錦織圭を悲願のグランドスラム初制覇へ導くマイケル・チャン。彼の現役時代を振り返る独占インタビュー1
2月22日に44歳になったばかりのマイケル・チャン(アメリカ)は、現在、日本男子テニスのエースである錦織圭のツアーコーチを務めている。
チャンコーチの人柄を少しでも知ってもらうために、2002年に私が行ったワンオンワンインタビューを紹介していきたいと思う。
世界ランキング2位まで上り詰めたチャンだったが、02年のインタビュー当時30歳になり、ランキングを133位まで落とし、思うような成績を残すことができなくなっていた。あと1年余りで引退するだろうと自らの引き際を悟り、結局03年USオープンで引退したのだった。
第1回では、1988年にプロに転向して以来、02年まで突っ走ったチャンに、テニスキャリアを振り返ってもらった。時代の流れが早いワールドテニスツアーの中で、しのぎを削ったライバル選手達と戦ったチャンの姿を見ることができる。
―― 2002年シーズン、思うように試合に勝てず、ランキングも大きく落としてしまいました。この状況をどうとらえていますか?
チャン:必ず新しい日が訪れ、新たに試合をしていかなければいけません。私は、試合をし続けることができる機会を持っています。もちろん、負けもしっかり受け止めて、自分がどうしたいのかを考えなければいけません。私は、良い考え方、つまりポジティブな考え方をいつでもして、今ある状況を解釈して、打開しようとしています。
――チャン選手は、4世代にわたって戦ってきたと思います。ジョン・マッケンロー、ステファン・エドバーグ、ピート・サンプラス、そして、レイトン・ヒューイットの4世代です。これらの世代を比較してもらえますか。だんだん厳しい状況になっていますか。
チャン:そうですね。タフなことですね。たくさんの世代と戦ってきたことは本当にタフなことです。でも、何人ものベストプレーヤーとテニスの試合ができて、とても幸運でした。(ジミー・)コナーズや(ジョン・)マッケンローや(イワン・)レンドルの試合は、よくテレビで試合を見たものだし、自分の試合の組み立てにすごく参考にしました。その後の世代にはエドバーグや(ボリス・)ベッカーがいて、私の同世代であるサンプラスや(アンドレ・)アガシや(ジム・)クーリエ、そして、新しい世代(マラト・)サフィンや(グスタボ・)クエルテンやヒューイットらが現れました。それぞれの時代で、十分できたかは分かりませんが、私はより良いテニスをしようとしてきました。これらすべてのプレーヤーと対戦するのは、とても楽しかったですよ。
――1990年代は、エドバーグのようにサーブ&ボレーをするプレーヤーがたくさんいましたが、21世紀になって、ほとんどのプレーヤーがベースライン上でプレーをしています。この変化をどう見ますか。
チャン:サイクルというか周期のようなものがあると思います。サーブ&ボレーが盛んなときは、若いプレーヤーが自分も成功するために、ネットプレーを練習して、サーブ&ボレーをトライしていました。しかし、ベースラインプレーヤーが大きな成功を収めるようになると、また同じように若いプレーヤーがそれに続きます。サイクルがあるんでしょうね。また、ラケットのテクノロジー、コート上でのボールのスピードも関係していると思います。そんな中、選手は、どんなプレーが有効で、トーナメントでより良い結果を残すにはどうしたらいいのかを模索しているのです。とにかく、私は、サイクルのようなものがあると自覚しています。
――今までのキャリアの中で、あなたが考えるベストプレーヤーはだれですか。
チャン:ベストプレーヤーですか。難しい質問ですね。大会ドローは、いつも違うわけですし、私自身が、対戦相手を選べるわけでもありませんからね。そうですねぇ~グラウンドストロークなら、レンドルですかね。いちばんソリッドで、当時サーブ&ボレーヤーには脅威の存在でしたよね。サーブはサンプラスでしょう。プレースメントに優れ、パワーがありますから。私に対して、優れたサーブ&ボレーを披露したのはエドバーグです。彼の1stボレーはベストでした。コナーズやベッカーは、優れた精神力の持ち主でした。そして、生まれながらの才能の持ち主と言えるのは、マッケンローとアガシです。それぞれ独自の個性を持っていて、どこかユニークですよね。でも、どうしても一人のベストプレーヤーを選ぶのは、私にはできないなぁ。