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「リニア建設」で多発する労災。労災隠しまで発生 いざ身近に起こったらどうする?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:イメージマート)

 長野労働局は先月14日、長野県飯田市のリニア中央新幹線トンネル工事で今年4月に発生した労災事故について「労災隠し」(労働安全衛生法違反)の疑いがあるとして、東京に本社を置く下請建設業者と、同社の長野作業所々長を飯田労働基準監督署が書類送検したと発表した。

参考:リニア労災事故で報告怠ったか 労基署が建設会社など書類送検(NHK)

 実は、リニア新幹線のトンネル工事の現場では労災事故が相次いでおり、何度も問題にされてきた。2021年10月には岐阜県中津市で死亡労災事故も発生している。この死亡時労災については、今年2月、岐阜県警が業務上過失致死の疑いで現場責任者とその部下の作業主任を書類送検し、恵那労働基準監督署も労働安全衛生法違反で下請け建設会社と現場主任をそれぞれ書類送検したばかりだった。

参考:リニア工事の死傷事故で書類送検 業務上過失致死の疑い、岐阜県警(共同通信)

 常識的に考えれば、死亡労災が度々発生している現場で「労災隠し」まで発生するようでは、良識が疑われても仕方がない。リニア新幹線建設のような大規模な工事であれば、なおさら安全対策は重視されなければならないはずだ。いったい「国家的プロジェクト」の現場で何が起こっているのだろうか。

リニアのトンネル工事現場で繰り返される労災事故 

 まずは、リニア新幹線のトンネル工事現場における労災事故の状況を見てみよう。

 過去の報道によれば、2021年10月から2023年4月までの間に8件もの労災事故が確認できる。労災事故が相次いでいるにもかかわらず、JR東海は労災事故の情報について「原則非公表」の立場をとっている。

 これに対し、地元の信濃毎日新聞は丹念に情報公開請求による調査を行い労災事故の事実が明らかにしている。

【独自】リニア、未公表の労災事故3件が判明 長野県南木曽町と大鹿村で骨折など 物損も6件

上記信濃毎日新聞記事を参照。
上記信濃毎日新聞記事を参照。

 上記の労災事故のうち、2021年10月21日の死亡労災、2022年9月8日の骨折労災の後には工事が一時中断され、それぞれ現場の安全対策が見直されたうえで工事が再開されている。

 このような事故が繰り返されれば工事の中断は避けられず、工期も伸びることが、現場ではすでに経験されていたのである。それにもかかわらず、労災事故は繰り返され、さらには労災隠しにまで発展してしまったことになる。

下請け関係と労災隠し

 そもそも、労災による休業が発生した場合、事業主は労災の事実を労働基準監督署に報告しなければならない(死傷病報告)。「労災隠し」は、この死傷病報告を提出しないことや、そのために労災保険を使わせないなどの会社の対応を広く表す言葉だ。

 冒頭でリニア新幹線工事にあたっていた建設会社が送検されていたことからもわかる通り、死傷病報告を提出しないことは刑事犯罪であり、悪質な事例について労働基準監督署が書類送検している。その件数は下記の通りとなっており、毎年100件程度も送検事案がある。そして毎年一番送検事案数が多いのが建設業である。

労働安全衛生法100条違反 送検件数

2021年度 103件(うち建設業56件)

2020年度 79件(同40件)

2019年度 86件(同52件)

2018年度 90件(同45件)

2017年度 83件(同52件)

 建設業で「労災隠し」が多いのは要因は重層下請構造にある。建設業においては、工事全体の総合的な管理監督は工事の発注を受けたゼネコンなどの元請企業がおこない、実際の作業は1次下請、2次下請、さらにそれ以下の次数の下請企業に雇用される労働者が行う場合がほとんどだ。

 重層的な施工体制の下では、法的な責任の所在が不明確になりがちで、それは労働問題を引き起こす原因にもなっており、「労災かくし」もその一つといえる。

 実際に私が代表を務めるNPO法人POSSEに寄せられた労災隠しの相談事例を見るとその構図がわかりやすいだろう。

Aさん(40代、男性)は、ゼネコンが元請の建設現場に二次下請けの労働者として働いていた。ある日、建設資材を運搬中、Aさんはバランスを崩し、建設資材を右足の上に落としてしまった。足の指がつぶれてしまい、血がたくさん出てきてしまい、骨折も疑われた。同じ現場にいた一次下請の責任者に怪我の事実を伝えると、「元請にばれたら大変だから、現場を抜けさせるわけにはいかない。休んでいろ」と指示され、病院にすぐに行くことすら許されなかった。Aさんは終業後、「元請にばれないように」現場から出て病院に向かったが、病院では職場であったことは告げず、自分でケガをしたと偽った。

 この事例は典型的な事案だ。一次下請会社が優先したのは、二次下請けのAさんを一刻も早く治療することではなく、「元請に労災の事実が伝わらないこと」だった。下請会社は、元請に労災の事実が伝わった場合に契約を打ち切られたり、この工事の後に新しい仕事がもらえなかったりすることを恐れているのだ。

 もちろん、実際に安全を優先して事故を起こさないようにすることが何よりだが、下請け企業には納期の圧力もかかっている。短期間に安全も重視して作業をすることが、時には無理な場合もあるだろう。そもそも、下請け企業は元受け企業の要求を断ることは難しい。このような板挟みの関係が、労災隠しへの向かわせるのである。

 同じ理屈から、建設現場では安全を守るために「災害ゼロ運動」が展開されるが、それが逆効果になっている場合もある。本当に安全をまもるのではなく、ゼロ災害の記録更新をするために労災の事実を隠すことによって労災が起きていないように偽装するよう下請け企業同士が強いる方向に働いてしまうのだ。

 2000年前後に労災が全国的な問題になった際に、実態把握のためにゼネコン各社による建設労務安全研究会が『いわゆる「労災かくし」の排除のために』という報告を出した。この報告では、建設業で「労災かくし」が起きる動機を「無災害記録の更新または元請事業者からの指示・圧力もしくは元請事業者への配慮によるものが6割以上」としている。

※建設労務安全研究会『いわゆる「労災かくし」の排除のために』は、労災問題に取り組む全国労働安全衛生センター連絡会議のHPに公開されている

 このように重層下請構造がある建設現場では労災隠しが起きやすい。

 リニア新幹線の工事現場でもこれと同じことが起きていた可能性は十分に考えられる。同工事では、労災事故が相次ぎ、またそれ以外の事情でも工事は大幅に遅れていた。下請け企業に対しては「安全第一」が強く要請されていただろう。それと同時に工事を遅らせるわけにはいかない。そうした中で今回の労災隠しも起きてしまったのではないだろうか。

 なお、本記事を書くにあたって問い合わせを行ったところ、JR東海からは次の通り回答があった。

「当社は、発注者である鉄道・運輸機構から、同工事の下請会社が飯田労働基準監督署より書類送検されたことについて報告を受けており、遺憾に存じます。発注者である鉄道・運輸機構を通じて、安全確保及び法令遵守の徹底を図りたいと考えています。

 また、鉄道・運輸機構も参加している中央新幹線安全推進協議会において、今回の労働災害についても原因と再発防止策を他の工区に共有していきます」

 JR東海には、労災事故が繰り返され労災隠しにまで発展した原因について事業全体の構造から調査し、対策を講じてほしい。

自分や周囲の人が「労災隠し」にあった時に絶対やっておくべきこと

 労災隠しは、建設業だけでなく、製造業や運輸業など下請構造の強い業種では日常的に起きている。もちろん、フランチャイズのサービス業の店舗も例外ではない。では、「労災隠し」にあった場合にはどうしたらよいのだろうか。

 まず、皆さんに知っていただきたいのは、労災で労働者が負った損害を補償する義務が会社にある点だ。労災保険による補償は、一般に思われている以上に高額となることが多い。

 後遺症が残った場合などには、その金額は数百万から数千万円に上ることも多く、人生を大きく左右するものになる。また、労災保険の給付は労災による損害の一部を補填するものであり、企業に残余部分を請求することもできる。

(労災の損害賠償については、以前記事を書いたのでそちらを参照してもらいたい)

参考:自動車事故に例えて考える「労働災害」(今野晴貴)

 労災隠しが特に大きな問題となるのは、怪我の程度が酷かったり、後遺症が残る場合、また軽いと思っていた怪我が後から炎症を起こし悪化する場合などだ。

 労災事故が発生した時に必ずるべきことはたった一つ、労災の事実を証拠として残すことだ。しっかり証拠を残していれば、労災で負った怪我を労災として認めさせることができるからだ。逆に証拠を残さず、会社の言うがままに労災の事実を隠す方向で動いていた場合、後から労災の事実を認めさせることは不可能になってしまい、何もできなくなってしまう。

 具体的には次の3つの方法を参考にしてほしい。

1.自分で傷の様子や事故現場の様子を写真に撮ること

労災の様子をスマホなどで撮影しておこう。自分で無理であれば同僚に頼んだりしても良い。写真があれば現場がどこなのか、どうやって怪我をしたのかなど、情報を残すこと可能だ。

2.同僚や上司に労災の事実を伝え、証拠にとっておく

労災について同僚や上司、一緒に現場にいた別会社の人に伝えるときには、できるだけラインやメールなど後に残る形で行ったり、録音をとっておくと良い。直後の話は信憑性が高いと判断される場合が多く有力な証拠になるだろう。

3.労災のあったその日のうちに病院へ行く

無理を言ってでも病院はその日のうちに行くことが重要だ。病院へ行くと怪我の様子が病院に記録される。またなぜ怪我をしたのかと言うことも記録されるので、できるだけ事実を伝えるとよい。何日もたってから病院に行った場合、どこでケガをしたのかを明らかにする証拠能力を喪失してしまう場合があるので注意が必要だ。

 こうして労災の証拠を残したうえで、できる限り労災扱いをするよう会社に求めることをお勧めしたい。それは、自分のためにもなるし、広く労働者の安全を守ることにもなるだろう。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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