予選1日目から名勝負! 激熱のVtuber将棋初心者大会進行中
いま、将棋系Vtuber界隈が熱い・・・!
・・・というのはつい最近知ったことで、正直なところ、筆者はこの界隈に疎かった。その圧倒的な熱量を感じるきっかけとなったのは、9月28日に開幕したVtuber将棋初心者大会(略称:VSCC卵)だった。
もともとある程度将棋が指せるVtuberたちが定期的に指す大会は、以前からあった。それに加え、いろいろな界隈で、将棋にそれほど触れてこなかった人気Vtuberたちを呼んできて、その大会を開くというコンセプトが冴えている。
参加者たち(セイト)にはコーチ役(アニキ)がつく。このアニキたちがどのように上達をサポートしていくのかも、大きなポイントだ。その過程がアーカイブとして残されて見られるのも、これから将棋を始めようという人たちにとっては、参考になるだろう。
大会の参加者16人。4人ずつの予選リーグに分けられて、1人ずつが通過者となる。トーナメントの準決勝、決勝ではなんと佐藤天彦(さとう・あまひこ)九段が解説を担当するという。将棋に詳しい方には改めて説明するまでもないだろうが、天彦九段(将棋界では佐藤姓の棋士が多いのでそう呼ばれる)は元名人にしてA級在籍中の名棋士だ。超大物ゲストと言ってよい。
最近始まったコーヤン一門チャンネルのショート動画で、中田功(なかた・いさお)八段門下の長兄である天彦九段が「1秒で自己紹介チャレンジ」という企画に登場していた。
――名前は?
「天彦」
――年齢は?
「17歳」
――出身地は?
「福岡」
――職業は?
「Vtuber」
なんと、ピコ兄は17歳のVtuberだったのか・・・。こういう受け答えをとっさに、元名人がアドリブでできるのも、現在の将棋界の面白いところだ。
予選1日目から熱戦ぞろい
大会はYouTube上で、リアルタイムで配信される。
ポメヒさん、かくきりこさんたちの運営は洗練されていて、見やすかった。また運営だけではなく、観戦者の皆さんの多くが、参加者たちの上達を温かく見守っていこうという姿勢なのもよく伝わってきた。
開幕局で対戦したのは、ぽめさんと、検察側の証人さん。
最近将棋を始めたぽめさんのチャンネルで配信をたどっていくと、練習対局を重ね、詰将棋を解き、驚異的なスピードで上達しているのがわかった。
「昭和レトロ系男性VTuber」検察側の証人さんは、元将棋部部長。半世紀ぶりに将棋を指すそうだ。動画を見ると「芹沢八段の詰将棋」という1982年にSEGAが開発したレトロゲームをプレイしていた。
筆者もコンピュータ将棋の発展史については、わりと詳しいと思っていたのだけれど、これは初めてみた。
検察側の証人さんのアニキを務める一梨透さんはどういう方かとチャンネルを訪ねてみると、徹底的に棋譜をほめちぎる配信をしていた。こういうコーチの存在はうれしい。
▲ぽめ-△検察側の証人戦が始まり、序盤の駒組が整然としていることに、まずびっくりした。検察側の証人さんの四間飛車に対して、ぽめさんは速攻を含みにした構え。そしてこの仕掛けは鋭い。
ぽめさんのアニキを務める電子れいずさんは次のように語っていた。
電子れいず「ぽめちゃんはもともと棒銀をずっと指されてたんですけど、今回、大会に向けて、本格的なほかの戦法も覚えようということで、棒銀に比較的攻め筋が近い斜め棒銀系の将棋を、仕掛けの部分を教えてあげて。金無双に組んで、あとは▲3五歩から仕掛けるみたいな」「あとは指定局面でぴよ将棋と練習をしてきました」「もちろん、将棋ウォーズもやった上でですね。将棋ウォーズ、四間飛車党、けっこう多いんですよ」
アニキの的確な事前準備に、セイトのぽめさんがよく応えた、というわけだ。進んで下図を迎えた。
ぽめさんはここから▲5二角成!△同金▲7一銀△9二玉▲8二金。検察側の証人さんに立て直す余裕を与えることなく、一気に詰ませて勝ちきった。
電子れいず「アニキとしてはうれしい気持ちでいっぱいです。感動してます、これは。ちょっと、できすぎっていうぐらい」
観戦者たちからも、拍手喝采だった。
麻雀勢のゲームセンス
続いて対戦したのは、かにみそさんと、XK⇒ペケ子さん。
かにみそさんはVPL(V-pro League、Vtuberによる麻雀プロリーグ)の4期生だそうだ。麻雀系Vtuber界隈は現在、とても盛り上がっている。将棋系もまた、今後そうした発展をしていくポテンシャルを秘めているのだろう。
かにみそさんは9月10日の段階で「初めての将棋!」というライブ配信をしていた。
そこから今大会に出て、堂々と指せるようになっているわけだから、短期間のうちに、かなりのペースで上達した。
かにみそさんのアニキを務めている細谷拓真さんは、麻雀のプロ。なんと最近、そのVPLで優勝を果たしている。
ペケ子さんも麻雀界隈で活躍するVtuber。今回の大会参加者の皆さんは、ゲームセンスに優れているという印象を受けた。ペケ子さんはまた熱心な「観る将棋ファン」で、将棋界の事情にも詳しい。アニキのうーたさんは、運営も務めている。
▲かにみそ-△ペケ子戦、先手かにみそさんは四間飛車に振る。対してペケ子さんは「ミレニアム」の堅陣にもぐった。これはうーたアニキの得意戦法らしい。どちらも本格的な布陣だ。
進んで、かにみそさんはミレニアム陣の弱点である桂頭を攻める。
これもよさそうな手だ。
激しい戦いの末、途中からは居飛車側のペケ子さんが少しずつリードを広げ、最後はかにみそさんの玉を詰ませて、勝ちきった。
将棋は何歳からでも始められるゲーム
進んで最終3局目。▲かにみそ(0勝2敗)-△検察側の証人(0勝2敗)戦は、両者ともに四間飛車に振る「相振り飛車」に。かにみそさんは途中「ただやん」(飛車をタダで取られてしまう痛恨のミス)があった。しかしそこから折れずに手段を尽くし、勝負形に持ち込んだ。検察側の証人さんも途中、ヒヤリとするところもあっただろう。最後は検察側の証人さんが相手玉を詰ませて、熱戦にピリオドが打たれた。
かにみそさんは残念ながら0勝3敗となってしまったが、将棋はまだ始めたばかり。伸びしろは十分だ。
かにみそ「(大会を通して)いままで見たことのない囲いをされてしまったりですとかあって。ちょっとどうやって攻めたらいいのかなとか。なんかすごい『カッチカチやん!』みたいな感じで」「なんかすごい勉強にもなりましたし、なんか純粋に楽しかったんで。ちょっとこのあとまた、感想戦をちょっと・・・。アニキ(細谷拓真さん)がいま麻雀やってるんですけど」
かくきりこ「アニキ、段位戦配信してる場合じゃねえんだよ、あいつ!」
かにみそ「本当に貴重な場をいただいて、ありがとうございました。今後とも、ちょっと将棋の界隈の方にお邪魔させていただきたいなと思っております」
久々に将棋を指したという検察側の証人さん。1勝2敗で予選を終えた。
検察側の証人「やっぱり数十年ぶりに指すようなさびついた頭じゃ、勝てるわけないっすよね、確かにね」「今日は素晴らしい機会をいただきまして、ありがとうございました」
将棋は何歳からでも始められ、何歳になっても再開できるゲームだ。これからも自分のペースで指し続けていただきたい。
両者、全力を尽くしての決着
最後に残った一局が▲ぽめ(2勝0敗)-△ペケ子(2勝0敗)戦。勝者が予選通過という展開になった。
相掛かりの立ち上がりから、ぽめさんは得意の棒銀に出る。対してペケ子さんはその対策を練りに練っていた。
ペケ子さんの対策が功を奏したか、途中は大きなリードを奪う。しかしぽめさんも地力を発揮して、追い込んでいく。図の香打ちは相手が歩を打てないことを見越して鋭い。
かくきりこ「うわあ、香車打った。いいですね」
そして迎えた最終盤、ぽめさんは逆転に成功していた。
ぽめさんの玉は、相当に危ない。しかし危ないながらも、詰みはない。なので(A)▲3二成香と金を取る手が間に合う。以下、△5八角成ならば▲3一龍△6二玉▲5二金!(参考図)という詰将棋のような寄せの手筋があって、難しいながらも、後手玉は詰む。
しかし、ぽめさんは時間がない。
ぽめ「まってまってまって」
そう言いながらぽめさんは(B)▲4六銀と打った。ペケ子さんは△5八角成と金を取る。
厳密にいえば、形勢はここで逆転した。先手玉は次に△6七馬と△4七馬からの詰みを受けづらい。
とはいえ、勝負はまだ決まったわけではない。時間が切迫した最終盤では、なにが起こるのかわからない。
ぽめさんが小さく叫びながら指した手は▲6七銀。これは残念ながら△同馬と取られてしまう。以下は△6五玉▲6四金までの詰みとなった。
ぽめ「ちょっとなんか、立ち直れないかも・・・」「マジか・・・」「泣きやめない・・・」
そう言いながらぽめさんは、しばらくの間、泣いていた。その気持ちは、これまで将棋を指してきた人であれば誰しも、痛いほどよくわかるだろう。
ぽめさんは2勝1敗。残念ながら予選通過はできなかった。
ぽめ「すごく悔しいです。頭金見えてたんですけど、玉の逃げ位置で。受け方がわからなくって、無駄な銀打っちゃって・・・」「将棋もこれ勝つためにいっぱいがんばって。ここ一週間ぐらいで、めちゃくちゃ棋力上がったなって、自分でも感じて」「悔しい・・・! すっごい悔しいです」
ペケ子さんは見事に3連勝で予選通過を決めた。
ペケ子「この舞台で、こんなに指せたの、すごい楽しくて。なんかもう、緊張はしてたんですけど『楽しい、楽しい』と言いながら配信してて。今日、戦う3人のために、ずっと戦術を研究してて。かにみそさんと検察側の証人さんは四間飛車っていう感じだったんで、ミレニアム囲いで十分戦えるっていう形でずっとさせてもらってたんですね。今回、それがうまく決まって、勝てました。ぽめさんなんですけど、ぽめさんが本当に強くてですね」
ペケ子さんは、ぽめさんが自分より強いということを認め、うーたアニキと相談した上で、綿密に戦略を立てていた。そこが今回の勝因だったということだろう。
ペケ子「この舞台で指せることを、将棋好きとして幸せだなと思っています」「憧れの天彦先生に見られながら指すの、今日の100倍ぐらい緊張するんですけど」
ペケ子さんの今後の戦いにも注目したい。
奇跡的な局面が現れる条件
戻って▲ぽめ-△ペケ子戦、△5八角成の局面では、▲5九桂と打つ勝負手が指摘されていた。
ポメヒ「▲5九桂捨てましょうか、じゃあ」
かくきりこ「やだあ、こんな受け方する人やだあ」
なるほど、▲5九桂は6七と4七の地点を受けている。桂は不思議な駒で、しばしば逆転のきっかけを作る。指された方にとっては、迷いが生じそうな受け方だ。
時間を使って冷静に考えられれば、▲5九桂には△同馬と応じてよい。次に△4四桂▲6五玉△6四金や、△6四桂▲6五玉△7四金といった詰みを防ぎづらい。しかしさまざまな制約がある実戦ならば、常に冷静な判断ができるとも言い切れない。
古参の筆者は、似たような形が生じた、将棋史に残る棋譜を思い出した。▲升田幸三八段-△高島一岐代八段戦(1950年度A級順位戦)。名人位をうかがう升田は、絶対絶命のピンチに追い込まれたかのように見えた。
大天才升田はここから▲3九桂!△6八銀不成▲6九桂打!△5八金▲4九桂打!という、奇跡のような底桂3連打でしのぐ。
これで升田が勝勢になったというわけではない。しかし絶体絶命のピンチをしのいだ升田は機を見て反撃に転じ、最後は勝利をつかみとった。
奇跡的な局面、劇的な場面はいつでも、2人の対局者が全力を尽くしたあとに現れる。それはトップクラスの棋士同士でも、将棋を始めて間もないアマチュア同士でも変わらない。そこで将棋の神さまは、その対局者のレベルで正解を指せるかどうか、ギリギリの問題を出題してくる。
対局者が全力を尽くした勝負は、いつでも観戦者の胸を打つ。Vtuber将棋初心者大会の予選で、これだけ熱い勝負が繰り広げられるとは、不覚にも筆者は予想していなかった。本当にいいものを見せてもらった。大会に参加された皆さん、運営に携わっている皆さんに感謝したい。