強豪・オーストラリアに敗戦。若いなでしこジャパンに与えられた試練とは
アメリカで開催されている女子サッカーの4カ国対抗戦、「トーナメント・オブ・ネーションズ2017」の第2戦が、現地時間7月30日(日)にカリフォルニア州サンディエゴで行われ、なでしこジャパンはオーストラリアと対戦し、2-4で敗れた。
日本は初戦のブラジル戦から7人を代えてこの試合に臨んだ。スターティングメンバーは、GK 池田咲紀子、ディフェンスラインは左からDF北川ひかる、DF坂本理保、DF市瀬菜々、DF高木ひかり。中盤はMFの猶本光と隅田凜がダブルボランチを組み、左サイドにMF中里優、右サイドにMF中島依美。そして、2トップにはFWの横山久美と田中美南が並んだ。
高倉麻子監督はこれまで、選手のポジションをあまり固定せずに、様々な組み合わせにトライしてきたが、11人の中には必ず、DF鮫島彩、MF阪口夢穂、MF宇津木瑠美、DF熊谷紗希という、国際舞台で豊富な経験を持つ選手たちを起用していた。そして、苦しい時にはその存在が、経験の浅いチームを導いてくれた。しかし、今大会は、リヨン(フランス)に所属するキャプテンの熊谷が国際Aマッチデーではないために招集外となり、この試合では鮫島、阪口、宇津木の3人も全員ベンチスタートに。
そんな中で、誰が苦しい時に流れを変えるのかーーそれは、この試合の一つの見どころだった。キャプテンマークを巻いたのは中島だったが、それは11人全員に等しく与えられた試練だった。
オーストラリア戦に向けた前日練習で、高倉監督は、経験の浅い選手にチャンスを与えつつ、高いハードルを課した理由について、
「ここ(代表活動)で生き残った選手の中から、『この選手は戦える』という選手を並べたら、チームを作るのに時間はかからないと考えています。本番で何ができるかが大事なので、全員にチャンスを与える中で、その点をしっかりと見ていきたい」
と、話していた。
その言葉は、「獅子の子落とし」(出典:太平記)という、ことわざを彷彿させる。
獅子は、自分の子が生まれて3日経つと、深い谷の底へ投げ落とし、厳しい試練を与えて子の力を試し、這い上がってきた子だけを育てるというたとえだ。
オーストラリア戦は、大きな伸びしろを秘めながら、ともすれば年上の選手に頼りがちな若手にとって、一皮むけるチャンスでもあった。
一方、オーストラリアはここ数年、メンバーを大きく変えずにチームを熟成させており、今大会では23人のメンバーのうち、2015年女子ワールドカップから17人のメンバーが継続して招集されている。成熟したチームであることは、初戦でアメリカに1-0で勝利した試合の内容を見ても明らかだった。一方、今大会の日本で2年前のワールドカップを経験した選手はわずか4人。
若いチームにとって、目の前に立ちはだかった壁は予想以上に厚く、高かった。
【立て直せなかった前半】
現地時間の14時18分にキックオフとなったこの試合は、気温が30度近くまで上がり、強い陽差しの下で行われた。
立ち上がりから、高さとスピードを活かして日本の最終ラインの裏を狙ってきたオーストラリアに対し、日本は防戦気味になったが、6分にセットプレーから先制に成功する。左コーナーキックでショートコーナーを選択すると、横山が入れたクロスを、ニアサイドで市瀬がヘディングで流し、ゴール正面の田中が肩で押し込んで先制した。
1点をリードした日本だったが、その後はオーストラリアが見せる変幻自在のシステムに苦しんだ。
オーストラリアのベースとなるシステムは4-2-3-1だが、攻撃時にはボランチのMFケロンドナイトが、両センターバックの間に下がって、ビルドアップに参加。両サイドバックが高い位置をとって3バックになり、前線の空いたスペースに2列目の選手が全力で走りこむ。分かっていながら、そのスピードを止められなかった。
11分の日本の失点は、その形から喫した。
最終ライン中央のケロンドナイトから、日本の左サイドの裏のスペースに走ったDFラソにロングパスを通され、最後は中央から走り込んだFWカーが押し込んだ。あっという間に同点に追いつかれると、その後はオーストラリアの勢いを止められず、防戦一方に追い込まれた。
「相手のポジショニングが変わってくることにどう対応するかは、試合前も映像で確認して話し合っていたのですが、スピードもあったので、その(想像の)上をいかれてしまいました」(市瀬)
市瀬の言葉が示すように、オーストラリアの選手が日本のディフェンスラインの裏のスペースに走り込んだ場面では、日本はスピードでことごとく競り負けている。
中盤と最終ラインが流動的に入れ替わるオーストラリアの動きに対応できないために前線のプレッシャーがかからず、簡単にロングパスを上げさせた。蹴られることが分かっていながら、最終ラインは準備が遅れ、裏を取られてしまった。
それに加えて、日本のボールの失い方の悪さも、オーストラリアに勢いを与えた。日本はボールを持った際、オーストラリアの連動したプレッシャーをかわせず、サポートが遅れ、パススピードも緩くなった。そのほとんどのミスは、ポジショニングのバランスの悪さに起因していた。
日本の得点源である横山にボールが入ると期待は高まったが、横山は相手のプレッシャーの中で味方のサポートに恵まれず、持ち味のシュートは影を潜めた。
そして16分、右サイドの中島からのバックパスを受けた坂本が、そのパスを中島にリターンしようとしたところでカーに奪われ、そのまま持ち込まれて2失点目。
25分には1失点目と同じような形で、オーストラリアの右サイドバックからのロングパス一本でペナルティエリア内に抜け出したカーにシュートを打たれたが、ここはGK池田がカーとの1対1の局面に冷静に対処し、シュートをブロックした。
30分には再び、日本の最終ラインのパスが緩くなったところを奪われ、あわや、という場面を作られた。
日本にとって危ない場面が続く中で、チーム最年少の市瀬は、失点に絡む判断ミスもあったが、最終ラインで相手のプレッシャーを受けながらも冷静に相手をかわしてボールを前につなぐプレーが光った。
「前半は相手が勢いを持ってファーストディフェンスも前から強く来ていたのですが、(日本の)ディフェンスラインのパス回しを抜けられた先ではボールをつなげていたので、なんとか(ディフェンスラインで)相手を裏返そうと狙っていました」(市瀬)
また、左サイドの北川は、持ち味のスピードを活かしたオーバーラップで、攻撃の機会を2回、作った。しかし、シュートには至らず。
36分には、ボランチの隅田→横山→中島→とつないで、最後は縦に動き出していた中里がペナルティエリアの外から左足でミドルシュートを放った。スムーズな流れでシュートまで持ち込んだ少ない場面だったが、シュートは枠の左に逸れた。
オーストラリアの優勢が続く中、日本は43分に3失点目を喫する。日本がオーストラリア陣内に攻め込んだ場面で、右サイドから高木が入れたクロスをオーストラリアのディフェンダーがクリア。カーはハーフウェイライン手前でそのクリアボールを受けると、市瀬を一瞬で振り切り、トップスピードでシュートまで持ち込んだ。池田が、一度はカーのシュートをストップしたが、左に弾いたボールを決められて3-1。カーは前半でハットトリックを決めた。
池田は、失点を重ね、ピンチが減らない中でなんとか試合を立て直そうとチームを鼓舞し、指示を出し続けた。しかし、状況を変えることができず、カーのハットトリックを阻止できなかった自分を責めた。
「自分が見えている状況を味方に伝えきれていなかったですし、伝えることができても、動かすことができませんでした。初出場の選手もいて、ミスは想定していましたが、味方のミスがあっても、自分がシュートを止めればミスにはならないですから。流れを引き寄せられなかったことは反省していますし、私がもっと追求すべきところです」(池田)
【引き寄せた流れ】
1-3で迎えた後半、高倉監督は一気に3枚替えで逆転を狙いに行った。
右サイドバックの高木ひかりに替えてDF大矢歩、センターバックの坂本に替えてMF宇津木瑠美を、それぞれ同ポジションに投入。ボランチの猶本のポジションに、左サイドハーフの中里をスライドさせ、左サイドにMF長谷川唯を投入した。すると、少しずつ日本に流れが傾く。
ゴール前ではしっかりと引いてオーストラリアに走り込むスペースを与えず、前でボールを奪える場面も増えていった。50分には、宇津木が中央に飛び出してボールを奪い、隅田のミドルシュートにつなげた。
「前半は、ボールを獲りに行くのか、そのスペースを守るのか。攻めるのか、それともボールを回したほうが良いのか。今、自分たちが何をすれば良いかが明確ではなく、それを考えすぎてしまう中で、目の前の相手やルーズボールに負けてしまうなど、当たり前のことができなくなっていました」(宇津木)
宇津木は、カーが抜け出した場面では1対1で正面からボールを奪い、勢いづいた相手チームのエースを封じた。
攻撃では左サイドの長谷川と、55分に入ったFW籾木結花が、停滞していた前線の流れをスムーズにした。前線の田中にボールが収まるようになると、60分には左サイドで3人のパス交換から決定的な流れを作る。田中が落としたボールをダイレクトで籾木が左サイドの相手陣内のスペースに送ると、走りこんだ長谷川がドリブルでボールを運び、ゴール前に鋭いクロスを送った。このパスがゴール中央からフリーで走りこんだ中島にピタリと合うが、ボールはインサイドキックで合わせようとした中島のかかとに当たって、シュートには至らず。決定的な場面であっただけに、悔やまれるプレーであった。
チャンスをモノにできなかった日本は、その直後、相手の右コーナーからのクロスが長谷川の腕に当たったと判定され、PKを決められて1-4。
その後、オーストラリアは前線に次々とフレッシュな顔ぶれを投入。日本も、78分に右サイドハーフにMF櫨まどか、83分に左サイドバックにDF万屋美穂を投入して追加点を狙いに行ったが、一進一退の展開が続いた。
刻一刻と試合終了時間が迫る中、日本は後半アディショナルタイムに、ペナルティエリア内、右寄りの位置で籾木からのパスを受けた田中がヒールパスで落とし、再び走りこんだ籾木が左足を振り抜き、鮮やかなゴールを右隅に決めた。
そして、この後すぐに試合は終了。
日本は2-4で、オーストラリアとの第2戦に敗れ、通算成績を1分け1敗とした。
【試される修正力】
試合後、高倉監督は前半の戦いについて「思った以上に点差が開いてしまった」と、プランが予想以上に崩れたことを明らかにした。
「相手の攻撃のやり方に合わせて、ケースごとに作ってきた守備の約束事があります。(試合の)最初から新しいメンバーを並べて、『それを完璧にこなせ』というのは酷でしたけれど、そこを求めた中で、個人個人の対応力という点では、相手のスピードやプレッシャーへの対応など、それぞれの通用する部分が分かりましたし、選手たちにとっても、自分たちの戦術の中で詰めていかなければいけないものが整理できたと思います。非常に悔しい敗戦ではありますけれど、多くを学べました」(高倉監督)
また、同じような形で何度も最終ラインの裏のスペースを突かれたことに関しては、「ラインの上げ下げの統一性と、マメさを徹底しなければいけない」(高倉監督)と強調。
チームの流れを変えるのは「経験値」だけではない。それは、後半に出場してゲームを引き締めた宇津木の言葉がすべてを物語る。
「失うものは、今の私たちにはないので。若さを活かして、やんちゃな部分やフレッシュな一面をもっと見せてほしかったですね。私たち(ベテラン)も、年齢を重ねて経験がありますから、まだ負けたくない、と思って頑張れますし、そういった意味ではもっとチームの活性化をしていきたいです」(宇津木)
その言葉に呼応するように、後半の日本の攻撃を活性化した籾木は言う。
「自分たち(若手)は経験が浅い分、何も恐れずにチャレンジしていかなければいけないと思っています。怖がったら得るものがないし、それは、自分から向き合っていかなければいけないものですから。イメージの中で描いているプレーは、通用するものが増えていますが、フィジカルはまだまだ足りないと感じます。相手に慣れてきたので、今後はそのイメージと自分のプレーをどんどん近づけて、さらに上のレベルに行きたいです」(籾木)
1試合目の途中で投入された籾木は、1戦目では「試合に慣れるまでに時間がかかってしまった」と話したが、試合の中で修正し、結果的に2試合連続、途中出場でゴールを挙げた。
また、後半は安定したプレーを見せた市瀬も、試合の中でしっかりと課題を分析し、次の試合への修正を誓っていた。
「ファーストディフェンダーが決まれば、次に相手のパスが出る場所も分かりやすくなるので、もっとディフェンスから指示を出して前の選手を動かしたいと思いますし、ラインコントロールで相手を置き去りにしたいですね」(市瀬)
一方、この試合がA代表初出場となった坂本は、ミスから直接的に失点に絡む形となり、ほろ苦い代表デビューとなった。失点の後も顔を落とさず、持ち味のロングフィードで状況を変えようとチャレンジしたが、この試合でチャンスにつながることはなかった。問われるのはここからの修正力であり、経験値をいかに自分のものにするか、だ。
なでしこジャパンは現地時間8月3日(日)19時15分から、カリフォルニア州カーソンで行われる3試合目で、大会ホスト国のアメリカと対戦する。アメリカは第2戦のブラジル戦で、21000人を超える大歓声を背に、1-3の状況から立て直し、最終的に4-3と劇的な逆転勝利を収めた。
日本はこれまでの2試合とも6人の交代枠を使いきり、GKを除く、20人のすべてのフィールドプレーヤーがピッチに立った。高倉監督は、アメリカ戦に向けたプランについて、
「この2試合でしっかり戦える選手が見えたので、今大会のベストメンバーを並べて、勝つことにこだわりたい」
と、勝利を誓った。
試合の模様は、NHK BS1で、以下の日程で生放送される。
8/4(金) アメリカ女子代表 vs なでしこジャパン(日本女子代表) 11:15キックオフ(日本時間)