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なぜ「台湾蔦屋」は店舗拡大し続けているのか 「書店が生き残る道」に見た光

田中美帆台湾ルポライター、翻訳家
向かい側から見た店舗正面。エスカレーターの曲線も「映え」スポット(撮影筆者)

 「近所に本屋がほしい」と願う人に、あなたならどう返すだろうか。

 「今どき、本を買う人なんているの?」「ネット書店で十分でしょう?早いし楽だよ」「店なら○○まで行けばいいじゃない」

 どれも今どきの反応だが「近所に本屋」という発信者の願いには答えられていない。果たして適切な解はあるのだろうか。

ハイセンスなショッピングモールの登場

 2023年4月29日、台北の北側、内湖エリアに新しいショッピングモール「NOKE」が誕生した。デザイン業界ではそれと知られるデベロッパー「忠泰」が手がけるビルは7階建て。そのビルの4階に出店したのが、台湾では10店舗目となるTSUTAYA BOOKSTOREである。

 台湾のデベロッパーの中でも、忠泰は隈研吾、安藤忠雄といった日本の建築士とも組んでデザイン面で力を入れることで知られる。今回は、忠泰が台湾蔦屋の加盟企業になる。構想から3年、コロナで何度も延期されたオープンだったが、ちょうど台湾では27日にコロナ対策の陣頭指揮を取り続けた中央感染症指揮センターが解散宣言を出し、開放感も手伝って、すでに賑わいを見せている。

 1階では、フラワーアーティスト・東信氏による展示「繁花・時敘」が始まっていた。暗転した展示会場には、作品に見惚れる姿を多数見かけた。展示だけではない。ハイセンスなブランドがゆったりとした空間の中で競い合う。台湾のデザイン力の高さをアピールする場所の誕生に立ち会った気分だった。

住民アンケートで「本屋」がほしいという回答

 台北の西側は清朝時代からの古い街並みが残る迪化街があり、息長く商業エリアとして栄えてきた。街全体の活性化措置として2003年には台北の東側に台北101ビルが建つと、周辺には大型の商業施設が並んだ。今回、NOKEの完成した内湖エリアは、台北の北側になる。市内を横断する基隆河の川向こうで、東側に続いて開発が進んだ高級住宅街だ。大きな観覧車が目印の複合商業施設もあるが、2022年に行われた台北市長選では、このエリアの交通渋滞の解消策が争点になった。

 この北側エリアに変化が訪れたのもまさに昨年だ。台湾最大の600坪という広さで無印良品が店舗を構えたのである。コロナ禍も手伝って台湾限定の商品開発が進み、日本メディアでも話題を呼んだ。

 NOKEはその無印良品のあるビルと渡り廊下でつながっている。台北市民の筆者としては、より魅力が増したと感じる。それにしても、なぜこのエリアだったのか。2005年入社で現在、台湾蔦屋の代表を務める橋本龍之介さんは次のように語る。

 「出店にあたって、エリアに住む方々にアンケートを取ったところ、大勢が地域にほしいと答えたのが『本屋』でした。ただ、これまで出店してきた9つの地域でも『本屋』へのニーズがいちばんだったんです」

代官山蔦屋のモデルは誠品書店ではなかった

 台湾には、誠品書店や金石堂といった大型の書店チェーンの他、独立書店も数多くあり、台湾発のオンライン書店も複数あって電子書籍も広がってきている。

店内の書籍は大半が表紙を表に出す「面陳」と呼ばれる状態で置かれている。本の中身がぐっとわかりやすい(撮影筆者)
店内の書籍は大半が表紙を表に出す「面陳」と呼ばれる状態で置かれている。本の中身がぐっとわかりやすい(撮影筆者)

 TSUTAYA BOOKSTOREの他、日系だけでも紀伊國屋書店、丸善ジュンク堂書店、アニメイトといった競合がいる。前2者は日本から輸入する一般書籍、文庫、コミックや文具を扱い、アニメイトはコミックやグッズ中心。だが、TSUTAYA BOOKSTOREでは日本の雑誌が多く、先の日系書店と比較すると台湾の書籍が多い。差別化を図りつつ、独自路線を敷いている。橋本さんは言う。

 「まず、紀伊國屋さんやジュンクさんは直営の店舗ですが、ぼくらはフランチャイズです。ですから、TSUTAYA BOOKSTOREが売っているのは、本そのものというより、お客様への生活への提案で、生活提案というパッケージといっていいと思います」

 筆者の知るツタヤは、漢字ではなくカタカナのツタヤでありローマ字のTSUTAYAだった。1983年創業の同社が扱う商品は本というよりビデオやDVDで、レンタルショップのイメージが強い。そのイメージがガラリと変わったのは2011年にできた「代官山蔦屋書店」の登場だ。高級住宅街で知られる代官山に、洗練された店舗空間として目にした姿は、一度は行きたい書店として強い印象を残し、TSUTAYAに対するイメージは一新されるほどだった。この代官山蔦屋は、一時は台湾の誠品書店をモデルにしたのではないかと話題になったことでも知られる。真偽を尋ねると、橋本さんはこう答えた。

 「時代が大きく変わる中で、ぼくらも将来を見据えて世界中の書店やいろんなものを見て回りました。そのうちの1つに誠品書店さんがあった。確かに素晴らしい書店ですので、影響はゼロとは言いませんが、残念ながらモデルとして目指したわけではありません」

 2000年代、蔦屋では少子高齢化によるメインターゲットの変更やネット時代における書店のあり方を模索していた。そこで本やDVDなど決まったフォーマットを店が一方的に提供するスタイルではなく、それらを客が自由に選択したり編集したりできるスタイルへの移行を目指した。

 「これまでの書店は、在庫量で競い合っていた面がありました。量が揃ってさえいれば、買ってもらえた。でも、今は違います。本を置いているだけでは売れなくなった。ネット書店があり、スマホがある。だからこそ、さまざまな提案をする、書店からの提案力が必要な時代になったと思っています」

 出版や書店業界が厳しいのは、台湾も同じだ。だからこそ、スクラップ&ビルドの激しく続く業界にあって、10店舗まで増やしたのは驚異的なことだ。

コンセプトはサードプレイスとしての書店

 5月初旬。オープンからしばらく経った平日の昼間に、改めて店舗を訪ねてみた。

 書店スペースの脇に、机と椅子、ライトが置かれ、電源もある。これまで個人経営のカフェなどで作業する場所はあったが、大型の商業施設でこんなふうに過ごせる場所は、そういえば見たことがない。店の横にあるWIRED CAFÉには会計に「TO GO」と表記されていて、書店スペースで本を見ながらコーヒーを飲むことができる。

デスクの前が吹き抜け、というのは開放的な心地よさ。ついつい長居してしまう(撮影筆者)
デスクの前が吹き抜け、というのは開放的な心地よさ。ついつい長居してしまう(撮影筆者)

 店内の一角には、デスクが設けられている。本を読む人、うたた寝する人、パソコンで作業する人などさまざま。目の前は吹き抜けのアートスペースが広がり、コーヒーを片手にくつろぐ人たち、壁一面の「映える」壁を前に写真撮影する人たちなど、思い思いに楽しむ姿があった。

 「家みたいに過ごしてほしいと考えました。暮らしの一部として、本もあれば食べ物もある。家よりも居心地がいい、そういう空間にしたいと考えたんです」

 これまで書店といえば本を買う場所だった。それが時を過ごす空間になる。ある意味で近視眼的に本だけを見るのではなく、視線を少し引いて暮らしの中にあるものとして本を見る。カメラの画角を変えたものの、撮影した写真にはどれも本がある、そんな情景が思い浮かんだ。

 インターネットの登場によって、本という形はコンテンツのひとつだ、ということに気づかされた。紙だけでなくデジタルで文字を追う人もいる。

 改めて冒頭の「近所に本屋がほしい」に対するTSUTAYA BOOKSTOREの解は「本のあるサードプレイスを提供する」ということだったのだ、と腹落ちした。

台湾独自の書店文化に寄り添う

 だがこの「書店のサードプレイス化」は、台湾では以前から進んでいたことでもある。筆者自身、2016年に書店をめぐる連載のため、台湾各地の書店取材を重ねていた。その時点ですでに、名前に「書店」とは付いているが「書店単体」のビジネスモデルというより、飲み物や食事を提供し、かつ地域のコミュニティスペースとして運営されている店舗ができていた。

広く取られた空間だが、木製の階段があることで気軽に腰掛けられる。天井の高さもまた開放感を高めてくれる要素だ(撮影筆者)
広く取られた空間だが、木製の階段があることで気軽に腰掛けられる。天井の高さもまた開放感を高めてくれる要素だ(撮影筆者)

 また、2010年代あたりから台湾ではカフェブームが起きていた。カフェでは、日本よりもずっと早くWi-Fiが提供され、電源も客に開放する店が多い。カフェでドリンクを楽しむだけでなく、パソコンを持ち込んで作業する姿は、どこのカフェでも見られるものだった。

 昔、台湾の書店は、学参を中心とした書籍販売の場所として認識されていたという。それを、アートやデザインを軸に、イベントを仕掛けて本を中心としたインタラクティブな場へと移行させた立役者は、やはり誠品書店だろう。そうした新たな本屋文化で育った世代が、独立書店の経営者になり、本の収益だけに頼らない店舗運営がすでに定着し始めた。カフェの運営、食事の提供、中にはアートスペース、ゲストハウスといった別ジャンルのビジネスを展開する書店もある。

 こうした台湾の書店文化に寄り添い、先鋭化した形で具現化したのが今回のTSUTAYA BOOKSTORE、ととらえられる。橋本さんは言う。

 「本と別のコンテンツが対抗していくのではなく、共存していくイメージです。だから、TSUTAYA BOOKSTOREへ来て、YouTube見ながらコーヒーを飲む、でいい。ゆっくり過ごす中で、もし気になった本があれば買ってもらえればいい。本でもいいし、本じゃなくてもいい。でも家にいるくらいなら出かけてみよう、そう思ってもらえればうれしいですね」

 そういえばコロナ前、誠品書店への取材で聞いた話を思い出した。

 「社内では『場所の精神性』と呼んでいるのですが、お客様が店内に入った瞬間から別世界に足を踏み入れた感覚を持ってほしい。本だけでなく、カフェでお茶を楽しむ時間も含め、気づいたらその日の午後まるまるゆっくりできた——そんなお店でありたいですね」(出典『WORKMILL with Forbes JAPAN ISSUE05』に掲載。参考リンク

台湾で50店舗を目指してマーケットを盛り上げたい

 5月4日、誠品書店グループの代表マーシー・ウー(呉旻潔)氏が記者会見を開いた。創業当初から続けている24時間営業を信義店から松菸店に引き継ぎ、その松菸店は下半期に大規模リニューアルを実施する、という内容だ(参考リンク)。橋本さんに感想を聞くと、こんなふうに答えてくれた。

 「やっぱりね、みんな本屋がほしいんですよ。ただ、便利さでいうとネットには勝てない。それでも、リアル書店が無くなっちゃったら、生活はおもしろくなくなるじゃないですか。だから、ネットのできないことをやる。誠品さんとか、紀伊國屋さん、ジュンク堂さんと一緒に切磋琢磨して、マーケットを盛り上げたい。ぼくらは台湾で50店舗を目指しています。そしてマーケットを掘り起こして、台湾をおもしろくしたいんです」

 コロナ解禁後初の雑誌特集となった雑誌『BRUTUS』で橋本さんの言う「台湾をおもしろくしたい」のひとつが紹介されている。Instagramのフォロワー約63万人を抱える「萬秀的洗衣店」とコラボしたアイテムがそれ。同アカウントでは、クリーニング店を営む80代の夫婦が、客が取りに来なかった服を着てショーをする姿が紹介されている。またたく間に人気となり、彼らの物語は書籍化された。台湾蔦屋では、彼らとコラボして商品開発を行い、店舗で販売もしている。日本の店舗でも取り扱われ、人気商品のひとつになったという。

原著とコラボグッズ。こうした商品開発は今後も継続されるそう(撮影筆者)
原著とコラボグッズ。こうした商品開発は今後も継続されるそう(撮影筆者)

 実は今回のオープン内覧前、同社の大塚一馬さんが筆者にこう言っていた。

 「書店が生き残る道を考え抜きました」

 空間設計からアイテム開発、50店舗目標。本屋に止まらないTSUTAYA BOOKSTOREの展開によって、台湾の書店シーンは一気に輝きを増している。さて、他社はどう出るのか。引き続き注目していきたい。

台湾ルポライター、翻訳家

1973年愛媛県生まれ。大学卒業後、出版社で編集者として勤務。2013年に退職して台湾に語学留学へ。1年で帰国する予定が、翌年うっかり台湾人と国際結婚。上阪徹のブックライター塾3期修了。2017年からYahoo!ニュースエキスパートオーサー。2021年台湾師範大学台湾史研究所(修士課程)修了。訳書『高雄港の娘』(陳柔縉著、春秋社アジア文芸ライブラリー)。

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