Yahoo!ニュース

子どものスポーツに入れあげる親は、「毒親」か?

谷口輝世子スポーツライター
(ペイレスイメージズ/アフロ)

トロフィーワイフという言葉がある。

社会的に成功した男性が勝者であることを誇示するために迎える、若く美しい妻のことを指している。社会的に成功して富と名声を得た男性が、誰もがうらやむような、若く美しい妻を持つことは、勝者がトロフィーを掲げることと同じだという意味だ。

3年前、米国でトロフィー・キッズというドキュメントフィルムが発表された。スポーツをする小学生から高校生までの6人と、その親を追いかけたものだ。

このドキュメントのタイトルである「トロフィー・キッズ」は、子どもたちがスポーツで成功したことをもって、親が子育てに成功した勝者であることを示すといった意味合いだろう。

どのような「ひどい親たち」が取り上げられているのかと恐る恐る見始めたが、私の周りにもいる、どこにでもいる普通の親たちのようにも見えた。

ドキュメントフィルムの冒頭には、高校のバスケットボール部で活躍する2組の親子が出てくる。

父親たちは子どもを叩いたり、罵ったりはしていない。親たちは、息子たちが小学校低学年ごろに、バスケットボール選手としての才能を見いだしたという。それから、子どもに必要なレッスンを受けさせ、子どもの力を伸ばせるチームを選んで入部させ、栄養補給に気を配ってきた。

1組の親子は、父親が勉強や研究を重ねたトレーニング方法でトレーニングをしていた。練習のパートナーも父親である。もう1組の親は、トレーニング専門のコーチを雇って、息子がコーチからどのような指導を受けているのか見守っていた。2組の親子とも競技優秀者に与えられる奨学金を得て強豪大学に進学することを目標としている。

どこにでもいる普通の親たちのようではあるが、明らかに行き過ぎと感じるシーンもあった。

一人の父親は、試合になるとスタンドの最前列で観戦。審判のジャッジに感情を抑えきれないことが多く、我が子に不利になるコールがあると、審判を激しく罵った。父親自身も自覚しているのだけれど、感情をコントロールできないという。

もう一人の親は、大学のスカウトが見に来ている試合で、高校バスケットボールのコーチが我が子をベンチに下げたことを受け入れられずに不満をあらわにしていた。

この二人の親は、子どものスポーツの成功という夢にしがみつく愚かな人たちなのかもしれない。そのように批判するのは簡単だ。子どもがスポーツで名声を得ることを親が夢見て、小さいころから子どもを管理し、子どもに重圧をかけ、スポーツ活動から楽しみを奪っているとも言えるだろう。フィルムのなかの高校生は「僕がバスケットボール選手として成功するかどうかを、父は一番気にしていると思う」と自虐的な笑みを浮かべて話していた。

けれども、万が一、彼らの子どもがNBAのスター選手になり、オリンピックの代表選手として金メダルを獲得したら、私たちは、子どものスポーツに入れ込むこの二人の親を「愚かな親」と見なすだろうか。

もし、彼らの子どもが国を代表する選手になって、メディアに取り上げられるようになったならば、「親と子」のストーリーは全く違った色合いを持って語られるはずだ。

幼いときに親が才能を見いだし、子どもがスポーツすることを全面的に支援し、ともに練習し、自分の手に負えないところはコーチを雇い…。審判を罵ったこと、コーチに不満をぶつけた過去は切り捨てられ、英才教育のたまものとしてのスター誕生、金メダル獲得という文脈で語られるのではないだろうか。

親が子を支えてスター選手になったという報道のなかには、子どもの成功にしがみつかず、子どもの頑張りを支えてきた親たちのありのままの事実が伝えられ、それが結果的に「よい話」になったという事例がほとんどだろう。

そのようなスポーツ選手を支える親の美談に触れて、子どものやる気をうまく支えられる親もいる。一方で、一流選手になるには親が頑張らなければと、力が入りすぎて暴走してしまい、最終的には子の成功をもって、親の自己顕示欲を満足させるような事態に陥ることもある。

これらはスポーツに限ったことではなく、学校の勉強や受験などでも共通するかもしれない。ただし、どれほど子どもの学力が優れていても、個人の学力テストは基本的には公開されないし、我が子が最難関大学に合格しても、大学の名前を胸につけて歩くことはできない。

その点、スポーツは試合に居合わせた人たちに我が子の優秀さを見せびらかすことができるし、地元の新聞やテレビで取り上げられることもある。スポーツは、勝者の親子であることを誇示できる「トロフィー・キッズ」を育てたい親の欲望と親和性が高い。

この「トロフィー・キッズ」に登場した子どもたちが、十年後にスター選手になり、私が彼らの親を何も知らずに取材することになったら、私はどんな記事を書くだろうか。「熱心に子をサポートしてきた親」と記事にして、何の疑問も抱かずにその日の仕事を終えていたかもしれない。

そうやって書いた親子のストーリーが読者のもとに届き、子どもをスポーツで成功させるという親の欲望と、幼いときから徹底的に管理される子どもを再生産しているのかもしれない、と思うと、恐ろしいような気がする。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

谷口輝世子の最近の記事