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さらば、伊藤竜馬! そして、これから日本テニスの未来を頼むぞ!!(後編)【テニス】

神仁司ITWA国際テニスライター協会メンバー、フォトジャーナリスト
現役生活を終え、やりきってすがすがしい笑顔を見せた伊藤竜馬(写真/神 仁司)

 現役最後の舞台と決めて臨んだ全日本テニス選手権で、伊藤竜馬の快進撃が続いた。

 左ひざにテーピングを施していたものの、1回戦や3回戦ではフルセットにもつれる薄氷の勝利をくぐり抜けたり、2回戦や準々決勝では会心のテニスを披露して見せたりした。それは、引退を表明している選手特有の境地であるからなせる業とも言えた。伊藤は、いろいろな緊張から解放されて、本当にテニスを楽しんでいるように見えた。全日本でベスト4が決まった瞬間、伊藤は、コートに大の字になって喜びを表現して、その瞬間をかみしめていた。

「久しぶりにフォアハンドがいい感じで最初から飛ばせていた。1回戦からタフなスコアでもあったので、崖っぷちからここまで来れたのは、自分の中で驚きもあり、自分のプレーができたらこういう結果もあった、半分半分ぐらいの期待でした。実際ベスト4に残れたので、そこは本当に嬉しく思いますし、のびのびできているというのが一番嬉しいですね」

 全日本テニスでは、奥さんだけでなく家族や親戚も伊藤の応援に駆けつけたが、特に、息子に自分の父親がプロテニスプレーヤーであることを見せられたのが、伊藤にとって感慨深かった。

「僕の息子は、この大会より前までは全く興味がなかったんです。ずっとYou tubeを見たり、ラウンジで待っていたりしていた。最後ということで、ちゃんと応援した方がいいのかなと気づき始めたのか、そこから『今日見たよ』という感じで、心に残っているような印象が今週はある。そこは父親としては嬉しいですね。選手をやっていたんだよと見せられたのは嬉しい」

 だが、準決勝で伊藤の体が限界に達していたことがすぐに判明する。1ポイント目から全力で動けず、左ひざの踏ん張りを必要とするバックハンドストロークやサーブではつらそうにプレーをした。だが、棄権をすることなく最後まで戦い抜いた。

「もともと左ひざは、3~4年前から痛みはあったんですけど、激しい試合をした次の日にすごい痛みが出た。ドクターが、毎回試合前に注射を打ってくれるということで、痛み止めの注射を2本毎日打ってやれた。(全日本の)初戦のファイナルセットマッチを終えた次の日から、痛み止めがきれちゃうと、動いた分自分へのダメージも大きかった。最後なので、自分が出しきりたいというのもあった。トレーナーとドクターの2人の力で、ここまで来れた。もう全部出しきりましたね。今は、痛み止めがないと、踏ん張ったりすると当然痛い。プロで18年間やってきた古傷とかいろんなものがけがとしてあって、最後は、いろんな手を使ってやれた。本当に満足はしていますね」

 伊藤に涙はなかった。すべてを出しきったというすがすがしい表情を浮かべ、屈託のない笑顔と共に18年間の現役プロ生活を終えた。

 かつて日本代表として一緒に戦った錦織圭は、伊藤に労いの言葉を送った。

「僕の中での同世代の選手というのが、日本人であんまりいない。僕のフェデラー、マレー、ナダルみたいな存在が、伊藤、杉田、ちょっと上で添田くん、この3人だった。結構悲しいですね。自分のモチベーションが変わるわけではないですけど、一緒に戦ってきた仲間がやめていくのは正直寂しいものがあります。最後、伊藤くんに関しては、つらいこともあった中で、テニスが好きという思いで、これまでやってきて、最後もコーチだったり、大会回ったりいろいろやっていましたけど、やっぱりテニスが好きなんだなって。それを本当に楽しんでほしいなと最後は思っていました」

最後の大会では、奥さんと息子も応援にかけつけて、伊藤をサポートした。息子の前で、自分がプロテニスプレーヤーであることを見せることができて、伊藤は嬉しそうだった
最後の大会では、奥さんと息子も応援にかけつけて、伊藤をサポートした。息子の前で、自分がプロテニスプレーヤーであることを見せることができて、伊藤は嬉しそうだった

 伊藤は、現役のうちから望月慎太郎のコーチに就いたりしていたが、現役選手からシフトチェンジして引退後は本腰を入れてコーチ業に携わっていくことになりそうだ。

「いろいろオファーがある。トライアルで外国人選手を見たり、ジュニアの方も興味がある。ジュニア育成の準備、ツアーコーチもしていきたい。整理して考えていきたい。エネルギーがあるうちは、ツアーコーチ、人ができないことをやりたい。その中で、自分と相性の良い子がいると思います。うまくコミュニケーションをとりながらやっていきたい」

 錦織も、ツアーコーチなど指導者としての伊藤のセカンドキャリアに期待を寄せている。

「他の選手に比べて、そういうのが見えやすいかな。やっている姿が想像つくし。テニスが詳しいし、好きだろうし、そういう姿は何となく想像できますね。もちろんこれから強化に関わってほしいし、プロ(のツアーコーチ)をやるにしてもそれ(教えるの)が日本人選手ではなくてもいいので、テニスに関わってほしいなという気持ちがあります」

 日本テニス界では、長年ツアープロを育成できる日本人コーチが不足していることが課題であったが、日本テニスの未来を少しでも良くしていくために、伊藤のような若い力が絶対に必要だ。世界の最前線にいた知見を持つ伊藤もすでに危機感を抱いている。

「まず日本人の底上げ。ジュニアから(プロ)若手へ移行する中での全体のスキルアップを手伝っていきたい。中国やイタリアを見ても、500~600位の選手でもいつ化けてもおかしくないようなテニスのレベルになっている。そういう選手を増やすことによって、日本の育成、若手選手にチャンスがあるというふうにできる。そのプロセスやノウハウをゲットすることが大事。そういうところをヘルプできたらいいと思っています。そうすることで、5年、10年と長く、日本テニス自体が上がってくると思う。そこを見つけられれば、ATPの選手に対抗できる。そこを悩んでいるので、伸び悩んでいる。そういった部分を見ていきたい」

“指導者・伊藤竜馬”への期待は大きい。日本テニスの未来を託したい。

ITWA国際テニスライター協会メンバー、フォトジャーナリスト

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンMJ)勤務後、テニス専門誌記者を経てフリーランスに。グランドスラムをはじめ、数々のテニス国際大会を取材。錦織圭や伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材をした。切れ味鋭い記事を執筆すると同時に、写真も撮影する。ラジオでは、スポーツコメンテーターも務める。ITWA国際テニスライター協会メンバー、国際テニスの殿堂の審査員。著書、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」(出版芸術社)。盛田正明氏との共著、「人の力を活かすリーダーシップ」(ワン・パブリッシング)

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