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【質問通告漏洩問題】“犯人捜し”は国会を浪費するだけだ

安積明子政治ジャーナリスト
きっかけは森ゆうこ議員の質問通告が漏れたこと(写真:つのだよしお/アフロ)

どうせ犯人は出てこない

 まるで現代の魔女狩りのように見えてしかたない。10月15日の参議院予算委員会で質問予定だった国民民主党の森ゆうこ参議院議員の通告が事前に外部に漏れた問題について、政府は29日夕方から全ての府省庁の職員を対象に情報を漏洩しているかどうかの調査を開始した。 きっかけになったのは台風19号が近づく中、霞が関官僚と思しき匿名のアカウントが「森議員の通告が遅れた」と騒いでいた時、ある匿名アカウントから松井孝治慶応義塾大学教授にメッセージ機能を通じて送られた画面。15日の参議院予算委員会のスケジュール、質問者、会派、所用時間、レク時間、要求大臣等、問票配布状況、要旨入手状況が書かれたものだった。

 これを見れば委員会の質問がどういうふうに作成されるのか、そしてどのような構成で答弁されるのかが、おおまかな流れとして理解できる。

 このイントラネットはパスワードを入力すれば閲覧可能で、どのパスワードを使用されたのかを追跡できない仕組みだという。よって漏洩があれば“犯人”が自己申告するしかないのだが、「どうせ誰も名乗り出たりはしない」とせせら笑う声が聞こえている。

 実際の効果があるのかというと疑問だが、政府はそれで「犯人捜し」を終えるつもりのようだ。ではこの騒動は結果的に何をもたらすのか。

政府が情報管理を強化すれば、野党ヒアリングも不可能に?

 10月30日の衆議院内閣委員会の冒頭、共産党の塩川鉄也衆議院議員はこの件についての政府の認識について質問した。菅義偉官房長官は「政府内限りの情報が外部に流出したのであれば、あってはならない。今後は情報管理に徹底をはかっていかなければならない」と答えている。

 今後は情報管理をより厳格化するということだが、それでは野党にとって情報入手する手段を狭めることにならないか。特に共産党の場合、明らかに省庁からの情報提供と見られる資料に基づいて政府を追及することがけっこうある。

 そのひとつが2002年の鈴木宗男事件だ。アフガニスタン復興支援国際会議に鈴木氏と関係が良くなかった国際協力NGOピースウィンズジャパンが参加を拒否された問題をきっかけに、北方領土問題などをめぐる“利権問題”が次々と暴露。質問に立った共産党の佐々木憲昭衆議院議員のもとには、差出人不明の分厚い資料が届けられている。

 このコピーは筆者も持っているが、資料をくれた関係者は「これは外務省からのものだ」と明言した。鈴木氏は当時の外務省に深く喰い込んでいたが、それだけに敵も多かったのだろう。外務省内のそうした反対派が鈴木氏を貶める意図をもって情報を流したようだ。

 もっともなんらかの意図をもって情報が流されたと見られる場合、その取扱いは十分に慎重を期さなくてはいけないが、事実を明らかにして行政上の不正を暴くという野党の役割から考えて、情報管理が厳しすぎては不都合だ。その結果、野党が開く「野党ヒアリング」でも、情報が出てこなくなるだろう。いくら官僚を怒鳴っても、官僚は守秘義務を守るだろう。その守秘義務は野党が強化したものだとしたら、元も子もなくなってしまう。

野党は自分たちを特権化したい?

 そもそも森議員の通告問題で、野党は自らの首を絞めていないだろうか。やはり10月30日の衆議院内閣委員会で、立憲民主党の中谷一馬衆議院議員は国会議員の質問通告は国家公務員法第100条の「秘密」に該当するのかどうか質問した。

 同法の「秘密」とは、非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護すると値するものを指すというのが通説だが、質問通告がこれに該当するかどうかについて、武田良太国家公務員制度担当大臣は「具体的事実に基づき個別に判断するもので、一般的に判断できない」と答弁した。

 ところが中谷議員はこれに反対。「通告が秘密に該当するのは当然。国権の最高機関である国会を形成する国民の代表である議員の質問権をバカにしている」と述べた。

 しかし通告内容を事前に公表する議員も存在し、その場合は「秘密」の要件となる「非公知」を欠くことになる。実際に森議員も質問内容について事前にSNSで公開しており、非公知とはいえない。よって通告が常に国家公務員法第100条の「秘密」に該当すると断定するのは、いくらなんでも無理がある。

 また質問権が脅かされると主張するのは、言論でもって勝負する議員としてはいかがなものか。言論とは本来、批判をも覚悟するものではないか。そうした決意と覚悟をもって院内で行った発言について、憲法第51条は絶対的に保障しているのではないか。憲法は議員の“個人としての特権”を保護しているわけではない。にもかかわらず、不要に拡大解釈するのは民主主義が求めるところではなく適当ではない。

 要するにこの種の議論は国民主権の観点からも、あまり意味がないものだ。にもかかわらず国会で取り上げ、情報漏洩の犯人捜しに躍起となることは、今後の言論の幅を狭めることになりかねない。魔女狩りに興じても期待する成果を得られないばかりか、自らの首を絞めることになりかねない。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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