Yahoo!ニュース

別次元だった乾貴士が収穫に。本気モードのシリア相手に「仮想イラク」のイメージ出来上がる。

森田泰史スポーツライター
持ち前の突破力を見せた乾は攻撃のアクセントになった(写真:つのだよしお/アフロ)

「選手全員が、誰一人、結果と内容に満足していない」

本田圭佑は試合後、開口一番にそう言った。シリア代表との一戦で、物足りなさを感じていたのはファンやメディアだけではなかったようだ。収穫は、あった。しかしながら何か消化不良感が残ったのも、また事実だ。

日本は7日のキリンチャレンジカップ2017でホームにシリアを迎え、アジア最終予選突破に向けて重要なテストマッチを行った。だがこの試合、単なるテストとはならなかった。

■本気モードのシリアと試合への入り方

日本同様にロシア・ワールドカップ(W杯)行きを懸けて鎬を削る、グループA4位のシリアは、次節中国戦に向けて本気だった。

日本は序盤、勢いに乗ったシリアに圧倒される。前線からプレスを掛けるシリアは、日本のビルドアップを妨げ、ポゼッションサッカーを封じてきた。必然的にCFの大迫勇也へのロングボールが多くなり、大迫は起点を作ろうと試みるも、度々孤立する。7分に香川真司が負傷交代を余儀なくされるというアクシデントもあり、試合への入り方は良いとは言えなかった。

代表初先発の昌子源は、最終予選7試合で最終ラインを務めてきた森重真人に代わり、吉田麻也とCBでコンビを組む。だが狡猾に裏を狙うマハムード・アルマワスへの対応に苦しめられ、27分にはアルマワスにサイドネットを揺らされるシュートを許した。長い間吉田とコンビを組んできた森重と異なり、昌子は吉田や長友佑都との距離感をうまく保てなかった。

それに引っ張られるように、原口元気のポジショニングも悪かった。長友とのコンビネーションに、ちぐはぐさが散見される。出る時に出て、引く時に引く。その判断が、両者共に曖昧だった。

また、試合が落ち着かなかった理由のひとつに、中盤のスペースのケアの仕方と、これに関する選手とベンチサイドの意識のずれがあったことが挙げられるだろう。

4-2-3-1を敷いてきたシリアは、4-3-3の日本と対峙した際に生まれるアンカーの真横のスペースを巧みに突いた。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は通訳を通じ、何度となく今野泰幸にもっと前へ上がるようにと指示していた。しかしながら山口蛍の考えは異なった。今野に中盤のポジションを維持し、自身の脇のスペースを埋めるように要求していたのである。

ピッチ内外の相違が、混乱を生む。日本はボールの奪いどころも不明瞭で、強みである連動したプレッシングがほとんど機能せず、空振りの殴打を続けたまま前半を終えた。

■代表復帰を果たした乾の別次元のプレー

一方で、収穫になったのは、およそ2年2カ月ぶりに日の丸を着けた乾貴士だ。“別次元”というと大仰に聞こえるかもしれないが、それほどのインパクトを残したのではないか。

50分にマルデク・マルドキアンのヘディングゴールで先制を許した日本だが、56分に長友のクロスに今野が合わせて同点弾を挙げる。その直後、原口に代わって乾が入ると、試合の雰囲気は一変する。

「これがラストチャンスになる」。直前合宿でそう話していた乾は、左サイドで長友と連携しながら、面白いように好機を演出する。ボールを受け、はたき、動き直してもう一度ボールを受けることで、彼は攻撃のリズムをつくった。64分、乾のスルーパスから長友がシュート。その1分後には、オーバーラップした長友に乾からパスが出て、長友のクロスから酒井宏樹がボレーシュートを打った。

乾投入後、左サイドの攻撃が活性化したのは明らかだった。72分、乾、倉田秋、大迫と速いテンポでパスがつながる。前を向いた大迫からスルーパスを受けた本田に決定機が訪れる。右足でのシュートはGKイブラヒム・アルマに阻まれる。だが前線の3人が中盤の選手と絡みながら流れるようなプレーで相手GKと1対1になるチャンスを作り、期待を抱かせた。

74分、本田が左サイドにフィードを送る。これを受けた乾は1対1を仕掛けてカットインからシュートを放ち、GKアルマを強襲した。本田の左足の正確なサイドチェンジ、乾のコントロールとダブルタッチによる突破は、さながらワールドクラスだった。

乾と同じく、途中出場で出色の出来だったのが井手口陽介だ。山口との交代でピッチに送り込まれ、フル代表デビューを果たした井手口は、難しいアンカーのポジションをそつなくこなした。守備のバランスを取り、早めにサイドの選手や起点となる本田にボールを預け、立派な中盤のオーガナイザーとして振る舞った。

井手口がアンカーに入り、加えて浅野拓磨が右サイドに投入されて本田がインサイドハーフに入ったことで、日本は新たなオプションを手にした。以前、「サイドをやっていると自分が下手になったのではないかと思うことがある」と漏らしていた本田は、やはり中央で輝きを増す。乾にサイドチェンジを出した場面をはじめとして、持ち前のキープ力でタメを作り、味方を生かして存在感を見せた。

■「仮想イラク」のイメージは出来上がった

日本はシリア戦で試合を通じて59%のポゼッション率を記録。15本のシュートを浴びせた。後半の内容はシリアを圧倒していたと言える。

前線の選手のシュート数は原口(4)、乾(2)、本田(2)、大迫(1)、久保(1)、今野(1)だ。

ただ前半、原口、久保はゴールへの意欲が強すぎていた。原口は無理にシュートに行くシーンがあり、久保は中央に入り過ぎてそれが全体の均衡を崩していたところもあった。乾も素晴らしい突破の後に強引にシュートを打ち、ハリルホジッチ監督の怒りを買った。

さらに、直接FKとコーナーキックで16回のセットプレーを得たが、そこから決定機を生み出すことはできなかった。16回のセットプレーで得点の匂いがしなかった事実には、改善の余地を感じざるを得ない。

対するシリアはポゼッション率41%、シュート数11本だった。「仮想イラク」としてシリアとのマッチメークを実現した日本だが、今回の対戦におけるスタッツは、W杯最終予選第3節のホームのイラク戦での数字と酷似している。

W杯最終予選第3節イラク戦で、日本はポゼッション率で58%と優り、シュート数では12本、セットプレー回数は16回を記録した。イラクはポゼッション率42%、シュート数7本。シュートの数では今回のシリアが上回っているが、それはシリアがアグレッシブだった証だろう。

日本はイラクに苦戦した後、アディショナルタイムの山口の劇的なゴールによって虎の子の勝利を得た過去を忘れてはならない。そして7日に戦ったシリアも、まったく簡単な相手ではなかった。しかし、酷かった前半から、新戦力の台頭を予感させて巻き返した後半を見ると、それほど悲観することはないように思える。

「イラク戦を前に不安」という風潮には、あまり同意できない。むしろ、ここで危機感を高め、気を引き締めてアウェーの一戦に臨めるのは好材料だ。シリア戦の過ちを避けるため、日本のスターティングイレブンはイラクとの決戦で試合の入り方に集中するはずだ。

イラクは7日に行われた親善試合で韓国に引き分けている。日本と置かれた境遇は同じだ。イラク戦は日本時間13日午後9時25分にキックオフ。この試合で勝ち点3を得られれば、日本はW杯出場に大きく近づく。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

誰かに話したくなるサッカー戦術分析

税込550円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

リーガエスパニョーラは「戦術の宝庫」。ここだけ押さえておけば、大丈夫だと言えるほどに。戦術はサッカーにおいて一要素に過ぎないかもしれませんが、選手交代をきっかけに試合が大きく動くことや、監督の采配で劣勢だったチームが逆転することもあります。なぜそうなったのか。そのファクターを分析し、解説するというのが基本コンセプト。これを知れば、日本代表や応援しているチームのサッカー観戦が、100倍楽しくなります。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

森田泰史の最近の記事