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「日本の音楽業界には重大な欠陥がある」SKY-HIの投じた一石は業界変化のきっかけになるか

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:BMSG)

「日本の音楽業界には重大な欠陥がある」

「日本の音楽市場はファンの純粋な応援する気持ちを搾取している」

そんな強い言葉を聞いて、皆さんは何の話かピンとくるでしょうか?

BE:FIRSTやMAZZELなどの人気グループが所属する事務所として知られるBMSGが、4月15日に発表会を開催。

代表を務めるSKY-HIさんが自らプレゼンテーションを実施しました。

当日の様子はYouTubeにも公開されており、「TYOISM(トウキョウイズム)」という東京を起点とするグローバリズムを目指すことや、新レーベルの設立、新経営体制の発足など、多岐にわたる発表がなされた内容を見ることができます。

その中でも、ここで特に注目したいのが、冒頭に紹介したSKY−HIさんの日本の音楽業界に対する問題提起です。

日本の音楽業界は持続不可能か

この発表会に先立ち、BMSGは「BMSGから音楽業界を持続不可能にしないための提言」と題したリリースを公開。

現在の日本の音楽業界、特にCDビジネスに依存した業界の問題点についての提言を行っていました。

参考:BMSGから音楽業界を持続不可能にしないための提言


今回の発表では、その提言と連動した一つの施策として、まず4月24日にリリースされるBE:FIRSTの「Masterplan」のCDをプラスチックではなく紙ジャケットで販売することが発表されましたが、実はプラスチック問題だけがCDビジネスの問題では無いというのがSKY-HIさんの問題提起のポイントです。

(出典:BMSG公式YouTube)
(出典:BMSG公式YouTube)

SKY-HIさんは、リリースで提言した内容をふまえて環境問題だけでなく、ビジネス構造にも「日本の音楽業界には重大な欠陥がある」と明言。

現在の世界の音楽市場と日本の音楽市場を対比して、問題点についての指摘をされたのです。

その欠陥による結果の象徴とされたのがこの2つのグラフです。

(出典:BMSG公式YouTube)
(出典:BMSG公式YouTube)

左側は世界の音楽市場、右側は日本の音楽市場の市場規模の推移のグラフになります。

V字回復したグラフと右肩下がり後横ばいに近いグラフで、その差は一目瞭然と言えるでしょう。

未だにCDビジネス中心の日本の音楽市場

世界の音楽市場は、早期にフィジカルと呼ばれるCDビジネス市場が減少し市場が大きく縮小することになります。

ただ、2014年に底を打ち、ストリーミング市場の急拡大によって、実は現在は2001年頃よりも音楽市場が拡大する結果になっているのです。

(出典:IFPI GLOBAL MUSIC REPORT 2024)
(出典:IFPI GLOBAL MUSIC REPORT 2024)

今や、CDビジネス市場を示す赤色の部分より、ストリーミング市場を示す水色の部分が4倍近くまで拡大しているのが象徴的と言えます。

しかし、残念ながら日本の音楽市場は、世界的にも珍しい形でCDビジネスが維持されてしまった結果、2020年まで市場全体が減少し続けることになります。
この数年、ようやくストリーミングの収入が増加し始めていますが、音楽市場全体の規模は2007年のピークに比べると未だに3割弱減ったまま。

しかも、実はここ数年の日本の音楽市場は、K-POPを中心とした特典付きCD販売モデルの成功によって、CDビジネス市場が再度息を吹き返す結果になっています。

(出典:日本レコード協会ウェブサイト)
(出典:日本レコード協会ウェブサイト)

その影響で明らかに日本のストリーミングシフトも進んでおらず、未だにストリーミングよりもCDビジネスの市場規模が大きいという状況が続いています。

もはや日本でも、実際にCDプレイヤーで音楽を聴いている人はほとんどいないであろうことを考えると、この異様さは世界的に際立っているのは間違いありません。

おそらくは、こうした現状に対する問題意識がSKY-HIさんの中でも大きく高まって、冒頭の厳しい発言につながっているものと考えられるわけです。

ファンの純粋な応援する気持ちを搾取する構造

さらに重要なポイントとなるのが、SKY-HIさんによる「日本の音楽市場はファンの純粋な応援する気持ちを搾取している」という指摘でしょう。

実はCDビジネスにおいて、アーティストへの還元率は1〜3%が通常だと言われています。

つまり、ファンがアーティストのためにCDを1万円分購入したとしても、実はアーティストに直接的には100円〜300円しか還元されないことになります。

また、原盤印税と著作権使用料を全部合計しても、その率は20〜25%程度と言われているのです。

これが、ストリーミング配信においては原盤権とアーティスト印税、著作権使用料の割合は60〜70%と大きく変わります。

(出典:山口哲一氏のnote)
(出典:山口哲一氏のnote)

参考:『音楽業界のカラクリ』サポートページ

実は、上記の記事で山口哲一さんが指摘されているように、本来デジタル時代における「音楽家側への分配比率は、CD時代に比べて2〜3倍に増えている」のです。

つまり世界的には、ストリーミング配信へのシフトによって市場が大きくなっているだけでなく、どんどん音楽市場における音楽家やアーティストの取り分の比率が大きくなってアーティストが潤う時代になっています。
その一方、日本においてはインターネット以前と同じ収益構造のまま、10年以上が経過してしまっていると言えるわけです。

世界的な「推し活」の高まりもあり、日本でも多くのファンがアーティストの応援に高い熱量やお金を注いでいますが、実はそのお金のほとんどが旧態依然とした音楽ビジネスの構造を維持するために投下されており、日本の音楽市場の未来を担うアーティストに適切に還元されていないのではないか、というのがSKY-HIさんの問題提起のポイントでしょう。

問題提起に賛同の流れは生まれるか

ここで注目したいのは、はたしてSKY-HIさんの問題提起に、他の日本の音楽レーベルや事務所が賛同するのかどうかという点です。

普通に考えれば、旧来型のビジネスモデルに合わせて組織や構造が確立されてしまっている大手レーベルや大手芸能事務所が、こうした問題提起に賛同するかどうかは可能性が低いと考えるべきでしょう。

ただ、SKY-HIさんとBMSGの歴史は、不可能を可能にしてきた歴史でもあります。

BMSGが起業して1年も経たない2021年のタイミングで、SKY-HIさんが自己資金を1億円以上投じて開催したのがオーディション番組「THE FIRST」です。

この番組が始まったばかりの頃は、日本で新興のボーイズグループが大きな成功をするのは難しいという声が業界関係者からも多く聞かれたようですが、SKY-HIさんとBMSGはその過去の「常識」を覆し、BE:FIRSTという日本のトップアーティストの一角を担うグループを生み出すことに成功しました。

参考:BE:FIRSTの1年を振り返る 日本のボーイズグループの道を拓く

さらに、2023年に入ると、ダンス&ボーカルシーンに垣根のない新たなカルチャーを作ると宣言し、「D.U.N.K.」というプロジェクトを始動。

このプロジェクトの発表当時には、日本では非常に珍しかった事務所を横断したコラボ企画を、様々な事務所やグループ間で実現することに成功します。

その結果、昨年1年間は多くのテレビ局の音楽番組が、こぞってこの「D.U.N.K.」にならって、事務所横断のダンスコラボ企画を実施する流れが生まれました。

特に、「D.U.N.K.」のプロジェクト開始当初は、多くの音楽関係者が旧ジャニーズ事務所と他事務所の共演はありえないと考えていた「常識」を覆し、Travis JapanとBE:FIRSTのコラボを何度も実現したのは、一つのハイライトと言えると思います。

参考:「音楽の日」でTravis JapanやBE:FIRSTなど90名が、ダンスコラボを披露した意義

こうした過去の「常識」を次々に覆してきたSKY-HIさんが、今回明確に日本の現在のCDビジネスに対して一石を投じたという意味は小さくないとも言えるわけです。


BMSGに続く企業が現れるか

おそらく、ポイントになるのはSKY-HIさんとBMSGの問題提起に続く「次」の企業が現れるかどうかになると思われます。

筆者は、昨年SKY-HIさんとイベントでご一緒させていただいた関係で、SKY-HIさんに「D.U.N.K.」の流れがあそこまでテレビ局でうねりになると予測されていたのか質問したことがありますが、その際にSKY-HIさんが「こうした正しい変化はドミノ倒しになると早いんですよ」という趣旨のお話をされていたのが非常に印象的でした。

参考:BE:FIRSTとセガの成功に学ぶ、ファンの「推し活」の先にある未来

まだBE:FIRSTの「Masterplan」リリースにあたり、どのようにモデルをシフトされるのか、細かいことは明らかになっていませんが、SKY-HIさんがReal Soundのインタビューにいくつかヒントを話されています。

レコード会社には、作品のリリースに紐づけたグッズ販売の際に肖像利用のロイヤリティとしてパーセンテージをお支払いします。(中略)
都内大手CDショップさんからは直接メールを頂いたのですが(中略)強い同意を頂いただけでなく、オフィスまで足を運んでいただき、今後の音楽業界やビジネスに関しての意見交換会を行いました

参考:日高光啓(SKY-HI)「会社の成長の可能性を閉ざす」 音楽業界の“CDビジネス依存”への危機感とBMSGの改革

実は、SKY-HIさんの問題提起にすでに賛同する企業がレコード会社やCDショップからも出てきているというのがポイントでしょう。

まずは、BE:FIRSTの「Masterplan」のリリースがどのような結果につながるかというのが大きな分岐点になりそうです。

先週日本のアーティストがコーチェラの舞台で大きな声援を受けたことを考えれば、日本の音楽市場がストリーミング配信にシフトすることで、海外のファンを更に増やすことができる可能性は既に見えています。

そういう意味では、SKY-HIさんとBMSGによる日本の音楽業界への問題提起が、昨年の「D.U.N.K.」と同様に日本の音楽業界にとっての良いドミノ倒しを生むことができれば、日本の音楽市場も世界の音楽市場同様に急成長していく可能性は間違いなく高いと言えます。

SKY-HIさんとBMSGの投じた一石が、日本の音楽業界飛躍のきっかけになったと年末に振り返れる展開になることを楽しみに、まずは「Masterplan」のリリースに注目したいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

新卒で入社したNTTを若気の至りで飛び出して、仕事が上手くいかずに路頭に迷いかけたところ、ブログを書きはじめたおかげで人生が救われる。現在は書籍「普通の人のためのSNSの教科書」を出版するなど、noteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についてのサポートを行っている。

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