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中国でも大ヒット。「グリーンブック」が証明したオスカー効果の偉大さ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
UNIVERSAL STUDIOS & STORYTELLER DIST.

「グリーンブック」に、グリーンバックが集まっている。アメリカ時間先月24日のアカデミー賞で作品賞を受賞したのを受け、売り上げが大幅にアップしているのだ。

 先週末の北米興収は、その前の週末より114%上昇。公開劇場数が倍増されたのもあるとはいえ、前の週末より470万ドルも数字が上がるというのは、近年において、なかなかないことである。たとえば、昨年の受賞作「シェイプ・オブ・ウォーター」が感じたオスカー効果は、230万ドルだった。「ムーンライト」「スポットライト 世紀のスクープ」など、その前の作品も、たいてい200万ドル前後だ。「グリーンブック」を上回る伸びを見せたのは、「英国王のスピーチ」の620万ドル。9年も前のことである。

 そもそも、スタジオや配給会社がオスカーを欲しがる一番の理由は、収益への直結だ。この最高の品質認定シールを貼ってもらうことで、「見ておかないと」と思う人は、当然増える。つまりは想定どおりのことが起きたにすぎないのだが、「グリーンブック」にとっては、極端に言うなら、それはほぼ生死の分かれ目を意味した。9月のトロント映画祭で観客賞を受賞して以来、いろいろな賞にノミネートされ、観客の評価も非常に高かったのに、なぜか興行成績はふるわないままで、下手をすれば赤字で終わる危険があったのである。

 そもそも、作品への認知度が、最初から低かった。トロントでも、プレミアされるまではほかの話題作に埋もれてしまっていて、受賞した時には不意打ち感があったほどである。11月の北米公開前のインタビューで、筆者が「オスカーに引っかかるのではと言われていますが、感触は?」と聞いた時、ピーター・ファレリー監督は、「そんなふうにこの映画の名前が上がるのは助かるね。この映画、なぜか知られていないから」と、率直に語っていた。「L.A.やニューヨークではまずまずだが、ほかがダメなんだ。アイダホにいる友人にも『聞いたことがない』と言われたよ。映画というものは、時に隙間に落ちてしまって、気付かれないままになってしまったりする。『キングピン/ストライクへの道』が、そうだった。作り手の僕はあの映画をすごく気に入っているのに、結果は大コケだったんだよ。賞がらみで話題に上り、人が『グリーンブック』を知ってくれることを願うばかりだ」(ファレリー監督)。

 その後、今作は、ナショナル・ボード・オブ・レビューからベスト映画に選ばれ、ゴールデン・グローブでもコメディ部門の作品賞を受賞する。それでも、興行成績にはあまり影響を与えなかった。ゴールデン・グローブ受賞直後の段階で、北米興収は3,800万ドル。製作予算2,300万ドルの映画にしては、ふるわない数字である。しかも、それは9週間のトータルなのだ。一方で、やはり黒人と白人の友情もので実話の「The Upside」は、「グリーンブック」の陰に隠れて不利になるのではと思われていたのに、1月初めに公開されると、あっというまに北米で1億ドルを達成してしまっている。「最強のふたり」のリメイクではあるが、オリジナルのフランス映画はアメリカで一般にほとんど知られておらず、決して知名度の勝利ではない。広告費を大きくかけたわけでもなく、それを言うならここまでに十分いろいろな賞で名前が挙がった「グリーンブック」のほうが宣伝はなされていたと言える。観客からA+を受け、口コミ効果が期待できるはずの「グリーンブック」がなぜこれほど冴えないのか、理解に苦しむところだった。

海外でもオスカー効果は明白

 それを解決してくれたのが、オスカー効果だったのだ。北米興収は現在7,700万ドルで、最終的には9,000万ドルに達するかという見通しだ。さらに、思いのほか、海外が絶好調なのである。人種問題を扱う今作はアメリカの外で難しいのではないかと思われていたのだが、そうではなかったのだ。

 とりわけ驚きだったのは、中国。日本と同じくオスカー直後の週末に公開された中国で、この映画は、オスカー受賞作として、「タイタニック」に次ぐ史上2番目のオープニング成績を達成した。現在までの中国での売り上げは2,670万ドルで、「シェイプ・オブ・ウォーター」の劇場興収総額1,660万ドルを早くも上回っている。もっとも、この背景には、アリババが今作に投資をしているという事実も関係している。中国の大企業が関わっていることで、最高の公開タイミングを確保し、正しいマーケティングで挑むことができたのだ。それでも、オスカー受賞作の肩書きが人々の興味を惹きつけたのは疑いないし、実際に観客から良い評価を得られたのは、作品の力である。

 すでに公開されていたイギリス、フランス、オーストラリア、イタリアなどの国でも、受賞後、売り上げはさらに跳ね上がった。全世界興収2億ドル突破というのは、60年代を舞台にした中年男のロードムービーとしては、上出来である。今となっては、ファレリー監督のアイダホの友達も、間違いなくこの映画を知っているはずだ。それどころか、どこかの国の小さな街でも、見たという人は、もうたくさんいるだろう。

 オスカーは、ゆっくりすぎる走り方をしてきたこの映画を、後ろから強くプッシュしてくれた。だが、「グリーンブック」という車を運転してきたのは、あくまで作り手と、主人公ふたりである。果たして彼らは最後にどこへたどり着くのだろうか。もうしばらく、そのドライブを見守りたい。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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