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『長距離は騎手の腕』を体現する横山典弘の魅せる手綱捌き

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
ステイヤーズSを制した横山典弘騎手とオセアグレイト

現役最多の6度目のステイヤーズS制覇

 12月6日に行われたG1・チャンピオンズCはチュウワウィザードの優勝で幕を閉じた。

 単勝1・4倍の圧倒的1番人気に支持された前年の覇者クリソベリルを破り、優勝したチュウワウィザードの手綱を取ったのは戸崎圭太。リーディング経験もある関東のベテランが見事に13・3倍のダークホースを栄冠に導いたわけだが、実はその前日にも似たような光景が見られた。前日、中山競馬場で行われたのはG2のステイヤーズS。芝3600メートルという条件は現在のJRAでは最も長い距離のレース。制したのは単勝13・8倍、7番人気のオセアグレイト(牡4歳、美浦・菊川正達厩舎)。この長丁場のゴール前で、追って追って追って、最後にきっちりと差す騎乗。「疲れたぁ……」と言って上がってきたのはやはりリーディングジョッキーに輝いた事があり、ダービージョッキーでもある横山典弘。これが実に今年7度目の重賞制覇。現在52歳で今年騎手デビュー35年目という大ベテランだが、健在だ。

2009年にはロジユニヴァースを駆ってダービージョッキーとなった横山典弘騎手
2009年にはロジユニヴァースを駆ってダービージョッキーとなった横山典弘騎手

 競馬はよく“馬7:騎手3”などと言われる。“レースへ行けば勝敗に影響するのは7割が馬の力であり、騎手の技は3割だけ”といった意味だ。しかし、これが長距離戦になると様相は一転。“馬3:騎手7”とその比率は真逆になると言われる。現実的にはこのようにきっちりとデジタルで区分できるものではないが、長距離戦だと折り合いやコース取りなど、よりジョッキーに求められるスキルは多くなるだけに、一概に間違っているとは言えない。それだけに“長距離は騎手の腕”とは昔から言われる競馬界の格言のようになっている。

 話をステイヤーズSに戻そう。今年の勝利騎手は先述した通り横山典弘。13、14年にデスペラードで連覇したのを含み、今回の勝利は実に6度目の同競走優勝。現役ではR・ムーアの3勝、蛯名正義とO・ペリエの2勝に差をつけ群を抜いたトップであり、歴代でも岡部幸雄元騎手に次ぐ2位の勝ち数だ。

13、14年にはデスペラードでステイヤーズS連覇。写真は13年、1度目の制覇時
13、14年にはデスペラードでステイヤーズS連覇。写真は13年、1度目の制覇時

天皇賞(春)でも再三神騎乗

 しかし“やはり長距離は騎手の腕”と思わせるのはこのステイヤーズSの実績だけではない。JRAのG1の中で最長距離戦である春の天皇賞(3200メートル)でも、横山は3勝を挙げている。武豊が8勝とあまりに凄すぎるため見過ごしがちになるが、春の盾3勝という成績は、現役ジョッキーでは蛯名正義と並び、2位タイ。充分に立派な、立派過ぎる数字なのである。

 そして、何よりもその3勝の内訳がまた凄いのだ。初制覇だった1996年はサクラローレルを駆って、当時、最強と言われた3冠馬ナリタブライアンを差し切ってみせた。2度目の優勝となった2004年は単勝71・0倍の伏兵イングランディーレにテン乗りで大逃げ。そのまま2着に7馬身もの差をつけて逃げ切った。

 これだけでも驚きであったが、更に驚かされたのは同騎手にとって3度目の制覇となった2015年。この時、騎乗したのは前年の凱旋門賞でもコンビを組んだゴールドシップ。2番人気に推されていた。

14年に凱旋門賞でコンビを組んだ時のゴールドシップと横山
14年に凱旋門賞でコンビを組んだ時のゴールドシップと横山

 そういう意味では充分、勝ち負けの考えられる馬だったが、驚かされたのはその騎乗ぶり。スタートダッシュのつかなかった白い馬体は1周目のスタンド前を最後方。17頭立ての17番手で通過した。2周目の向こう正面に入った時もまだ3頭ほどかわしただけ。しかし、ここで横山の手が激しく動く。明らかに鞍上の意思によるスパートはゴールまでまだ1000メートル以上残している地点。当然、他の各馬はまだ我慢を強いられている時だった事もあり、稀代の癖馬はその番手を一気に上げた。後方4番手から瞬く間に前から3~4番手という位置まで進出したのだ。スタンドからは悲鳴にも似たどよめきが起きた。多くのファンが、いや、ファンばかりではなく関係者や評論家も最後にバテてしまうゴールドシップの姿を思い浮かべたのではないだろうか。

 ところが、横山典弘&ゴールドシップのコンビはここから本領を発揮する。最後の直線、完全に抜け出したカレンミロティックに襲いかかるとゴール前できっちりかわす。最後はモノ凄い脚でフェイムゲームが追い上げて来たが、この猛追をしっかりクビ差しのいでゴールイン。誰もが呆気にとられる“してやったり”のレースぶりを披露。ただ勝つだけでなく、正に魅せる競馬を、この大一番で格好良く決めてみせたのである。

見事な手綱捌きで天皇賞(春)を制した横山(左から2人目)と、ゴールドシップ(写真:山根英一/アフロ)
見事な手綱捌きで天皇賞(春)を制した横山(左から2人目)と、ゴールドシップ(写真:山根英一/アフロ)

黙って、魅せる騎乗

 そんな名手だが、あまり多くを語らない事でも知られている。だから一見、つっけんどんに見えるが、実は非常に優しい性格の持ち主。1対1だとよく話してくれるし、質問をすれば細かく答えてくれる。だから以前、私はよく彼に「競馬界全体のためや、若いジョッキー達のためにももっと発言するべき」などと伝えた。そのような主旨の原稿を記した事もあった。しかし、それは私の無知から来る傲慢な態度だったと現在では反省している。

 ではなぜ、反省するに至ったか。これも横山と話していた時の出来事が起因している。

 先述したゴールドシップで優勝した天皇賞(春)について、話した時、彼は言った。

 「『なぜ、あんな乗り方が出来たんだ?!』って皆に言われるけど、後からVTRを見ると自分でも『なんであんな乗り方が出来たんだろう?!』って思うんだ。頭で考えていたらあんなおっかない乗り方は出来ないよ」

 そう言うと「馬に乗っている時のヨコヤマノリヒロと下りた後のヨコヤマノリヒロは別人だから、聞かれても分からない」と続けた。

 人によってはうまく言いくるめられたと感じるかもしれないが、そうではないだろう。これは本心であり本音であって、決して裏はないのだ。例えば一本足打法をすれば誰もが王貞治元選手のようにホームランを量産出来るわけではないし、振り子打法を真似ればイチロー元選手のように年間200安打を打てるわけではない。本人でさえ説明できる範疇を超えた事は多々ある。もっと身近なところで例えれば、小中学生の時にあった読書感想文。それをうまく書けないからといって、読んだ内容が頭に入っていないというわけではないし、感銘や影響を受けなかったというわけではない。要はインプットに求められるスキルとアウトプットのそれは別物という事だ。武豊や福永祐一のように話すのが上手な人もいるが、それがジョッキーに求められる一丁目一番地ではない以上、誰にも同じような対応を望むのはこちらのエゴだろう。

 冒頭で記したように今回のステイヤーズSは最後で追いに追っての戴冠で、引き上げて来るなり「あぁ~疲れたぁ……」と言った横山だが、老け込むのはまだ早い。今回や天皇賞のような素晴らしい騎乗をこれからも見せ続けてくれると信じている。

3600メートルのゴールできっちり差し切りを決めた横山騎乗のオセアグレイト
3600メートルのゴールできっちり差し切りを決めた横山騎乗のオセアグレイト

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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