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10/22ラストレースの小平奈緒「燃え尽きることがアスリート人生の終わりではない」

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
北京五輪で力強く滑る小平奈緒(写真:青木紘二/アフロスポーツ)

2018年平昌五輪のスピードスケート女子500m金メダリスト・小平奈緒(相澤病院)の“ラストレース”が10月22日(土)に迫っている。

スピードスケートのシーズン開幕を告げる全日本距離別選手権が10月21日から23日まで長野市エムウェーブで開催される。22日に行われる女子500mは小平の現役ラストレース。“氷との対話”を通じて心技体を磨き上げてきた円熟のアスリートは、最後にどんな姿を見せてくれるだろうか。

■10月21~23日、長野市エムウェーブで全日本距離別選手権開催

自身4度目の五輪だった北京五輪を終えてから約2カ月が過ぎた4月12日。小平は長野市内で行った会見で、10月の全日本距離別選手権を現役最後のレースとすると表明した。

全日本距離別選手権と言えば恒例のシーズン開幕第1戦。その舞台を最後としながらも、夏場のトレーニングは一切内容を緩めることなく、例年と変わらない高強度のメニューに取り組んできた。そこに小平の生き様が詰まっている。

4月と5月は母校である信州大学を拠点に、基礎的なトレーニング。北京五輪前の1月に痛めた右足首は5月末には機能的にほぼ問題ない状態まで完治した。

6月には単身で隠岐島へ行き、合宿を張った。7月には例年通りショートトラックを交えた高強度の練習を敢行。8月にショートトラックのタイムトライアルを行った際には、1000mで自己ベストを更新したという。

その後は9月の帯広合宿を経てから長野入り。現在は慣れ親しんだエムウェーブで最後の仕上げをしている。

写真:松尾/アフロスポーツ

2020年の国内試合で優勝し、メダルを手に微笑む小平奈緒

■「共鳴する空間をみんなと一緒に作りたい」

「おかげ様で4月から順調にトレーニングを積み上げることができています。最後と決めた舞台に向けて、限られた時間をしみじみと感じながら、貴重な時間を楽しむような、そんなトレーニングができました」

10月上旬の会見で小平はそう言った。

最後のレースで表現したいことは何かと聞かれるとこう答えた。

「共鳴する空間をみんなと一緒に作りたい。ラストレースの時にどんな空気になるのかは、私自身も楽しみにしたいと思っています」

目指すタイムは設けない。

「結果や記録を超えたところにスポーツの豊かさがあると思っている。力比べではない、気持ちが通うところにスポーツの良さはある」と言い、「過去の自分を超えるような滑りができたらいいなとは思いますが、自分のベストを尽くせるようなレースをしたいと思っています。出たタイムが今の私の全てです」と自然体で語る。

シーズン開幕初戦のわずか1レースのためだけに、オリンピックシーズンとも同じ強度の練習を組むことに対し、オランダの知己は「たった1レースのためにこんなに長い夏を過ごすのか」と驚いたという。

しかし、小平は「モチベーションは少しも下がらなかった」と言い切る。これについては4月の会見でこのように言及している。

「生まれ持った体をスケートというスポーツで使いこなすことに面白みを持っているので、そこに対しては揺るがない思いで、まっすぐに向き合っていきたい。だからモチベーションは今までと変わりません」

2018年平昌五輪の女子1000mでは銀メダルを獲得。左は銅メダルの髙木美帆
2018年平昌五輪の女子1000mでは銀メダルを獲得。左は銅メダルの髙木美帆写真:アフロスポーツ

■今オフのトレーニングで1000mの自己ベストを更新した

前述したように、オフシーズンのトレーニングではショートトラックのタイムトライアルで1000mの自己ベストを更新した。指導する結城匡啓氏によれば、純粋にスケート選手としてだけを見れば、小平はまだ向上していけるのではないかと感じているという。

しかし、小平はこのように考えている。

「ライフプランの立て方にもよるのだとは思いますが、何も燃え尽きることがアスリート人生の終わりではないと思っています。むしろ心が燃え上がっていくような、体としても上り坂で上を目指していけるっていうのはすごく幸せなこと。自分でリミッターを作ることなく、スポーツで表現できる舞台から、人生の挑戦できる舞台へちゃんとバトンタッチできたらいいな、と思ってます」

今、このタイミングで現役を退くのは、このタイミングでやりたいことがあるからなのだ。

平昌五輪女子500mで念願の金メダルに輝き、満面の笑みを浮かべた
平昌五輪女子500mで念願の金メダルに輝き、満面の笑みを浮かべた写真:ロイター/アフロ

■「スポーツとは、生きることに真剣になるための手段として存在するのだと思います」

ラストランの舞台へ向かいながら、頭の中に思い浮かんでいる景色がある。小学校5年生だった1998年2月の長野五輪。テレビの画面越しに見た光景は、憧れだった岡崎朋美さんや清水宏保さんが渾身の滑りをし、選手と会場がこれ以上ない歓喜の心を重ね合わせるような、一体感に包まれたものだった。

小平は、「最後の舞台でできるだけ多くの皆さんと『共鳴』できるような空間を作ることができたら、私が夢見ていた景色を見ることができるのではないかと思っています」と、10月22日の光景に想像を巡らせている。

そのためには、現役最後という感慨も含め、余分な感情はすべてシャットアウトして臨む覚悟が必要だ。

「やはり最後なので、そこに向けて気持ちが満たされていく感じはある。けれども、アスリートとして1つのレースに向かうには、感覚を研ぎ澄まさないといけない。そうしないと自分が表現したいことがレースに乗ってこない。だからそこは譲らず、レース本番は感情を遮断してでも感覚を研ぎまして、本物のアスリートとしての滑りを見てもらいたいです」

小平には、「日常生活で抱える感情が、スポーツを通じて前向きになるようなものであってほしい。スポーツとは生きることに真剣になるための手段としてあるのだと思います」という哲学がある。

10月22日、長野エムウェーブ。そこで見られる光景を楽しみに待ちたい。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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