なでしこジャパンの未来の守護神候補。浦和レッズレディースのゴールキーパー3人の理想的なライバル関係
【試合の流れを決めたビッグセーブ】
決定的なピンチは、予想以上に早くやってきた。
前半2分、左サイド後方からゴール前にクロスが上がる。ベガルタ仙台レディースの川村優理がタイミング良く飛んで競り勝ち、ゴール真正面で完璧に合わせた。
決まったーー。
そう確信した次の瞬間、枠を捉えたボールは浦和レッズレディースの守護神、平尾知佳の大きな手で弾き出された。
7月31日に行われたリーグカップ9節。浦和レッズレディース(以下:浦和L)は、ベガルタ仙台レディース(以下:仙台L)をホームに迎えた。
仙台Lは高さと身体の強さを備えた経験豊かな選手が多く、パワーとスピードを生かした縦に速いサッカーを得意とする。この日の先発メンバーでも、165cmを超える選手が6人いた。一方、今季の浦和Lは10代から20代前半の若手選手がほとんどで、豊富な運動量を持ち味とし、小柄だがテクニックに長けた選手が多い中盤の展開力も特徴だ。
浦和Lは仙台Lとの対戦では球際で競り負け、攻撃面の良さを消されることが多かった。何より、過去10戦で一度も勝利したことがない(5敗5分)という事実が相性の悪さを物語る。だが、浦和Lがカップ戦の準決勝進出の可能性を高めるために、この試合で負けるわけにはいかなかった。
結果は0-0。
浦和Lの吉田靖監督は、勝ち点3を得られなかったことよりも、準決勝に希望をつなぐ貴重な「勝ち点1」を得たことを評価した。内容を振り返ればピンチも少なくなかったが、球際やゴール前で粘りを見せ、辛抱強く守り抜いた。中でも平尾が見せた冒頭のシーンを含む2つのビッグセーブは、無失点という結果以上に、チームを勇気づけていた。
【正守護神をめぐるハイレベルな争い】
ゴールキーパー(以下:GK)は、特別なポジションだ。
フォワード(FW)が判断ミスをしても直接失点につながることはないが、GKの判断ミスは失点に直結する。「最後の砦」である。90分間の中で仕事をする機会がほとんどない場合もあるが、たとえ1回のピンチでも、確実に守れるかどうかで評価は決まる。また、GKのコーチングがチームに与える精神的な影響も大きい。
堅守速攻のスタイルで2014年にはリーグ優勝にも輝いた浦和Lだが、今季リーグ戦は序盤から波に乗れず、2勝1分8敗の最下位で中断期間を迎えた(後半戦は9月10日に再開)。特に、序盤戦はもったいないミスから失点を重ねる試合が多く、6連敗を喫するなど、負の連鎖が続いた。その中で、GKが感じる責任感はどれほどだっただろうか。
浦和Lの練習は、さいたま市にあるレッズランドで平日は18時過ぎから始まる。
メンバーには学生も多いが、昼間に仕事をしながらサッカーと両立しているアマチュア選手もいるため、チーム練習は夜に行われる。
練習場を訪れたのは、夜風が涼しい7月の平日。
ジュニアユースの選手たちもトップチームと同じ時間帯にトレーニングをしており、練習場は活気に満ちていた。そんな中、3人のGKがトレーニングを行うグラウンドの一角は、高い集中力によって研ぎ澄まされ、ひときわ密度の濃い空間になっていた。
浦和Lが抱える3人のGKは、それぞれが各年代の代表で活躍してきた才能あふれる選手たちだ。
池田咲紀子(23)は2012年のU-20女子ワールドカップで、日本の正GKとして世界第3位となった。平尾知佳(19)は昨年のAFC U-19女子選手権で素晴らしいセービングを見せて日本を優勝に導き、翌年のU-20ワールドカップ出場の原動力になった。松本真未子(18)は、2014年にコスタリカで行われたU-17女子ワールドカップで正GKをつとめ、世界チャンピオンに輝いた(同大会で最優秀GKを受賞)実績を持つ。
その3人の中で、現在、浦和Lの正GKの座を競っているのが池田と平尾だ。池田は6月のアメリカ遠征でA代表に初招集され、平尾は7月のスウェーデン遠征で同じくA代表に初招集された。
GKというポジションは通常、リーグ戦の最中はよほどのことがない限り、控えの第2GKに出番は回ってこない。だが、浦和Lは池田が先発していたリーグ序盤戦で連敗したこともあり、7節以降は平尾が先発。平尾はカップ戦でも7試合中5試合で起用され、正GK争いを一歩リードしている。実際にチームの失点は減り、チーム状況も上向いてきてはいるが、指揮官の構想はまだ固まったわけではない。
「ゴールキーパーはレベルが高く、今は(平尾と池田の)どちらを使っても良いと思っています」(吉田靖監督)
指揮官の言葉を裏付けるように、練習の紅白戦で2人は試合本番のような緊張感を漂わせ、チームの雰囲気を引き締めていた。
【チームを支える2人の控えGK】
3人のGKを最も近くで見続けてきたのが、長井敦史GKコーチだ。
「ゴールキーパーはメンタル的に非常に難しいポジションだと思います。ミスが失点に直結するし、それでもすぐに気持ちを切り替えなければいけない。3人にはそれぞれに高いモチベーションがあるので、僕が言わなくてもしっかり自分をコントロールできています」(長井GKコーチ)
異なる特徴を持つ3人だからこそ、同じ練習メニューをこなしていても、お互いに刺激を与え合える利点がある。
「(池田)咲紀子さんはキックが正確だし、(松本)真未子は手足が長くてセービングの時にすごく伸びる。2人にしかない特徴があるので、一緒に練習する中で学ぶことがたくさんあります」(平尾)
池田は、足元の技術を生かした正確なフィードとコミュニケーション力が持ち味だ。元々はFWで、浦和Lのジュニアユースに所属していた中学2年の時、全国大会前に先輩GKがケガをして、GKに指名されたのをきっかけに転向したという。
「池田は身のこなしが非常に良く、状況判断も高く、流れを読む力があります。ただし、今シーズン、リーグ戦で出ている試合はすべて負けています。試合の中で訪れる数回のピンチでどれだけゴールを守れるかということは、ゴールキーパーにとって永遠に続く課題です。本人が諦めない限り改善していける部分なので、日々の積み重ねが大切ですね」(長井GKコーチ)
松本は、サッカーを始めた小学校5年生からGKをやっている。6年生で浦和Lのジュニアユースに入り、以来浦和L一筋の生え抜き選手でもある。特徴は、長い手足を生かしたセービングと動きの滑らかさだ。普段はもの静かで、闘志を内に秘めるタイプだが、ピッチに立てば力強い言葉でチームメイトを鼓舞する。
「松本は取り組む姿勢も向上心も高く、平尾とはずっとライバルで来ています。チームで今は3番手ですが、この2人と勝負しなければいけないことを分かった上でチームに入ったので、その覚悟や芯の強さは彼女のストロングポイントです。ケガをしないし、練習すればするほど上手くなる。下積みが長い分、数年後にすごいゴールキーパーになれると思います」(長井GKコーチ)
この日、チーム練習の紅白戦では平尾と池田がゴールを守った。その試合をピッチの外で見つめる松本の目に、静かな闘志が宿っていた。第3GKは、登録人数の関係で試合に帯同することもできない。育成年代から代表に選ばれ、チームの在籍年数も長い松本にとって、その状況が悔しくないわけがない。それでもこの環境を選んだのには、松本なりの理由があった。
「経験豊富な2人の下で練習ができることは、すごく勉強になります。2人ともレベルが高く、A代表にも選ばれています。私はU−20の代表に入っているんですが、常に上には平尾選手がいる。自分が試合に出るにはそこを超えなければいけないという目標があります」(松本)
【代表初招集で得た新たなモチベーション】
平尾は、3人のGKの中でも特に身体能力が高く、至近距離のボールに対する反応の速さやクロスへの対応に長けている。
「平尾は明るくて、すごく優しい面があるんです。今まではその優しさがピッチに立った時に悪い方向に出ることが多かったんですが、最近は声のボリュームも上がりましたし、その声のテンションに気持ちも乗せられるようになってきたところに成長を感じています」(長井GKコーチ)
チームメイトは年上ばかりだが、ピッチに立てば年齢は関係ない。オフザピッチでは明るい性格でチームを盛り上げる平尾だが、最後方からピッチを引き締めるGKに必要な「厳しさ」は課題でもあった。目標とするコーチングは、10年以上にわたってなでしこジャパンを最後方から鼓舞し続けた、山郷のぞみさんだという。
「山郷さんのコーチングを見て、怒るほどの勢いでチームを活気づけることも、ゴールキーパーの仕事だということを学びました。自分なりに意識してコーチングするようにしています」(平尾)
平尾は7月中旬にはなでしこジャパンに初招集され、スウェーデン遠征に帯同した。スウェーデン女子代表との親善試合には山下杏也加(日テレ・ベレーザ)、クラブチームとの練習試合には山根恵理奈(ジェフ市原・千葉レディース)が先発し、平尾に出場機会が回ってくることはなかったが、その悔しさが新たなモチベーションになった。冒頭に記した帰国後の仙台L戦では、90分間声を張り続け、試合後には声が枯れていたほど。
平尾にとって直近の目標は、11月にパプアニューギニアで行われるU-20女子ワールドカップだ。なでしこジャパンの高倉麻子監督が兼任するU-20代表は、3ヶ月後の本大会に向けたメンバー選考の最終段階に入っている。今月8日から行われるドイツ遠征には、GKとして平尾と松本の2人が招集された。チームでも代表でも続く2人のライバル関係は、日本代表のGKの将来を明るくしてくれそうだ。
浦和Lは今週末、リーグカップのグループステージ最終節で、勝ち点で並んでいるAC長野パルセイロレディースとの大一番を迎える。リーグ得点ランキングを独走する長野のFW横山久美に、今季は3試合で6得点を決められている。
「久美さんは、リーグで一番、ギリギリまでゴールキーパを見てどこに蹴るかを考えて確実に決めてくるフォワードだと思います。上手く駆け引きして止めたいです」(平尾)
9月に再開するリーグ戦では、1部リーグ残留をかけて1試合も負けられない試合が続く。浦和Lの守護神争いからも、まだまだ目が離せない。