自動車事故に例えて考える「労働災害」
はじめに
この記事を読もうとしている皆さん自身、あるいは家族や友人などが、仕事を原因としてケガや病気を負ってしまったという経験はないだろうか。
もしなかったとしても、普段ニュースを見ていれば、長時間労働やパワハラで過労死・過労自殺してしまったとか、危険な現場での作業の最中に大怪我を負ってしまったというような報道を目にしたことはあるだろう。
こうした労働災害(労災)の死傷者数は、厚労省調査で2017年に12万460人。うち978人が亡くなっている。死傷者数はこの二年間で4000件以上も増加している。
そんな中、東京オリンピックの競技場建設やその他諸々の準備が急ピッチで進められており、労災のさらなる増加が懸念されている。
実際に、昨年には、東京オリンピックの主会場となる新国立競技場の建設工事に従事していた現場監督の23歳男性(当時)が長時間労働の末、自殺した事件も労災認定されている。
今回は、もし自分自身や身の回りの人たちが労災に遭ってしまった時に、どのような補償がなされるのか、自動車事故にたとえで考えてみたい。
尚、労災制度について詳しくは、「仕事の事故で指を無くしたらいくら請求できる? オリンピックに向けて増加する労災事故(今野晴貴)-Y!ニュース
「労災をもらう」ということ
労災に遭った時に補償してくれる制度として、労働者災害補償保険(労災保険)というものがある。この制度をよく知らないという方も多いと思うので、自動車事故に例えて説明しよう(以下の話は全てフィクション)。
都内のIT企業に勤めるAさん(男性、33歳)は、仕事上のストレス解消のため、休日にはドライブで遠くに出かけるのが趣味。
A「今日は仕事も休みだし、ドライブにでも行こう。箱根に行って温泉に入るのもいいな」
安全運転が身上のAさんは、特に危なげなく目的地までの道中を進んでいた。もうすぐ箱根だと思っていたところ、突然脇道から自動車が出てきたのだ。
A「え、 ウソだろ」
キー、ガッシャン!
相手の自動車とまともに追突してしまい、Aさんの自動車は大破。Aさんは一命を取り止めたが、半身不随となってしまった。
相手の前方不注意が事故の原因であったため、相手が100%の責任を負うことになった。しかし、Aさんは後遺障害のため仕事ができなくなり、趣味のドライブももう二度とできなくなってしまった。
後日、入院中のAさんのもとに加害者のBさんが訪れ、謝罪した。
B「この度は本当に申し訳ございません。謝って済まされることだと思いませんが……、本当に申し訳ございません!」
A「お気になさらないでください。人生こういうこともあるものです。私はあなたを恨んではいません」
ところが、Aさんが優しく言葉をかけても、Bさんの表情は変わらない。むしろ、何かまだ言い残したことがあるかのようだ。
A「どうしましたか?」
B「実は……、私、自賠責保険しか加入していないのです。蓄えもなく、自賠責保険以外のお支払いができません……」
A(マジかよ… というか、自分も自賠責しか入ってなかったじゃん……。恨んでないとか言ったけど、恨んでも恨みきれん……)
Aさんのように、交通事故で後遺障害が残り、労働能力を100%喪失したケースで、弁護士を代理人として裁判を行った場合には、2800万円が損害賠償の相場とも言われている。加害者側は自賠責保険とともに任意保険に加入することで、賠償支払いを行う。
しかし、このケースでは、ともに自賠責保険しか加入しておらず、加害者に支払い能力がないため、Aさんは自賠責保険で支給される1100万円だけで諦めざるをえないことになる…
この例で自賠責保険が果たしている役割は、労災事故における労災保険の役割とよく似ている。つまり、労災に遭った時に労災保険だけをもらうということは、自動車事故の際に自賠責保険のみの補償を受けるようなものだということだ。労災保険も自賠責保険も、加害者側が負うはずの損害賠償全体のうち、「最低限」の部分に過ぎないのだ(図参照)。
そもそも、労災保険という制度は、一企業だけでは労災に対して最低限の補償がなされない可能性があるため、国が事業主を強制加入させて確実に補償を行うための制度だ。
そのため、確かに、ケガや病気の治療費や、仕事ができない期間の生活費がそれなりには支給されることになるが、慰謝料は一切含まれていないのである。
労災をもらうだけでなく、会社に損害賠償請求を
それでは、慰謝料など「最低限」を超える部分の補償を求めるためにはどうしたらよいだろうか。典型的な方法は会社を相手取って裁判を行うことだが、どうしても時間がかかってしまう。ユニオンを通じて会社と団体交渉をした方が、短期間で多額の損害賠償を認めさせることが可能だ。実際にあった解決事例を紹介しよう。
滋賀県で働く労働者Aさんは工場で機械の掃除をしていたところ、動き出した機械に巻き込まれて指を2本切断することになってしまった。当然、労災を申請して認定されたものの、会社はそれで全て済んだというふうで、本人に全く金銭を支払わなかった。
数ヶ月の入院後に復職したものの、Aさんは仕事が続けるのが難しくなり、退職。その後もAさんは事故を起こした自分を責めていたが、元同僚に誘われて私が代表を務めるNPO法人POSSEに相談することにした。
じつは、Aさんは事故当日、彼はおよそ1ヶ月間の連続勤務という長時間労働を続けており、疲れが蓄積していた。さらに当日は高熱も出ており、朦朧としながら働いていたという。また、会社は月100時間以上の残業をAさんたち頻繁にさせていたうえに、36協定すら締結していなかった。会社側の違法な長時間労働がAさんの事故を引き起こしたのは明らかだった。
Aさんたちは、POSSEから紹介されたユニオンに加盟して、団体交渉で会社に損害賠償を請求することに決めた。
その結果、無事に会社に責任を認めさせることができ、約2000万円を支払わせることができた。
別の大手サービス業では、店長のBさんが長時間労働による脳卒中で倒れ、体の半分が動かなくなるという重大な後遺症が残ってしまった。Bさんの被害についてもPOSSEが紹介したユニオンで会社と団体交渉を行い、1億3000万円を支払わせることができた。
このようにして、会社にきちんと責任を取らせ、補償を受け取ることができる。確かに、労災によって負った後遺障害は元に戻らないかもしれない。それでも、労働者の安全が守られる社会にしていくきっかけを作ることにつながるのではないだろうか。
参考:「仕事の事故で指を無くしたらいくら請求できる? オリンピックに向けて増加する労災事故(今野晴貴)-Y!ニュース
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