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【米グラミー賞】(前編)日本の80年代の環境音楽が、欧米に衝撃を与えるワケ

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
欧米で注目され始めた日本の80年代の環境音楽。写真:Osamu Murai

 いよいよ明日はグラミー賞の発表。

 ノミネートされている作品の中で、異彩を放っているのが、最優秀ヒストリカル・アルバム賞部門でノミネートされている。『Kankyo Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』だ。1980年〜1990年の日本のアンビエント音楽や環境音楽、ニューエイジ音楽で構成されているコンピレーション盤で、イエロー・マジック・オーケストラや細野晴臣、坂本龍一、久石譲、インテリアらの楽曲25曲が収録されている。

グラミー賞にノミネートされた『Kankyo Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』写真:Osamu Murai
グラミー賞にノミネートされた『Kankyo Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』写真:Osamu Murai

 このアルバムをリリースしたのは「Light In The Attic(ライト・イン・ジ・アティック)」というインディー・レーベル。同レーベルは、2015年頃から、日本の古い音楽を「ジャパン・アーカイバル・シリーズ」という形でリリースしていた。このシリーズでは、2017年に日本の60年代のフォークやロックのコンピレーション盤を発売、次に、今回ノミネートされた環境音楽のコンピレーション盤を発売した。

 選曲したのは、以前から日本の環境音楽に興味を持っていたプロデューサーのスペンサー・ドランだ。ドランは10年ほど前、世界ではほとんど知られていなかった日本の環境音楽を発掘、それをミックスしたテープを作ったところ、オンライン上で人気を得て話題を呼んだ。それを元に、今回ノミネートしたアルバムを製作したという。

グラミー賞にノミネートされたアルバム『Kankyo Ongaku』のコ・プロデューサー、北沢洋祐。写真:Satomi Sugiyama
グラミー賞にノミネートされたアルバム『Kankyo Ongaku』のコ・プロデューサー、北沢洋祐。写真:Satomi Sugiyama

なぜ、今、日本の環境音楽なのか

 なぜ、今、日本の環境音楽が受け入れられているのか?

 ドランと共にこのアルバムをプロデュースした北沢洋祐はこう話す。

「アルバムのために作られている海外の環境音楽と違い、日本の環境音楽は建築やアートというアングルから作られたり、舞台のための音楽として作られたりしている。テンションをあげることなく、何かをしながら聴くことができたり、バックグラウンド音楽として聴くことができたりするところがスペシャルだと考えられているからだと思います」

 また、今回ノミネートされた理由について、北沢はこう考える。

「以前は、アメリカやイギリスの音楽が中心にノミネートされていましたが、YOUTUBEなどオンラインで海外の音楽が簡単に聴けるようになったことで音楽の国境がどんどん取り払われ、これまで知られていなかった音楽が発見されていることが1つにはあると思います。また1つには、日本の音楽が以前のようにエキゾティックな音楽という風には見られなくなっていることもあると思います。つまり、音楽として重要だと評価され始めている。実際、このアルバムが出てから“環境音楽”という言葉自体も海外で知られるようになりました」

 通常、最優秀ヒストリカル・アルバム賞部門でノミネートされているアルバムは、比較的年配の白人男性が昔から聴いているようなアルバムが多い。その中で、日本の環境音楽がノミネートされたことは注目に値する。

「この部門ではノスタルジック感のあるアルバムが選ばれることが多いので、ウッドストックのアルバム『WOODSTOCK: BACK TO THE GARDEN THE DEFINITIVE 50TH ANNIVERSARY ARCHIVE』が受賞すると思っている人が多いようですが、もしかしたら僕らのアルバムが受賞できるかもしれません」

と北沢は期待を寄せる。

環境音楽はどう生まれたか

 そもそも、環境音楽はどうやって生まれたのか?

 このアルバムに楽曲が収録されているテクノポップバンド「インテリア」のメンバーだった、ロサンゼルス在住の作曲家、日向大介に話を聞いた。

楽曲が収録されているアルバムが2回目のグラミー賞候補となった日向大介。写真提供:hyperdisc record
楽曲が収録されているアルバムが2回目のグラミー賞候補となった日向大介。写真提供:hyperdisc record

 日向は自身のユニットCAGNET(キャグネット)で、1996年のヒット・ドラマ「ロング・バケーション」のサウンド・トラック・アルバムを作曲、プロデュースし、アルバムはサントラ史上最大の150万枚を売り上げたことで知られる。また、1987年にも、日向の楽曲「Hot Beach」が収録されている、ウィンダム・ヒル・レコードが出したオムニバス・アルバム『Windham Hill Records Sampler ’86』がグラミー賞にノミネートされた。今回のノミネートは2回目となる。その日向が環境音楽についてこう語る。

「当時、イギリスのブライアン・イーノに代表されるような“アンビエント”という音楽のジャンルがありました。環境音楽というのは、細野晴臣さんがつけた名前で、細野さんのレーベルからアンビエント系のバンドがいくつかデビューしたんです。つまり、環境音楽は当時、東京だけで起きていた現象でした」

 ボストンの名門音楽学校バークレー音楽院に留学していた日向もまた、80年代、同級生3人と共にインテリアという名のバンドを組んで、アンビエント的な音楽を作っていた。先に帰国していたバンドメンバーの沢村と野中はその音楽を細野に聞いてもらおうと、スタジオに押しかけ、通りすがった瞬間にデモテープを手渡した。

「僕らの音楽、かっこいいですから聞いてください!」 

 細野に「面白い」と評価されたインテリアは、1年後にアルバムをリリース。しかし、思うように売れなかった。

 だが、次なる展開が起きる。ある時、テレビ局の前の特撮ステージでライヴをした後、それを観にきていた小室哲哉から依頼されたのだ。「僕のことプロデュースして下さい」。当時、小室はTMネットワークの人気絶頂期で、武道館公演を行う直前だった。日向は小室のプロデュースを始め、個々の活動に移っていった。今回ノミネートされたアルバムにはインテリア時代の楽曲「PARK」が収録されている。

TMネットワークが人気絶頂期にあった小室哲哉(写真左)からプロデュースを依頼された日向大介(写真右)。写真提供:hyperdisc record
TMネットワークが人気絶頂期にあった小室哲哉(写真左)からプロデュースを依頼された日向大介(写真右)。写真提供:hyperdisc record

「グラミー賞はいわばメジャー・レーベルのお祭り。そんなグラミーに、インディー・レーベルが出したこのアルバムがノミネートされたので、まさかと驚きました。しかし、ノミネートされたということは、日本の80年代の環境音楽に素晴らしさが見出されたのだと思います。日本の環境音楽が、40年の時を経て、欧米の今の若者たちに衝撃を与えているところは興味深いです。彼らは日本の環境音楽は昭和的な要素が感じられ、日本風のテイストが加えられているところが面白いと評価しています」

(後編に続く)

*後編【米グラミー賞】(後編)「日本の音楽はセクシーじゃない。沢尻エリカのように踊り狂え」ノミネート作曲家では、日向氏に、日本の音楽シーンについて、思うところを忌憚なく語っていただきました。

(日向大介)

東京都大田区出身。学習院大学在学中、バークレー音楽院に留学。1986年、テクノポップバンド「INTERIOR」の活動でプロデューサー・アーティスト部門でグラミー賞にノミネート、2020年、2回目のグラミーにノミネートされる。小室哲哉、松たか子などのトップアーティストたちのプロデュースを手掛け、自身のユニットCAGNETで作曲、プロデュースしたTVドラマ「ロングバケーション」のサウンドトラックは、シリーズでサントラ史上最高の150万枚という大ヒットとなる。2016年、小室哲哉とともに、The Chemical Brothersと横浜アリーナで共演。2019年「New King of Comedy」で、主演、監督を手掛けるStephen Chowと再タッグを組む。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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