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五輪スケボーのように、彼を見て新しいスタイルを目指す人が必ず現れる。革新ダンサーに監督は何を見たか

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『リル・バック ストリートから世界へ』ポスターより

東京オリンピックでは、日本選手が金メダルを獲得したことで、大きな話題を集めた新競技のスケートボード。その影響力は大きく、新たにチャレンジする子供たちが急増しているというニュースも流れてくる。

思いもよらぬ「カッコいい」才能を目の当たりして、自分にもチャレンジできると思わせること。スポーツでも芸術でも、あらゆる分野で次世代の背中を後押しするこの流れで、特大のインパクトをもたらすのが、ダンサーのリル・バックである。

マドンナのツアーに参加し、ジャネール・モネイヨーヨー・マと共演、ユニクロやApple、GAPのCM、ディズニーの映画やシルク・ドゥ・ソレイユなどへの出演……と、活躍はとどまるところを知らないリル・バック。彼のダンスを目にしたら、他に類をみないその動きに誰もが虜になってしまう。

電撃的な感動を与える独創的ダンス

映画『リル・バック ストリートから世界へ』(8/20公開)は、そんな稀有なダンサーのドキュメンタリー。監督のルイ・ウォレカンも、リル・バックに出会った際の電撃的興奮について、こう話す。

「リル・バックの踊る姿を見て、最初の5分で『この人のドキュメンタリーを撮る最初の監督になりたい。絶対に他の人に撮られてはいけない』と感じた。それくらいのインパクトだった」

ナタリー・ポートマンの夫で、彼女の『ブラック・スワン』で共演、振付も手がけたバンジャマン・ミルピエ。そのドキュメンタリーをウォレカン監督が撮っている縁から、ミルピエのスタジオに来ていたリル・バックの存在を知ったのだ。

リル・バックのダンスはどのようなものか。

これは今回の映画ではないが、彼が東京で踊っている動画。そのダンスの特徴がよくわかる。

もともとアメリカ、メンフィス発祥の「メンフィス・ジューキン」というダンスにめざめた、リル・バック。これは、マイケル・ジャクソンのムーンウォークに近い動きがある、ストリート系のダンス。映画の中では、このジューキンのダンサーたちも紹介され、独創的な動きに引き込まれる。リル・バックの場合、このジューキンで爪先立ちを多用すべく、クラシックバレエも習い始めた。もともと足首の柔軟性がすぐれていた彼は、バレエの基礎も真剣に学び、ジューキンを組み合わせた、唯一無二のスタイルを作り上げていく。

バレエで有名な「白鳥」が、こんなに変わる

映画の中で何度か登場する「白鳥」のパフォーマンス。サン・サーンス作曲で、歴代のバレエダンサーたちが「瀕死の白鳥」として踊ってきたこの曲を、リル・バックはジューキンの独自スタイルで、まったく違った「芸術」に変換する。しかも、ヨーヨー・マの演奏でステージで踊る姿と、メンフィスのだだっ広い屋外の駐車場でのダンスは、同じ「白鳥」とは思えない。その点も衝撃的だ。

ルイ・ウォレカン監督は、こう説明する。

「リル・バックは、この『白鳥』のパフォーマンスを一定の振付で正確に踊っている。しかしそこに感情が加味されることになり、ある時は悲しみに満ち、ある時は興奮が最高潮に達し、またある時は観客の反応に左右されるわけだ。1000回、同じ振付を踊っても、一度たりとも同じ感情になっていないのではないか。その感覚こそが真のアーティストというものだろう。

 中でも彼がメンフィスで踊る場合は、多感な時代を過ごしたという点で、『表現』と『場所』が大きくリンクしていく。天才アーティストのそんな側面を浮き上がらせるために、映画でも背景をスイッチさせる演出に挑んでみたんだ」

この「白鳥」のシーンは、本作で最もエモーショナルな演出として、観ているわれわれの心をつかむ。

メンフィスの屋外の駐車場で「白鳥」を踊るリル・バック。
メンフィスの屋外の駐車場で「白鳥」を踊るリル・バック。

天才アーティスト。それは誰にでも当てはまるものではないが、はたして努力やセンスで達成することもできるのか? リル・バックを間近で見つめたウォレカン監督は、これからアーティストを目指す人に、次のような言葉を贈る。

「もちろん研ぎ澄まされたテクニックは最低限、必要だ。さらにその上を目指すとしたら、感情を伝えなければならない。演技なら感情を表すことがスムーズだが、ダンスで伝えることは難度が高い。ここが、天才になれるかどうかの分かれ目だ。テクニックと感情表現、その融合が試される。音楽の歴史では、最高のサンプルが、19世紀イタリアのヴェルディだと思う。いくらテクニックが素晴らしくても感情が伝えられなかったら、芸術ではない。だからリル・バックのような人を目指すなら、つねに両面を磨き続けてほしい」

映画が観る人の人生を後押しする

犯罪多発都市としての悪評もあるメンフィスで育ち、「踊ることが好き」というピュアな気持ちだけで、世界的なトップダンサーに上り詰めた。そんなリル・バックの姿をこの映画で観れば、どんな年代、境遇の人でも、自分なりの独創的チャレンジに踏み出したくなる……。つまり本作は観客の人生を変えるポテンシャルを秘めている。

映画が人生を変えることに、ルイ・ウォレカン監督は自覚的なのだろうか。

「僕自身も、たとえば20歳の頃、精神的にとても落ち込むことがあった。そんな時に観たのが映画で、ロベルト・ロッセリーニ監督の戦争三部作は、多感な時代の自分が外の世界とどう向き合うかを教えてくれた。その後の人生へのインスピレーションを得るうえで、映画の力が役立ったんだ。ただ、たしかに巨匠でも、観る人の人生を変えるほどの作品は限られるだろう」

人は、なぜ踊るのか? その問いにルイ・ウォレカン監督はこう答える。

何もないところから作り出す『詩』のようなもの。自由を感じ、自分自身を表現するうえで、人間の自然な行為なんじゃないかな」

そして自身が映画を撮る理由についても「ダンスと同じ。自由を探し求める衝動」だと言い切る。

リル・バックと同じく、自由な表現を求めたこの映画は、未来のアーティストのひとつのモチベーションになるのか。おそらく、そうなる気がする。

ルイ・ウォレカン監督(手前)とリル・バック。(c) Stéphane de Sakutin - AFP.
ルイ・ウォレカン監督(手前)とリル・バック。(c) Stéphane de Sakutin - AFP.

『リル・バック ストリートから世界へ』

8月20日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開 配給:ムヴィオラ

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映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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