熊本地震の時、マンションで転倒等があった防災グッズは?賃借人でも家具固定OKにするための国の動きあり
熊本地震の長周期地震動階級は、最大の4だった
2021年4月14日で熊本地震から5年となります。
熊本地震は、震度7を記録しただけでなく、気象庁の長周期地震動階級で最高の4を記録しています。
地震の震度は地表面付近の比較的短い揺れを対象とした指標です。しかしこれだけでは、高層ビル高層階の揺れの程度がわかりません。そのため気象庁が、概ね14、15階建以上の高層ビルを対象として、長周期地震動に関する情報を提供することにしたもの、それが長周期地震動階級です。
長周期地震動階級4ってどんな揺れ
気象庁の解説によると、長周期地震動階級4は、「立っていることができず、はわないと動くことができない。揺れにほんろうされる。」とあります。長周期地震動階級3の「立っていることが困難になる」という状況よりも、揺れている最中は何もできないであろうことが想像できます。また、「キャスター付き什器が大きく動く。固定していない家具が移動することがあり、不安定なものは倒れるものもある。」とも書かれています。
ドラマなどで、地震のシーンが出てきた時、家具を押さえる描写が出てくることがあるのですが、まったく体の自由が効かない状態で、固定していない家具に向かうなんて怖すぎます。想定が甘いし、危険な行為を誘発するのではないかと心配です。気象庁HP「長周期地震動ことはじめ?天災は高いところにやってくる?!?」では、山崎バニラさんの活弁によるわかりやすい動画があります。「家具を固定していない」「家具を押さえにいく」なんて、ありえないことを動画を見て実感していただければと思います。
大阪北部地震は長周期地震動階級2だった
そして、長周期地震動階級が発表されるようになってから実際に4が観測されたのは、熊本地震の前震と本震、北海道胆振東部地震、2021年2月13日に発生した福島沖地震(最大震度6強)の4回だけなのです。
2018年、震度6弱を観測した大阪北部地震では長周期地震動階級2だったのはご存知でしょうか?大阪北部地震で被災した時、家具が転倒・移動しなかったマンションであっても、長周期地震動階級4に耐えられるかどうかは別問題です。あらためて家具固定を見直していただければと思います。
熊本地震では、マンションでも転倒防止グッズは役にたったのか?単体使用ではなく併用で使用したほうがよいグッズも
では、長周期地震動階級4クラスの地震の場合、マンションでの家具の固定はどのようにすればよいでしょうか?
東京消防庁 平成 28 年(2016年)熊本地震に伴う室内被害の実態調査結果 マンション編によると以下のようにまとめられています。
ポール式、ストッパー式、マット式では、設置の仕方に問題があった可能性もありますが、熊本地震の際のマンションで、単体では転倒等が起こっていることは知っておいてください。
また、サンプル数が少ないものの、L字金具では、転倒率は0でした。
とはいえ、マンションでは揺れが増幅されるため、階層や地盤の状況によっては、どのような方法で家具固定をしていたとしても、転倒・移動があるかもしれません。絶対に転倒や移動しないためではなく、せめてその場から逃げる時間を確保するために、家具固定が必要なのだとも言われています。
そのため、東京都港区などでは、マンションの家具の転倒防止対策として、
- 作りつけの家具にリフォーム
- 背の低い家具にする
- 配置を工夫したうえで、家具固定
この順番での検討が勧められています。
ただし背の低い家具も転倒防止が必須な理由は後述します。
ポール式は天井や位置にも注意
また、マンションに限らずポール式(突っ張り棒式)については、名古屋大学教授 減災連携研究センター長の福和伸夫氏は、「次の震災について本当のことを話してみよう」時事通信社P212で以下のように指摘されています。
マンションでは、カラーボックス、冷蔵庫にも注意
上のグラフは実際に熊本地震の時、マンションで転倒等があった家具の転倒率です。ピアノ、冷蔵庫、カラーボックスが入っています。
一般的なカラーボックスは高さは90センチ前後なので、背が低く、固定しなくても大丈夫と思っている人が少なくありません。また冷蔵庫も重たいので移動しないと思っていたという方もいます。いずれも実際に転倒や移動していることを知っておいてください。
免震マンションでも家具の固定は必要
マンションの場合、免震だから家具を固定しなくても大丈夫とおっしゃる方にもよく出会います。
しかし、東京消防庁 平成 28 年(2016年)熊本地震に伴う室内被害の実態調査結果では、「必要ない」と思うのは「誤って認識している可能性がある」と注意喚起しています。
家具を固定しない理由は何か
では、なぜ家具の転倒防止が実施されないのでしょうか?上記、熊本地震での東京消防庁調査では、7割近くの方が、「大きな地震が起きるとは思っていなかったから」と答えています。でも、日本で家具固定をしなくても安全が保障されている地域はありません。
また、約1割の方が「賃貸住宅で転倒防止ができない」と答えられています。
3月31日 国に動きが。賃貸住宅でも公営物件等については、原状回復義務を免除している自治体を参考にする事務連絡
家を借りている場合は、退去の際、借りた時の状態に戻して返却する「原状回復義務」を負っています。そのため、賃借人であるから家具固定できないと思っている人は全国でも多いと思います。この問題について、2021年3月31日、国が動きました。
一部自治体で、すでに公営物件等について、家具固定の場合の原状回復義務を免除しているケースがあるので、それを参考にするよう事務連絡があったのです。
発信元は内閣府と国土交通省から、それぞれ、自治体の危機管理課と住宅担当課、そして、賃貸住宅関連団体に事務連絡(周知依頼)がありました。
国からの事務連絡や周知依頼は、いわばmayであって、mustではないので、強制力はありません。すぐにみなさんの自治体の公営物件や民間物件で家具固定の原状回復義務が免除されるわけではありません。しかし、経緯を考えると、とても重要な3つの意義があります。詳しくは後述することとして、まず経緯をお伝えします。
一部自治体の公営物件等で原状回復義務免除が実施された経緯
家具を固定しないと地震の際に命に関わります。固定しなくても転倒防止できるグッズも増えていますが、剥がすときに床や壁紙がはがれる事もありえますし、設置で天井が抜けるトラブルも実際にあることを考えると、怖くて転倒防止なんて一切したくないという選択をしがちです。賃借人の家具固定に対する心理的抵抗はとても大きいのです。
転倒防止すればいいのはわかっているけど、賃借人だからできないという問題をもっと根本から解決する方法はないのでしょうか?
そんな時、みつけたのが、こちらです。
東京都の賃貸住宅トラブル防止ガイドラインによると、エアコンについては、「設置による壁のビス穴、跡」は「通常損耗」で「貸主負担」となっています。
「エアコン設置の複数箇所あいたビス穴が通常損耗でいいのであれば、家具の転倒防止も通常損耗と言えるのでは?」「エアコン設置も昨今では命に関わるものだし、家具の転倒防止も同じく命に関わるものなので類推適用できるのでは?」と思い、災害復興まちづくり支援機構代表委員で企業法務や危機管理に詳しい弁護士の中野明安氏に相談しました。そうすると、家具の転倒防止はエアコンと同様、日常生活で当然発生する「通常損耗」だから、原状回復義務は免除できるという解釈が可能という事がわかりました。そこから、中野明安氏と一緒に、まずは公営物件などの賃貸物件で実施してもらえるよう自治体にレクチャーしてきました。
そして、実際に実施してくれたのが東京都港区です。
港区では、賃貸住宅の「入居のしおり」に上記内容が記載されています。公営物件などで許可を得れば家具の転倒防止で壁などに穴を空けても原状回復義務が免除されることになりました。
港区が実施したことにより、議員の方の議会質問や、弁護士や防災士会からの働きかけによって、全国各地で実施する自治体が広がりました。
この間、この問題について地方議会で質問してくださった議員の方は与党、野党を問わず多数いらっしゃいます。けれども、地図に掲載できた自治体は、実施されたものだけです。他地域で実施されていたとしても、うちでは、実施しないという自治体もありました。
そんな中、出されたのが国の事務連絡です。ここでも講演を聞いてくださった国会議員の方の質問がきっかけになっているのですが、その話は、私のボイスメディアvoicy番組で詳しくお話ししていますので、興味のある方は聞いてみていただけると嬉しいです。
事務連絡で強制力がなくても3つの意義がある
強制力がない事務連絡であっても、3つの意義があります。
1、国が家具固定を重視しているというメッセージの意義
壁などの傷やネジ穴よって美観が損なわれるという見た目の問題よりも、人が地震でケガをしたり、命が失われる方が問題だから、国は、家具固定の方を重視しているというメッセージをはっきり伝えたことに大きな意義があります。
原状回復義務免除を実施しないと答弁された自治体の中には、その自治体では、「エアコンのネジ穴であっても原状回復義務を求めているから」という所もありました。しかし、これは類推解釈できるのか否かという法解釈の問題ではなく、命にかかわる家具固定を自治体が住民に強く勧めていく政策を実現するのかしないのかという問題です。エアコンのネジ穴であっても原状回復を求めているという、他府県に比べると低い水準になっている解釈にあわせて家具固定の原状回復義務免除を実施しないというのは、家具固定の重要性を理解していないと思ってしまいます。
また、「すでに慣例として、退去の際、ネジ穴に原状回復を求めていないから実施しない」という自治体もありました。すでにそういう慣例があるならなおさら、住民に対し、「家具を固定してもらう必要から原状回復義務を求めていません」と自治体がメッセージを送ることに意義があります。国がしっかりメッセージを送ったことで、いままで実施を見送ってきた自治体を後押しする効果が期待できますし、答弁で断られてきた議員さんが、再質問することも可能になりました。
2、危機管理課(内閣府防災から事務連絡)と住宅関連課(国土交通省から事務連絡)に同時に連絡が入った意義
いままでこの問題を危機管理課主催の防災講演でお伝えして、危機管理課の職員が共感してくださっても、実施権限は住宅関連の課にあったため、縦割りの弊害で、実施できないという壁がありました。今回、国から両部門に同時に事務連絡が入ったことで、実施主体である住宅関連課にも家具固定の重要性が伝わりました。自ら変更してくれる心意気のある自治体職員の方が増えることが期待できます。
3、賃貸住宅関連団体に事務連絡(周知依頼)があった意義
民間物件でも、エアコンのネジ穴が通常損耗とされるのは、エアコンの設置があたりまえになったという社会常識の変化があったからです。家具固定も常識とならなければいけません。今回、国から民間住宅関連にも事務連絡がありました。これは、社会常識の変化の一歩としての意義があります。
家具を固定されると大家さんに不利益になるのではと思われる方もいるかもしれません。でも、大型家具が転倒して床に穴があいたり、電子レンジが空を飛んで壁に激突跡ができても、状況によっては賃借人に損害を請求できない可能性もあります。そうなるとあらかじめ家具を固定してもらった方が損失は少なくてすむかもしれません。そして、何よりも、人口減少社会では継続して家を借りてくれる人がいる事が、賃貸人にとってもプラスになります。賃借人が地震による家具の転倒や移動で命を失ったとなると人道的な悔恨はもちろんのこと、経済的にも事故物件としてマイナスにしかなりません。地震大国では家具固定できることが付加価値になってくることが予想されます。
なお、家具固定をして、退去の際、原状回復を求められたケースでも通常損耗となる場合があります。詳しくは、こちらにかいた記事を参考にして弁護士等に相談することも検討してみてください。
みなさんの自治体で実施してもらうためにできること
最後にこの問題を応援してくれている4人の弁護士の方々のメッセージを掲載します。
これをコピペして、みなさんの自治体や身近な議員の方に伝えていただければ嬉しいです。そして実施してくれた自治体はMAPに掲載しますので、あんどうりすまでご連絡いただければと思います。
都道府県としてはじめて家具の転倒防止の原状回復義務免除を「入居のしおり」に明記した徳島県にアドバイスをした徳島弁護士会災害対策委員会委員長 堀井秀知氏
慶應大で「災害復興法学」を教える 弁護士・博士(法学)の岡本正氏
日本弁護士連合会災害復興支援委員会委員長 兵庫県弁護士会会長 弁護士 津久井進氏
災害復興まちづくり支援機構代表委員 弁護士 中野明安氏