永瀬拓矢王座、3連覇を引き寄せた「妙手順」~第69期王座戦五番勝負第4局~
5日、第69期王座戦五番勝負第4局が行われ、永瀬拓矢王座(29)が挑戦者の木村一基九段(48)に勝って通算3勝1敗とし、防衛を決めた。
これで永瀬王座は王座3連覇を達成した。
相掛かりから激しい戦いとなり、中盤で永瀬王座が妙手順を繰り出してリードを奪い、そのまま逃げ切った。
飛車を成らせる妙手順
先手は飛車を9一に打ち込み、後手は角を9二に打って対応するなど飛車角が乱れ飛ぶ戦いに。
中盤までは互角で推移していたが、永瀬王座が妙手順でリードを奪う。
それが第1図からの手順だ。
いま△5五桂と6七の地点を狙ったのに対し、6九にいた銀で▲5八銀と受けたところ。
この手はいわゆる強い受けで、普通は△5五桂と桂で攻めてきたら▲5九桂と桂で受けるものだ。
しかしその桂を温存したのが受けに特徴のある木村九段らしい一着だった。
温存した桂は5六に打ちたいのだ。相手の攻めの急所である6四の香を狙うと同時に、9二の角の利きを止められる。
後手としては▲5六桂が来る前に攻めないといけない。
永瀬王座は長考に沈んだ。
ABEMAで表示される将棋AIは△6五角という手を示す。しかしこれは▲7三飛成と飛車を成らせるうえ、8一の銀も取られる形になり、お手伝いになりそうで相当に指しにくい手だ。
しかし永瀬王座は長考の末、△6五角と指した。当然、木村九段は▲7三飛成と飛車を成る。
飛車を成らせた効果
わざわざ一手かけて飛車を成らせるのは、100回やって99回は損になる手だ。しかしこの場合は例外中の例外だった。
第2図から△3八角成▲同金△8二銀打と進む。
永瀬王座がわざわざ一手かけて飛車を成らせたのは、竜と飛車の両取りをかけるためだったのだ。
後手は飛車を入手すると先手玉を詰ますことができる。
(△7八飛▲5九玉△6八金▲4八玉△5八金▲3九玉に△4八金と捨てるのがうまい手だ)
ただ、角を2枚も手にするなど先手の持ち駒は豊富で、切り返しがあってもおかしくはない。木村九段もそうみたのだろう、ここで夕食休憩を挟む長考に入った。
感想戦の感じでは、木村九段はこの手順に意表を突かれたようであり、永瀬王座も確信をもって進めたわけではなかったようだ。
わざわざ飛車を成らせる違和感のある手順であり、しかもたどりついた図で自玉が危険にさらされる。相当に指しにくい手順である。
しかしこれが勝ちをつかむ唯一無二の妙手順だった。
思い起こせば第2局でも永瀬王座は終盤で指しにくい手を指し、それが盤上この一手の好手となって勝ちをつかんだものだ。
永瀬拓矢王座が勝ってタイに。復調の証となった「と金のタダ捨て」~第69期王座戦五番勝負第2局~
実力の証明
冒頭の図を将棋AIに深く読ませたところ、△6五角以外の手では全て先手に形勢が傾くと示す。
つまり△6五角からの妙手順は、これしか勝ちがない、そういう手順なのだ。
第2局と同様(詳しくは先ほどの記事を参照)、本局においても永瀬王座はたった一つしかない正解ルートをつかんだのだった。
王座3連覇という実績と合わせて、実力を証明した。
木村九段もシリーズを通して随所にらしさを出していた。
課題と目されていた序盤では、永瀬王座の研究を上回る展開もみられた。
ただ過密日程のなかで勝ち星に恵まれず、第2局以降はやや調子を落としていたのか波に乗れなかった印象だ。
年齢的には本人も言う「ラストチャンス」でも不思議はないが、「百折不撓」を掲げそうした常識をことごとく覆してきた棋士だ。
捲土重来を願いたい。
永瀬王座は防衛を果たし、無冠転落と4強からの脱落を免れた。
本局でみせた妙手順は筆者含めプロもうならせるものだったと思うが、それでも本人は局後のインタビューで、
「棋力向上に努めて、少しでもトップの方々に近づけるようにしたい」
と謙虚に述べていた。その視線の先にいるのは藤井聡太三冠(19)だろう。
永瀬王座がその実力を証明した五番勝負だった。