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スピルバーグ新作は失速、「スリー・ビルボード」は前進。オスカー戦線最新状況

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
SAGに最多ノミネートされた「スリー・ビルボード」のキャスト(右からの3人)(写真:ロイター/アフロ)

 オスカー戦線の流れが、また少し見えてきた。米西海岸時間13日、米映画俳優組合(SAG)賞のノミネーションが発表されたのである。

 今月初めのL.A.、ニューヨークなど批評家賞に続き、今週初めにはゴールデン・グローブ賞のノミネーションも発表になっているが、オスカー予測の決め手となるのは、投票者がかぶる組合系の賞。 投票形式までアカデミーと同じプロデューサー組合(PGA)の結果は、作品部門において最も信頼がおけるものだし、監督組合(DGA)の結果も、オスカーの監督賞につながることが多い。昨年もDGAとオスカー監督賞は、いずれも「ラ・ラ・ランド」のデイミアン・チャゼルで一致している(PGAは、その段階でダントツ優位と考えられていた『ラ・ラ・ランド』に与えられたが、トランプ就任後に投票が行われたオスカーでは『ムーンライト』が逆転勝ちし、結果が異なった)。

 SAGは、俳優たちが、映画の中で俳優仲間が見せる演技を評価するもので、最優秀キャスト賞(長年、アンサンブル賞と呼ばれてきた)が、言ってみれば作品賞に該当する。SAGキャスト賞とオスカー作品賞の一致率は五分五分と言ったところだが、監督、衣装デザイナー、作曲家などさまざまな分野の人々で構成されるアカデミー会員の中で、一番多くを占めるのが俳優ということもあり、オスカーの動向を見る上では重要である。

 SAGのノミネーションに漏れた人や作品が、オスカーでノミネーションに食い込むことは多々あっても、それらが実際にオスカーで受賞することは、めったにない。作品部門で言えば、SAGには候補入りすらしなかったのに、オスカーで作品賞を勝ち取ったという例は、1995年度の「ブレイブハート」を最後に、一度もないのだ。昨年は、“アンサンブル”(多数の俳優が良い演技を見せる)というよりは“二人芝居”であるからか、奇妙にもSAGに候補入りを逃した「ラ・ラ・ランド」がオスカーではフロントランナーで、21年ぶりに新たな例外が生まれると思われていたが、最終的にはそうならなかった。

キャスト部門と助演女優部門でノミネートされた「The Big Sick」は、主演のクメール・ナンジャーニ(右)の体験にもとづくロマンチックコメディ(写真/Lionsgate)
キャスト部門と助演女優部門でノミネートされた「The Big Sick」は、主演のクメール・ナンジャーニ(右)の体験にもとづくロマンチックコメディ(写真/Lionsgate)

 もちろん、統計はあくまで統計に過ぎない。それを念頭に入れて、今年のSAGのノミネーション結果を見てみよう。

 キャスト部門に入ったのは、「ゲット・アウト」「スリー・ビルボード」「Lady Bird」「The Big Sick」、そしてNetflixの「マッドバウンド 哀しき友情」の5作品だ。批評家賞関連で大健闘し、フロントランナーのひとつと考えられている「Call Me by Your Name」と、ナショナル・ボード・オブ・レビューでベスト作品とされ、ゴールデン・グローブにも候補入りしたスティーブン・スピルバーグの「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」は、漏れた。

 これらの作品も、オスカーにはおそらく候補入りするだろうが、受賞の可能性としては、 「スリー・ビルボード」と 「Lady Bird」が強くなったと言っていい。SAGから「Lady Bird」よりひとつ多い4つのノミネーションを受け、オスカーに通じることの多いトロント映画祭観客賞を取っている「スリー・ビルボード」は、さらに優勢と言える。「ゲット・アウト」もこれまでにいくつか受賞し、支持者は多いが、アカデミーがホラーに作品賞をあげることは、考えにくい。ロマンチックコメディの「The Big Sick」も同じだ。秋の初めくらいまでは「オクジャ Okja」を積極的に推していたNetflixは、最近になって完全に「マッドバウンド〜」推しに姿勢を変えているが、このノミネーションを受けて、さらに宣伝に力を入れると思われる。しかし、この2作品を打ち負かせるかは、疑問である。

 ヴェネツィア映画祭で金獅子賞を獲得し、ゴールデン・グローブでも最多ノミネーションを果たしたギレルモ・デル・トロの「シェイプ・オブ・ウォーター」も、主演女優(サリー・ホーキンス)と助演男優(リチャード・ジェンキンス)で候補入りしたのに、キャスト部門は逃した。もともと、ヴェネツィアの結果はオスカーとほとんど重ならないのだが、今作はちょうどアメリカで公開になったばかりで、注目が集まっているところだった。“アンサンブル”という意味ではぴったりのクリストファー・ノーランの「ダンケルク」も、漏れてしまっている。ただ、今作においては、早くからノーランがキャリア初の監督部門ノミネートを果たすかが焦点になっており、そこは今も変わらない。

今年も“白すぎない”SAG。授賞式のプレゼンターは、全員女性

 オスカーの演技部門候補が全員白人で、“白すぎる”とバッシングを受けた時も、SAGでは必ずマイノリティが候補入りし、アカデミーと一線を引いてきた。SAGは映画だけでなくテレビにも賞を与えるもので、近年、多様化が進んでいるテレビに助けられている部分も、少しはあるだろう。

 だが、今年も、映画部門だけを見ても、候補者に黒人が3人(デンゼル・ワシントン、ダニエル・カルーヤ、メアリー・J・ブライジ) 、アジア人がひとり(ホン・チャウ)入った。 数週間前、アワード予測を専門とする業界ジャーナリストが発表したオスカー予測では全員白人で、白すぎるオスカーの再来になってしまうとの危機感が出ていただけに、ちょっとほっとする。しかし、この人たち全員がオスカーでは候補入りを逃す可能性も、もちろんある。

「Lady Bird」は、キャスト、主演女優(右:シアーシャ・ローナン)、助演女優(左:ローリー・メトカーフ)の3部門で候補入り(写真/A24)
「Lady Bird」は、キャスト、主演女優(右:シアーシャ・ローナン)、助演女優(左:ローリー・メトカーフ)の3部門で候補入り(写真/A24)

 SAGはまた、次の授賞式で、プレゼンターを全員女性にするという新しい試みをするとも発表した。SAG授賞式は、最初に、客席にいる俳優数名にカメラが向けられ、その人がひとこと発言し、名前を名乗って、最後に「I am an actor」と言う形で始まるのが通例なのだが、それも全員女優になるそうだ。

 2017年は、ハーベイ・ワインスタインやブレット・ラトナーなどにセクハラを受けてきた女優たちが一斉に立ち上がったことで、ハリウッドの歴史に永遠に残る年となった。その年を、女優たちを前面に出して祝福するというのは、なんともふさわしいではないか。今年はまた、10人の女優部門候補者の半分にあたる5人が58歳以上だ。男優と違って、女優には常に若さを求めるハリウッドにおいては新鮮で、ここでも、何かが変わっていっているかもと感じさせる。

 誰が賞を取っても、みんなが喜べる。次のSAG授賞式は、きっと、そんなポジティブなイベントになりそうな気がする。

SAGの映画部門ノミネーション結果は、以下のとおり。

キャスト部門

「スリー・ビルボード」

「ゲット・アウト」

「Lady Bird」

「The Big Sick」

「マッドバウンド 哀しき友情」

主演男優部門

ジェームズ・フランコ「The Disaster Artist」

ゲイリー・オールドマン「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」

デンゼル・ワシントン「Roman J. Israel, Esq」

ダニエル・カルーヤ「ゲット・アウト」

ティモシー・シャラメ「Call Me by Your Name」

主演女優部門

シアーシャ・ローナン「Lady Bird」

フランセス・マクドーマンド「スリー・ビルボード」

ジュディ・デンチ「Victoria & Abdul」

サリー・ホーキンス「シェイプ・オブ・ウォーター」

マーゴット・ロビー「I, Tonya」

助演男優部門

ウィレム・デフォー「The Florida Project」

スティーブ・カレル「Battle of the Sexes」

サム・ロックウェル「スリー・ビルボード」

ウディ・ハレルソン「スリー・ビルボード」

リチャード・ジェンキンス「シェイプ・オブ・ウォーター」

助演女優部門

アリソン・ジャネイ「I, Tonya」

ローリー・メトカーフ「Lady Bird」

ホン・チャウ「ダウンサイズ」

メアリー・J・ブライジ「マッドバウンド 哀しき友情」

ホリー・ハンター「The Big Sick」

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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