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少年院でサッカー教室 「今度は自分がパスを出す存在に」

工藤啓認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長
少年院の中で行われたサッカー教室で、子どもたちは多くのことをコーチから学んだ。(写真:アフロ)

2018年2月28日、多摩少年院(東京都八王子市)でサッカーJ1リーグに所属するFC東京がサッカークリニックを行った。メディアでも、ベガルタ仙台、ガンバ大阪、V・ファーレン長崎、清水エスパルスなどが少年院でサッカー教室を開催していることが報じられている。

<ベガルタ仙台>東北少年院でサッカー教室 | 河北新報オンラインニュース

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FC東京普及部長の久保田淳氏は、「コーチたちも、私も少年院の少年たちからたくさんのことを学ばせていただきました。この学びを次に生かしていきたいと思っています」と語った(写真:久保田氏提供)
FC東京普及部長の久保田淳氏は、「コーチたちも、私も少年院の少年たちからたくさんのことを学ばせていただきました。この学びを次に生かしていきたいと思っています」と語った(写真:久保田氏提供)

Jクラブによる少年院との協働が更生自立を目指す少年にとってどのような意味を持つのか、FC東京普及部長の久保田淳氏にお話を伺った。

なぜFC東京が少年院でサッカー教室を開催することになったのでしょうか。

きっかけは、Jリーグから声をかけてもらったことです。多摩少年院でサッカー教室を開催する話があり、エリア的にFC東京でやってもらえませんかと。

最初に考えたのは、普段のサッカー教室のように楽しむことや、しっかりとした技術を身に着けることとは違うのではないか。スポーツを通じて身体を動かす充実感や仲間という存在の大切さを伝えるのですが、少年院という矯正教育を行う場所で、私たちは何を求められているのか悩みました。

単純に身体を動かす機会を少年たちに提供するために呼ばれているのか、何かメッセージを伝えるべきなのか。サッカー教室終了後に何を少年たちに残せばいいのかわからなかったからです。少年院の教官からは、「FC東京のようなチームが来てくれるだけで十分なのです」と言われたので、まずは行ってみようと思いました。いま振り返れば、教官たちにしてみてもFC東京のコーチに何ができるのか、どのような指導がなされるのか見えなかったのだと思います。

実際にやってみてどうだったのでしょうか。

少年たちがすごく集中し、積極的に参加していました。いつも静かな少年がかなり明るく、少年院での日常と異なる姿があり、普段は見られないよい表情が出ていたと言われました。また、FC東京のコーチの、少年たちに対する接し方について「プロコーチはさすがですね」と、同じくプロとして少年たちにかかわる教官の皆様にとってもいい学びの機会になったといっていただけました。そこで信頼関係も築けたと思います。

FC東京では小学校を中心にサッカー教室を300回ほど開催しています。その300回のうちの一回という位置づけでやりました。少し違うのは年齢で、小中学生や大人向けの教室はあっても、10代後半の高校生年代というのはほとんどやっていないからです。

特別なことをやるということではないため力みもありませんでした。少年たちが楽しみにしてくれているというだけでなく、単純に私たちも楽しみにしていました。また多摩少年院の少年たちとボールを蹴ることができるわけですから。昨年、さまざまなことを学ばせていただいたこともあり、少年たちにも自分たちにも期待をしていました。

約120名の少年たちが参加するということで、最初は少年たちが60名ずつ、二列になって向かい合いました。身体の動きだけ、ボールを使って、さまざまなムーブを作りました。難易度でいえばそれほど難しいものではありませんが、自分だけで動きを完結できるものはひとつもなく、必ず相手の動きやタイミングを意識しなければならないものにしました。

その後、3対3や5対5など人数を変えてのミニゲームを行いました。サッカーゴールは使わず、子どもたちが横一列にゴールラインを作り、そこをボールが抜けたら得点としました。誰一人参加しない時間を作らないためです。ミニゲーム中は、ゴールラインを形成するチームメイトからの応援や声援もすごくて、得点シーンでは歓声があがってました。

少年院での教室は独特の空気があります。表情が硬く、力が入っている。じっとこちらを見ているんです。にらんでいるわけではありません。すごいやる気とグイッとくる集中力が凄くて、過度に緊張しているようでもありました。そのため、いかに子どもたちをリラックスさせるかを考えながら言葉をかけていきました。

久保田さんの目からサッカー教室はどのように見えていましたか。

非常にうまい少年がいました。また、明らかにサッカー部だっただろうなという少年もたくさんいました。最初は普通にみんなとボールを蹴っているのですが、徐々にテクニックを披露する少年も。足裏でボールをなめてみたり、止め方もアウトサイドでスッとやったり。うまくいくとチラチラコーチを見たり(笑)

サッカーが好きな少年が多かったですね。どこのチームが好き?って聞いたら即答で「ガンバ大阪」と言われたので、もう少し考えてからでもと(笑)FC東京ももっと努力をしなければいけないなと思いました。

また、FC東京のコーチ陣の素晴らしさを改めて実感しました。普段の参加者は同じチームであったり、親しい友人同士だったりするわけですが、ここはそうではない。その場でサッとグルーピングできる環境でもない。

昨年の教室を経験していたコーチはひとりだけで、他の4名は初めてでした・・・。それでも何か特別な感情を持つこともなく、普段通りに落ち着いて指導していました。

コーチからは、自分たちもチャレンジしている。みんなもチャレンジしてほしい。サッカーはミスのあるスポーツなのでミスを恐れないでほしい。90分という試合時間でひとりの選手がボールに触れるのは3分くらい。それ以外の時間はチームのために動いている時間で、これは世の中も同じだということを最後に伝えました。

そして、最後に代表者が挨拶をしてくれて、その言葉に感動しました。

(久保田氏の記憶から)

今日はありがとうございました。忙しいなか時間を作ってくださり感謝いたします。自分たちはいままでたくさんのパスを送ってもらっていたのに、それを受け止めることはありませんでした。本当にたくさんのパスを送ってもらっていました。今日、そういうことを改めて考え、FC東京のコーチが来てくださったのと同じように、自分がここを出たとき、いろいろなひとにパスを出す側に回っていきたいです。

私はこういうことをパスになぞらえて表現したことがありませんでしたが、自分たちの活動にこのような意味があることを学びました。もっと伝えられること、パスを出していくことができるのだと思いました。

普段、自分たちがサッカー教室を通じて10のメッセージを送っていても、拾ってくれるのは2つ、3つくらいだと思いますが、今回、少年たちはすごくたくさんのメッセージ、パスを受け取ってくれました。それだけ何かに飢えているのかもしれないです。

(手元に)たくさんの感想文があります。子どもたちの声をどのように感じていますか。

「絶対に楽しめないと思っていた」少年が、コーチの工夫を拾ってくれて、細かい声掛けを受け止め、「真剣な顔でプレーする仲間を見て感動した」という言葉にはやりがいを感じました。

一方で、「安心してサッカーができました」というコメントを見て、安心という意味は彼らにとってどういうことなのか。どういう心持なのか。何かを預けてくれるものなのか、いまもわからず考え続けています。

たくさんの少年たちが「FC東京を応援します」と書いてくれたのは嬉しかったです。感覚的な確率論ですが、参加者のなかでこれだけFC東京のサポーターに名乗りをあげてくれる割合が高いことはありません(笑)    

少年院はルールをしっかり順守する場所だという認識を持っています。そのような環境だからこそ、自由度がとても高いサッカーというスポーツをみんなでやる楽しさ、それをグッと感じてくれたのかもしれません。それを大切にすることこそがサッカーというスポーツです。私はどちらかと言えば、少年院という場所で楽しさを感じるようなことをしてはいけないと思っていましたが、少年たちの感想を改めて読んで、自分たちにも、自分たちだからこそできることがあるのだと感じました。

当初、スポーツで社会課題を解決していくような発想が私にはありました。最近では別の見方を持っています。それは何か特定の社会課題を解決するといった大げさなものではなく、サッカーやスポーツの通り道をもっと広くしていくことです。

もしかすると、サッカーを通じてひとが幸せになるという道はまだ狭いのかもしれません。通れるひとが限られている可能性があります。だから、もっと多くのひとたちがサッカーという道を通れるようにしていきたいと考えています。

今回、コーチたちも、私も少年院の少年たちからたくさんのことを学ばせていただきました。この学びを次に生かしていきたいと思っています。

認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長

1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community Colleage卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。

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