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ミネアポリス暴動、全米に拡大 キング牧師の息子が訴える「アメリカの闇」と父の思い

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
警察の人種差別的な暴行に対する抗議デモは、全米に広がっている。(写真:ロイター/アフロ)

 また起きてしまった。

 アメリカで銃乱射事件が発生する度に感じるような、やり場のない思いに襲われている。

 また起きてしまったのは、アメリカで社会問題化している、白人警官による黒人市民に対する暴行死事件だ。

まさに地獄

 ミネソタ州ミネアポリスで、白人警官が黒人男性のジョージ・フロイドさんの首を膝で8分間にわたって押さえつけ、死に至らしめた非道極まりない事件は、今、全米30カ所以上での警察に対する抗議デモや暴動へと発展、死傷者も現れている。

 アメリカでは、警官の暴行(Police Brutality)が昔から問題視されていた。特に、黒人市民に対する白人警官の暴行事件は人種差別問題もはらんでいるため、事件が起きる度に大きな波紋を呼んだ。

 2014年には、ニューヨーク州、スタテン・アイランドで、黒人男性のエリック・ガーナーさんが逮捕にあたって白人警官から絞め技を使われたために、死亡する事件が発生。また、ミズーリ州では、黒人青年が白人警官から射殺される事件も起きた。

 25日の事件翌日から、警察の暴行に憤ったミネアポリス市民が抗議デモを続けているが、28日にはそのデモが大暴動に発展、市民は警察署に火をつけ、同署は火の海と化した。市民からは「まさに地獄」という声があがった。

ロサンゼルス暴動の爪痕

 筆者は、「ミネアポリス暴動」の報道を目にして、夜間外出禁止令が敷かれてアパートに閉じこもることを余儀なくされた、1992年の「ロサンゼルス暴動」を思い出した。暴動の発端となったのは、1991年、ロサンゼルスで起きた「ロドニー・キング事件」だった。白人警官の黒人市民に対する暴行が明るみに出された歴史的大事件だった。

 この事件では、多数の白人警官がスピード違反で逮捕したロドニー・キングという黒人青年を警棒などで殴打し、暴行。今回のフロイドさんの事件同様、撮影されていた暴行風景を映し出したビデオが全米で報じられた。人種差別的な暴力に黒人市民の怒りは爆発した。

 白人警官らは起訴されたものの、1992年、無罪評決が下された。この評決に憤った黒人市民は暴徒化し、「ロサンゼルス暴動」に発展、あちこちで放火や店の略奪が発生し、50人以上の死者と2000人以上の負傷者が出て、約1万2000人が逮捕された。送り込まれた9800人を超える州兵が暴動の鎮圧に当たった。市長は「非常事態宣言」をし、市民には夜間外出を禁ずる戒厳令が出された。

 フロイドさんの暴行死事件後、ロサンゼルスでもすぐに抗議デモが起き、今も続いているが、それは、今も、市民の心に「ロサンゼルス暴動」の爪痕が深く刻み込まれているからかもしれない。

1992年の「ロサンゼルス暴動」では、1000軒以上のビルが破壊、損傷された。写真:www.cnn.com
1992年の「ロサンゼルス暴動」では、1000軒以上のビルが破壊、損傷された。写真:www.cnn.com

動かなくなった後も押さえ続けた

 事件後、フロイドさんの暴行死に関与したとされる4人の警官たちは免職処分を受けた。

 ミネアポリス市長をはじめ多くの市民が、警官らの起訴を訴えていたが、29日、フロイドさんを死に至らしめた主犯とされる元警官のデレク・ショビン容疑者が第3級殺人罪(計画性のない殺人)と第2級過失致死罪の2つの容疑で逮捕された。有罪となった場合、前者では懲役が最長で25年、後者では懲役が最長で10年になる可能性がある。

 事件時、現場では何が起きていたのか?

 刑事告訴状によると、客が20ドルの偽札を使った疑いがあるという店からの通報でかけつけたショビン容疑者らは、偽札を使ったとされるフロイドさんを何度かパトカーに乗せようとしたが、フロイドさんは抵抗したという。

 ある時点で、ショビン容疑者に、車の助手席から引っ張り出されたフロイドさんは地面にうつ伏せにされた。他の2人の警官はフロイドさんの背中と足を押さえ、ショビン容疑者は膝でフロイドさんの首を押さえた。実際、別の角度から撮った動画では、3人の警官がフロイドさんを押さえ込んでいる様も映されているが、この時の様子かもしれない。

 警官の1人はフロイドさんの状態が心配になったようで、フロイドさんを自分の側に横転させるかとショビン容疑者にきいたが、彼はそれを拒否したという。「息ができない」と苦しんでいるフロイドさんのことを心配した他の警官の懸念を無視したのだ。これが、第2級殺人罪容疑に繋がった。

 フロイドさんが息をしなくった後、警官の1人はフロイドさんを自分の側に横転させたいと思ったという。また、別の警官はフロイドさんの脈拍を確認したが、見つけることができなかった。

 ショビン容疑者はフロイドさんが動かなくなった後の約3分間を含め、膝で8分46秒間も、フロイドさんの首を押さえつけていた。

 

 フロイドさんは病院に搬送され、亡くなったことが確認されたが、メディアからは「なぜ、警官の1人は脈拍がないことに気づいた時、現場で心肺蘇生措置を行わなかったのか」という疑問の声もあがっている。

 検死の結果、フロイドさんの死因が窒息死であるという証拠は確認されなかった。検死は拘束、酩酊物質、心臓病を含む基礎疾患が組み合わさった結果亡くなった可能性があると結論づけている。そのため、フロイドさんの家族は独立機関に検死を依頼しようとしている。

やり過ぎなショビン容疑者

 ところで、フロイドさんとショビン容疑者には接点があった。一緒に働いていたかは不明だが、昨年まで、2人とも同じナイトクラブでガードマンとして働いていたのだ。

 ショビン容疑者は約20年間、そのクラブで働いていたが、フロイドさんが働いていたのはもっと最近で、黒人音楽イベントがある時だけだったという。クラブオーナーは「ショビン容疑者がフロイドさんのことを認識していたら、もう少し情けをかけたのではないか」と話している。

 ちなみに、ショビン容疑者はヒスパニック系の客たちとは仲良くしていたが、黒人音楽の演奏が行われるアフリカン・アメリカン・ナイトの時は働きたがらなかったという。ショビン容疑者が働いたある時、喧嘩が起きたからだ。彼はその時、人々に香辛料を吹きかけ、警察にも通報したため、6台のパトカーがクラブに駆けつけたという。そんなショビン容疑者の対応を、クラブオーナーは「やり過ぎだ」と感じていたようだ。

アメリカが聞き逃してきた声

 今、多くの人々が、フロイドさんの暴行死事件に対して、正義を求める声をあげている。

 そんな中、こんなツイートが目に入った。

「父は言った。“暴動は、声を聞いてもらえない者の言葉だ。アメリカは何を聞き逃してきたのか? アメリカは、自由と正義という約束が果たされていないという声を聞き逃してきたのだ”」

 このツイートをしたのは、人権活動家のマーティン・ルーサー・キング3世だ。父とは、公民権運動の活動家キング牧師のことである。

 確かに、今回の事件で、フロイドさんの声はショビン容疑者に聞いてもらえなかった。マーティン・ルーサー・キング3世は、そんなフロイドさんの声を繰り返しツイートしている。

「息ができない」

 これは、アメリカの歴史の中で虐げられ、そして今も差別に苦しんでいる黒人社会全体の叫びだ。

 マーティン・ルーサー・キング3世は、また、こうツイートしている。

「闇があるところには、犯罪が起きる。罪は、犯罪を犯した者だけにあるのではなく、闇を生み出した制度にもある」

「暴力は容赦しないが、この事件は、何世代にも渡って燻り続けてきた炎を燃え立たせた。我々に必要なのは、悪化し、アメリカの魂を蝕んできた人種差別による痛みを癒すことだ」

 結局、フロイドさんの死の背後には、歴史の中で、人種差別問題を解決できずにいた「アメリカの闇」がある。

 マーティン・ルーサー・キング3世は父の思いを汲み、今回の事件で打ちひしがれている人々を勇気づけてもいる。

「私は、平和と正義の世界を夢見ているアメリカの人々とともに立ち上がる。それは、父が言っていたように、誰もが、肌の色ではなく、人柄そのものによって評価される世界だ。そんな世界にすることはできる。一緒にその世界に到達しよう」

 では、どうすれば到達できるのか?

 同氏は、あるテレビインタビューでこう話している。

「制度的な人種差別が起きてる社会が変わる必要があります。幼稚園の頃から、思いやりや人間関係、多様性について学ぶ必要があるし、警官は状況をエスカレートさせないようトレーニングされる必要がある。人は守られるべきであって、殺されるべきはないのです」

 これからも、「アメリカの闇」の中では、白人警官から不当な死に至らしめられる黒人の犠牲者が現れるかもしれない。その度に、市民は抗議の声をあげるだろう。しかし、アメリカの歴史は、声をあげても、平和と正義の世界にはなかなか到達できないことを証明している。

 それでも、声をあげ続けないことには、何も変わらないのだ。

 キング牧師が1963年に行った「私には夢がある」という演説の中で、平等という夢を実現させようと訴えたように、息子マーティン・ルーサー・キング3世も声をあげ続ける。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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