、ここでも日本のトップジョッキーは素晴らしい手綱捌きを披露する。序盤は後方に控え、コーナーではロスなくインに入れて番手を上げる。直線で外に出すと一完歩ごとに伸び、最後はディアミリナにも先着する3着まで上がってみせた。これには無口なファーブルも「完璧な騎乗だった」とひと言、言った。
果たして今年の凱旋門賞は?
ちなみにこの凱旋門賞の直前には、武豊がフランスのジョッキー仲間を招待して天ぷらパーティーを開いていた。競馬場では勿論、そういった席での姿を見るにつけ、いかに彼がかの地のホースマン達に受け入れられているかも良く分かった。
先述した通り、今年はドウデュースを駆って長年の夢である凱旋門賞制覇に挑む。地元のジョッキー達もこのレースに燃やす執念が半端ではないのは事実だが、もしユタカタケが勝った場合、祝福してくれるライバルも数多くいるだろう。10月2日、そんなシーンが見られるのか、楽しみにして待とう。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)