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新生スペインが見せた大胆さと、常勝時代のノスタルジー。

森田泰史スポーツライター
ゴールを喜ぶスペインの選手たち(写真:ロイター/アフロ)

ラ・ロハ(スペイン代表の愛称)を愛する者なら、誰もがある種のノスタルジーに襲われる。「ルイス・アラゴネスの頃は良かった」というものだ。

故ルイス・アラゴネスに率いられたスペインは、シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、ダビド・シルバ、セスク・ファブレガスを中心に構成され、ポゼッションを武器に並み居る強豪を次々に撃破した。EURO2008で優勝を飾り、その代表チームはピークに達した。

■ポゼッションというジレンマ

スペイン人が最も好むプレースタイルで、タイトルを奪取。だからこそ、スペインという国がひとつになったと言えるかもしれない。

そして、ビセンテ・デル・ボスケはアラゴネスの敷いた路線に続いた。さらに、バルセロナが実践していたゼロトップの戦術を積極的に採り入れた。シャビ、イニエスタ、台頭してきたセルジ・ブスケッツからボールを奪う術はなく、いかなる対抗策もスペインの前では無効化された。

かくして2010年の南アフリカ・ワールドカップ優勝、EURO2012制覇で主要大会3連覇が成し遂げられた。一方、あまりに確立されたチームで、デル・ボスケ政権下のスペインはいつしか「選手ありき」ではなく「戦術ありき」に陥っていた。ポゼッションを高めるために選手が選ばれ、それが決定力不足につながり、日に日に進化するカウンターの鋭さを前に沈んでいくこととなった。

グループステージ敗退に終わった2014年のブラジルW杯と、ベスト16で散ったEURO2016の結果を受け、デル・ボスケの後任にフレン・ロペテギが就いた。ロペテギは1トップを好み、アルバロ・モラタやジエゴ・コスタを重宝した。ゼロトップとの決別ーー。それはロペテギの下で、果たされたのだ。

だがロペテギ政権は思わぬ形で終わりを迎えた。ロシアW杯開幕直前に大会終了後のレアル・マドリー指揮官就任が発表されると、そのやり方がスペインサッカー連盟の会長を務めるルイス・ルビアレスの逆鱗に触れ、解任という決断が下された。マドリーのフロレンティーノ・ペレス会長、ルビアレス会長、ロペテギと三者三様の思惑がスペインという国を揺るがした。

■ルチョの就任と変化

「お家騒動」で本当の問題が包み隠されたまま本大会に臨んだスペインは、決勝トーナメント1回戦で開催国ロシアに敗れた。そのロシア戦におけるスペインのパス本数は1137本で、これはW杯1位の数字になった。2位のドイツ(2010年大会のアルジェリア戦/801本)を大幅に上回り、史上最高記録となっている。なお、この試合でのスペインのパス成功率は91%で、ポゼッション率は79%だった。

スペインのポゼッション力は相変わらずだ。だが、何かが不足しているのは明らかだった。そこで決されたのが、ルイス・エンリケの就任である。

メディアとの軋轢が絶えない、アクの強い指揮官に対して、一定数のスペイン人は拒絶反応を起こした。正確に言えば、ジャーナリストたちが、である。セルヒオ・ラモスをはじめ、ルイス・エンリケと主力選手の間に、何らかの確執が生まれるはずだと思い込んでいた。ある種の愛憎劇を、彼らは期待していた。

ルイス・エンリケはバルセロナ時代に獲得可能な全タイトル13個のうち9個を獲得している。リオネル・メッシ、ルイス・スアレス、ネイマールの「MSN」がいたことで、バルサをポゼッションからカウンターへと傾倒させていった過去がある。選手配置においても、対戦相手に合わせて、数多のバリエーションを用意していた。3-4-3を施行して、ジョルディ・アルバをスタメンから外すという決断を下したこともある。

新生スペインの重要課題に挙げられていたのが、「イニエスタの後継者問題」である。その使命を与えられたのは、サウール・ニゲスだった。サウールは、単なる勤勉なボランチではない。インテリジェンス、フィジカル、技術。彼ほど総合力の高いMFは、現代フットボールにおいて数少ない。そして何より、イニエスタとの違いは、二列目の飛び出しと、その得点力だ。

中盤に「労働力」と「頭脳」が注入され、ポゼッション主義から脱そうとする気概が現代表からは見て取れる。前線にはイスコ、イアゴ・アスパス、ロドリゴ・モレノと技術と機動力に優れる傭兵が揃えられた。イスコに対しては、「中盤まで引いてこないように」という指示がルイス・エンリケから出されるほどだった。攻撃の深度を確保するため、そしてパス回しの循環を円滑にするため、両WGにはサイドに張っていることが求められた。

チキ・タカの継承。それが至上命題、というわけではない。ルイス・エンリケが目指すのは、縦に速い、「垂直なフットボール」だ。

設立されたばかりのUEFAネイションズ・リーグで、スペインは2連勝を飾った。ウェンブリーの地で11年間公式戦無敗を誇っていたイングランドを、苦しみながら破った。その3日後には、ロシアW杯で準優勝したクロアチアを6-0で粉砕した。

ラ・ロハは、2008年以降、下り坂を歩んでいた。ルイス・アラゴネスの存在感は絶大だった。そして、彼がいなくなった後の喪失感もまた、計り知れないものだった。

しかしーー。2008年の教訓。芽吹き。それは、いまもなお、ラ・ロハで息づいている。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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