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「JUUL」〜本当に怖い「ニコチン入りリキッド」ダメ絶対

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 ニコチンは殺虫剤にも使われる有毒物質であり、タバコを止められなくする依存性薬物でもある。欧米の若い世代の間では、JUULなどの電子タバコが流行しているが、そのほとんどはニコチンを添加したリキッドを気化させ、吸い込むシステムになっている。だが、こうしたニコチン入りリキッドは急性の呼吸器不全やニコチン中毒によるアナフィラキシーを引き起こし、最悪の場合、喫煙者を死に至らしめる。

JUULとは何か

 日本では電子タバコにニコチン入りリキッドを使うことは禁止されている。ニコチンが毒性と依存性の強い薬物だということもあるが、たばこ事業法というタバコ産業を保護育成する法律があるため、タバコ葉を使わないニコチン入りの製品を認めていないことも大きい。

 欧米では現在、JUULという電子タバコに人気が集まっている。米国におけるシェアは半分近い49.6%(2019年1月)で、米国では「Juuling」という動詞まで広く使われるようになっている(※1)。

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まるでUSBのようなJUUL。実際、USBのようにパソコンなどのUSB端子で充電できる。Via:Ramakanth Kavuluru, et al., "On the popularity of the USB flash drive-shaped electronic cigarette Juul." Tobacco Control, 2019

 欧米における電子タバコの流行はすでに深刻な社会問題になっていて、米国議会やFDA(食品医薬品局)、CDC(米国疾病予防管理センター)などが10代の電子タバコ使用を警告し続けてきた。電子タバコが喫煙習慣のゲートウェイになっているとの指摘もあり、米国の高校生の約27%がなんらかのタバコ製品に手を出すようになっている(※2)。

 ミネソタ州、ウィスコンシン州、イリノイ州など米国各地では、電子タバコを使用した喫煙者が続々と入院している。つい最近も米国イリノイ州の公衆衛生当局(IDPH)が、6人の若者が電子タバコの使用後に急性肺疾患などの呼吸器障害を起こして救急入院したことを報じて警告を発した(※3)。また、医療関係者に対し、胸部の痛みを訴えたり呼吸不全を引き起こしている患者については電子タバコの使用を疑うよう要請している。

ニコチン、グリセリン、プロピレングリコール

 電子タバコを吸うと、どうしてこのような症状を引き起こしてしまうのだろうか。また、電子タバコを吸うとどのような物質を吸引することになるのだろうか。

 電子タバコに使われるリキッドのほとんどにニコチンが添加され、喫煙者はニコチンを吸い込み、ニコチン依存症になって電子タバコをより多く使用することになる。また、グリセリン、プロピレングリコールといった化学溶剤がリキッドの実態だが、加熱されたこれらの物質はエアロゾルという状態になって呼吸器から肺の奥へ吸い込まれる。

 グリセリンやプロピレングリコールを加熱すると、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、アセトンといった発がん性を含む毒性の強い物質が発生する(※4)。さらに、電子タバコのエアロゾルという蒸気はひじょうに細かな粒子(ナノサイズ、PM0.5以下)で、加熱する金属からも化学反応によりカドミウム、鉛、クロムといった有害物質が出ており、こうした微粒子が肺の奥深くへ吸い込まれると肺の細胞を壊したり、遺伝子の修復を行いづらくする(※5)。

 つまり、毒性の強い物質と同時に微粒子による悪影響が、電子タバコの喫煙者に対し、急性肺疾患などの呼吸器障害を引き起こすと考えられる。また、電子タバコによりニコチン依存症になってしまった喫煙者は、よりニコチンの強い紙巻きタバコも吸うようになり、いわゆる二重使用のデュアルユーザーになる傾向がある。こうした喫煙者は、ニコチンをもっと摂取したくなり、その依存度は強くなっていく(※6)。

加熱式タバコにも

 グリセリンやプロピレングリコールは、日本で売られている加熱式タバコのスティックやリキッドにも使われている。中でもプルーム・テック(Ploom TECH、Ploom TECH+)は電子タバコのシステムを使っているため、グリセリンやプロピレングリコールを吸い込む量が多い。また、アイコス(IQOS)は金属ブレードで加熱し、グロー(glo)やプルーム・エスは周囲の金属で加熱する。

 ニコチン自体にも強い毒性がある。体重1kg当たりニコチン1〜13mgが成人の致死量と考えられ、90kgの成人では1.8%のニコチン溶液5mLで致死量に達する(※7)。電子タバコのリキッドに添加されているニコチン濃度は紙巻きタバコよりかなり高いことが多く、これを気化させてエアロゾルで吸い込むことで濃度を下げている。

 電子タバコリキッドには1mL当たり72mgものニコチンが入っているものもあり、その場合は50mLのリキッドで3600mgとなり、これを飲めば成人何十人分もの致死量に相当する。実際、米国ではニコチン入りリキッドを誤飲したとみられる死亡事故も起き、リチウムイオン電池の爆発による怪我も少なくない(※8)。

 最近では、ニコチン自体に発がん性があるのではないかという研究(※9)も出ていて、ニコチンの毒性は低いというタバコ産業の言い分が崩されてきている。

 欧米では、JUULに代表されるニコチン入り電子タバコが若い世代に広がりつつあるが、ニコチン、グリセリン、プロピレングリコールは日本で吸われている加熱式タバコにも入っている。ニコチン入り電子タバコが規制されていても、たばこ事業法でタバコ葉からニコチン摂取をさせている日本は対岸の火事ではない。

※1:Ramakanth Kavuluru, et al., "On the popularity of the USB flash drive-shaped electronic cigarette Juul." Tobacco Control, Vol.28, Issue1, 2019

※2:CDC, "Progress Erased: Youth Tobacco Use Increased During 2017-2018." February 11, 2019

※3:IDPH, "Number of Hospitalizations Potentially Tied to Vaping Increases." August 9, 2019

※4:Leon Kosmider, et al., "Carbonyl Compounds in Electronic Cigarette Vapors: Effects of Nicotine Solvent and Battery Output Voltage." Nicotine & Tobacco Research, Vol.16(10), 1319-1326, 2014

※5-1:Aaron Scott, et al., "Pro-inflammatory effects of e-cigarette vapour condensate on human alveolar macrophages." BMJ Thorax, doi.org/10.1136/thoraxjnl-2018-211663, 2018

※5-2:Lurdes Queimado, et al., "Electronic cigarette aerosols induce DNA damage and reduce DNA repair: Consistency across species." PNAS, doi/10.1073/pnas.1807411115, 2018

※5-3:Karena D. Volesky, et al., "The influence of three e-cigarette models on indoor fine and ultrafine particulate matter concentrations under real-world conditions." Environmental Pollution, doi.org/10.1016/j.envpol.2018.08.069, 2018

※5-4:Pablo Olmedo, et al., "Metal concentrations in e-cigarette liquid and aerosol samples: the contribution of metallic coils." Environmental Health Perspectives, Vol.126(2), 2018

※5-5:Sumit Gaur, Rupali Agnihotri, "Health Effects of Trace Metals in Electronic Cigarette Aerosols- a Systematic Review." Biological Trace Element Research, Vol.188, Issue2, 295-315, 2019

※5-6:Arunava Ghosh, et al., "Chronic E-Cigarette Use Increases Neutrophil Elastase and Matrix Metalloprotease Levels in the Lung." ATS Journal, doi.org/10.1164/rccm.201903-0615OC, 2019

※6:Ursula Martinez, et al., "How Does Smoking and Nicotine Dependence Change after Onset of Vaping? A Retrospective Analysis of Dual Users." Nicotine & Tobacco Research, doi.org/10.1093/ntr/ntz043, 2019

※7-1:Bernd Mayer, "How much nicotine kills a human? Tracing back the generally accepted lethal dose to dubious self-experiments in the nineteenth century." Archives of Toxicology, Vol.88, Issue1, 5-7, 2014

※7-2:Robert A. Bassett, et al., "Nicotine Poisoning in an Infant." The New England Journal of Medicine, Vol.370, 2249-2250, 2014

※8-1:Svenja Bartschat, et al., "Not only smoking is deadly: fatal ingestion of e-juice- a case report." International Journal of Legal Medicine, Vol.129, Issue3, 481-486, 2015

※8-2:My Hua, Prue Talbot, "Potential health effects of electronic cigarettes: A systematic review of case reports." Preventive Medicine Reports, Vol.4, 169-178, 2016

※9-1:Tore Sanner, Tom K. Grimsrud, "Nicotine: carcinogenicity and effects on response to cancer treatment- a review." frontiers in Oncology, doi.org/10.3389/fonc.2015.00196, 2015

※9-2:Reiko Shimizu, et al., "Nicotine promotes lymph node metastasis and cetuximab resistance in head and neck squamous cell carcinoma." International Journal of Oncology, Vol.54, Issue1, 283-294, 2019

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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