今こそ、経験豊富でかつ起業家現役・三輪晴治氏の知見から学ぼう!
筆者は、過日、三輪晴治さんという起業家の方にお会いする機会があった。
三輪さんは、1936年山口県長門市生まれ。1960年九州大学経済学部卒業後、東プレ(株)入社。同社の製造技術をイノベーション創出で世界レベルに引き上げ、日本国内外での事業発展や新商品の開発等に大きく貢献した。同社取締役、東プレR&D(株)常務取締役、1989年クラウン(株)常務取締役に就任され活躍された。
そして、1990年には半導体のテスター技術では業界トップであったテラダイン(株)に入社し、テスターの量産化によるコストダウンなどを成功させ、同社の発展に大きく貢献し理事などを経て、1995年半導体設計ソフトのケイデンス・デザイン・システムズ(株)代表取締役社長に就任。同社では、顧客ニーズおよび顧客の設計と問題点を踏まえて、新しい設計ソフトを開発・販売し、売上の急速な伸びに貢献した。このように、三輪さんは、それらの企業では、新規ビジネス・モデル等を創造し、事業ひいては企業を飛躍的に拡大・発展させることに成功したのである。
その後、1999年半導体設計ソフトのスタートアップのマグマ・デザイン・ジャパン社長(2003年ナスダック上場)、2005年イーエイシック・ジャパン社長、2013年現在ベイサンド・ジャパン社長。法政大学経営学部非常勤講師、四国大学客員教授。組織学会会員。
現在、健康のための機器としても利活用できるガスセンサー会社であるアトモセンス(Atmosense Inc )共同創業者であると共に、集積度が進んでも消費電力を抑えられ性能が落ちない超省エネ半導体のビジネスを推進するASA Microsystems Inc取締役である。
この略歴をみてもわかるように、三輪さんは、所属会社で絶えずイノベーティブなことを行い、所属企業等を発展させてきただけにとどまらず、絶えざるイノベーションに対する必要性と重要性を信じて、現在も革新的な発想と技術に基づくスタートアップを立ち上げ、その可能性を追求してきており、現在も年齢を超越して、気力充実され、起業家人生をまい進されている。
また三輪さんは、多くの著書がある文筆家というか実践的研究者の側面もある。その三輪さんが、それまでの企業人・起業家人生を踏まえて渾身を込めて書かれたのが、書籍『日本経済再生論 ディスラプティブ・イノベーションの道』である。
同書は、2013年に出版され、すでに10年以上経つものである。しかし、置かれた世界および社会の状況やテクノロジーの変容などはあるが、日本の経済・産業および企業等の状況は今も大きくは変わっていないので、そこに書かれたことは、今の日本および日本人が多くを学ぶに値する提案やアイデアが書かれている。三輪さんの意見やアイデアは、単なる空理空論ではなく、実践や実体験に基づくものであるので、非常に説得力がある。
三輪さんは、同書で、金融緩和や財政出動等だけではなく、「ディスラプティブ・イノベーション」を通じて新しい商品や主導産業を開発し、適切な所得を生む多くの職場を創り、国民のために働き喜びと所得の向上によるより良い生活の場を拡大することが、デフレを脱却し経済再生の鍵であると論じている。そして、半導体産業を含む日本企業の低迷の原因を分析し、具体的な今後取り組むべき市場やプロジェクトも提示しながら、デフレを解消し経済を力強く再発展させる道を示している。つまり、単なる意見の主張ではなく、実務家・実践家として、具体的な方向性や方策を提示しているのである。
三輪さんは、資本主義経済の発展は、絶対的な売り上げ規模ではなく、生産、消費活動が他の商品や産業を刺激し、全体の経済の発展をドライブする人間生活にとり重要であり、これまでに存在しないコンセプトの産業・商品で、新しい市場を創造する「主導産業」により牽引されてきたが、米国を中心とする先進国でもイノベーションが停滞し、そのような産業はでてきていないと主張する。近年隆盛を極まるGAFAなどの情報・IT産業も、国民に十分な職場の提供や、国民の所得を増大することに成功していないと断言している。だからこそ、ディスラプティブ・イノベーションで、「主導産業」を生み出す必要があるという。
そして、本書のポイントは、三輪さんの提案するディスラプティブ・イノベーションは、一般的に言われる「破壊的イノベーション」ではなく、「分岐的イノベーション」、つまり「ある商品、技術の場から分岐して、全く新しい市場を創造するイノベーション」を意味している。なお筆者は、同書を読んで、三輪さんの「ディスラプィブ・イノベーション」は、より正確には「分岐的創造イノベーション」という言葉が的確なのではないかと感じた。
また三輪さんは、「『イノベーション』という意味は、新しい『先端技術の革新』では必ずしもない。むしろシンプルな、幼稚と思われる技術の新しい適用の仕方で大きなイノベーションとなり、新しい市場が創造できるのである。」とも指摘している。
つまり「分岐的イノベーション」から、主導産業は生み出せるのである。
従来全く存在しない新しい技術や大型の新しい商品の開発は、リスクは非常に高く、困難も大きい。そのために特に日本は、他が開発したものをベースに安価でつくることは得意だが、「主導産業」の開発は、手に負えないとしてきた。また三輪さんは、「日本の技術者はシンプルな、低級商品の開発には興味を示さないので、十分注意しなければならない。似て非なる、新しい大きな市場があることを認識しなければならない」とも指摘している。
それらのことを踏まえて、三輪さんは、日本は、「そこで大変ハードルの高い、全く新しい商品、産業を創るというのではなく、日本でやれる主導産業の開発の道」を「分岐的なイノベーション」的アプローチで目指すべきだと主張しているのである。
要は、日本や日本企業も、発想を変えれば、その創出でこれまで欧米に主導権を握られてきた「主導産業」を生み出せる可能性があるということである。そして、日本や日本企業も、これまでそれを避け、できるとも考えてこなかったが、「主導産業」を生み出そうという意志と決意をもつ必要があるということである。
このように三輪さんの主張や提案は、非常に説得力のある、また前向きなものであり、日本に可能性と希望を与えるものであるといえる(注)。
こんな本が、10年以上前に書かれていたこと自体驚きであるが、それがその時に活かされていなかったことが残念である。
だが、社会を変えていくにはタイミングが重要だ。その意味で、日本に変化が起きつつある今こそ、日本の社会、企業、政府そしてスタートアップなどあらゆる層が、三輪さんの知見・卓見に真摯に耳を傾けるべきだろう。その学びから、日本から必ずや新しい「主導産業」が生まれてくると確信している。もちろん筆者もチャレンジしていく。
書籍『日本経済再生論 ディスラプティブ・イノベーションの道』を、ぜひ読んでいただきたい。お薦めである!
(注)三輪さんは、九大では、向坂逸郎氏、高橋正雄氏、高木幸ニ郎氏などのマルクス経済学者から薫陶を受けたが、社会主義に疑問をもち、奨められた学究に進まず、企業人・起業家として大活躍されてきた。本記事で扱っている書籍は、実は「マルクス経済学」を土台にその視点からある意味書かれている。しかも、その視点で、「資本主義」のさらに進展・発展するための提案がなされている。その点も、同書の魅力というか、深みを増しているということができるだろう。