聖守護神カシージャス、レアル・マドリーに君臨したGKの凄味
「ゴールキーパーグローブを脱ぐという瞬間が、日々、近づいてきているのを感じているよ」
2017年ゴールデンフット賞の授賞式で、イケル・カシージャス(FCポルト所属、36歳)はその本音を吐露している。
イタリア代表ジャン・ルイジ・ブッフォンと並び、カシージャスは世界的GKとして双璧を成してきた。レアル・マドリーではチャンピオンズリーグ、リーガエスパニョーラ、スペイン国王杯、FIFAクラブワールドカップ、スペイン代表ではワールドカップ、EUROで頂点に立っている。彼ほど恵まれたキャリアを送った選手は、他にいないのではないだろうか。
しかし今シーズンは、ポルトガルの名門FCポルトで先発の座を失い、物議を醸している。来年1月にはプレミアリーグ、ニューカッスルへ移籍の噂もある。かつての恩師ラファ・ベニテスの下で再起を図るのか。
カシージャスが岐路に立っている。
カシージャスの最大の武器
「小さい頃から、いつもGKをしていた」
カシージャスは、筆者が10年ほどに行ったインタビューでそう語っていた。
「GKはちょっと他の選手と違うよね。たった一つのポジションだし、グラウンドの端っこでプレーする。特殊なポジションだから気に入ったのかも知れない。FWに嫉妬したことは一度もないよ。GKが天職だと思っていたからね。子供の頃にプレーしていた土のグラウンドは、ダイブすると堅くて痛かったけど、倒れるのが怖いと思ったことはない。点を決められる方が苦しかったから」
生来的なGKは、大いなる成功をつかみ取ったと言えるだろう。
カシージャスの最大の武器は、その反射神経と度胸の良さだと言われる。昔から「練習量が少ない。居残りはなし」で有名だったが、試合で見せる集中力は他の追随を許さなかった。まるで荒野のガンマンのように、際どい一対一を制する。勝負の感覚が誰よりも優れていた。
もう一つ、カシージャスは信じられないほど強運に恵まれていた。
16歳の時にはトップチームのGKが相次いでケガなどで離脱し、チャンピオンズリーグに帯同。18歳の時には第1GK、第2GKのどちらも負傷する事態で、先発の座を射止めた。20歳の時には一時ポジションを奪われるも、チャンピオンズリーグ決勝で先発GKが後半途中に負傷。鬼神のごときセービングでチームを救い、戴冠した。代表でも、サンティアゴ・カニサレスがシャワー中に瓶を落とし、その破片でケガし、先発をものにしている。
「聖なる守護神」
カシージャスはそう呼ばれたが、彼自身、天使に守られていたのかも知れない。
もっとも、ポジションを確保することができたのは、実力だろう。ストップ不可能なシュートを何度も止めて見せ、勝利を引き寄せた。過去100年間のフットボール史においても、五指に入るGKだろう。ゴールマウスに君臨する巨人だ。
その一方、巨大な光によって影になった男たちも大勢いた。
光が作った影たち
マドリーのゴールマウスはカシージャスが守り続けたが、下部組織において多くの有力GKが育ち、大志を抱いてトップチームに加わっている。カルロス・サンチェス、ディエゴ・ロペス、ジョルディ・コディーナ、アントニオ・アダン、ヘスス・フェルナンデス、トマス・メヒアス、フランシスコ・カシージャ、そしてフェルナンド・パチェコ・・・いずれもトップ登録はされたものの、ポジション確保に至らず、他のクラブで生きる道を見つけた。
その光と影は、カシージャスがデビューした1999―2000シーズンからチームを去る2014―15シーズンまで続いている。アダン、ディエゴ・ロペスは一時的にポジションを奪ったものの、結局、定着することはなかった。カシージャスは2013―14シーズン、ターンオーバーに回され、チャンピオンズリーグを中心に戦ったが、そこでも意地を見せ、欧州王者に輝いている。
「カシージャスはライバルになるようなGKがいなかっただけ。クラブの庇護を受けていた」
アンチ・カシージャスはしばしばそう批判するが、それはひがみだろう。
マドリーで育ったGKの多くは、トップリーグでポジションを得ている。アダンはベティスで、パチェコはアラベスで正GKを確保。カシージャはエスパニョールで正GKになってから、マドリーに戻っている。ディエゴ・ロペスはエスパニョールでパウ・ロペスと熾烈なポジション争いを繰り広げる。また、トマスはプレミアリーグから降格したミドルスブラ所属で、今シーズンはリーガ2部のラージョ・バジェカーノに貸し出されている。
そして、コディーナは2部B(実質3部)のフエンラブラーダ所属だが、先日はスペイン国王杯でマドリーと対戦。何度もセービングを繰り出し、意地を見せた。"小僧土もかかってこい"と雄壮だった。
マドリーで育ったGKが何者か。
コディーナは、それを高らかに示した。
影と呼ばれた男たちの活躍は、カシージャスの偉大さを物語るものだろう。そこで切磋琢磨することで、カシージャスは力を身につけた。ライバルたちも成長していった。ポジションは与えられるものではない。
カシージャスの伝説は終わるのか?
カシージャスは不世出のGKだろう。長い間、マドリーのゴールを守った。超がつくほど攻撃型のチームだけに、並の精神力では続かない。そこでカシージャスは、奇跡のようなセーブを繰り出した。
しかしながら、30代後半に入って、その冴えは鈍っている。
「練習の厳しさが足りない。全盛期と同じ気持ちなのだろうが、フィジカル能力は落ちているだけに」
それがポルトで控えにまわった理由と言われるが、マドリー時代、ジョゼ・モウリーニョ監督が指摘した点とも共通している。
過去のカシージャスは、批判に晒された後、それを払拭するセービングを見せ、存在価値を高めてきた。今回、彼は逆境を覆せるのか。本人だけが知っている感覚があるはずだ。
誰よりも自分と向き合ってきた選手だった。
「一番、あなたを驚かせた選手は誰ですか?」
昔、カシージャスにそう問いかけたことがある。
「自分のプレーをテレビで見たときが一番驚いた。テレビ画面に映る自分は、まったく自分ではないようだった。まるで違う性格、違う才能を宿したような・・・どう形容していいかわからない。とにかく別人格を持った他人のように見えた」
カシージャスが最後の戦いに挑もうとしている。