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ONE OK ROCKが土砂降りの中で打ち立てた日本人初の記録――台湾高雄で感じたライブの価値。

田中美帆台湾ルポライター
強い雨が打ちつける会場。右側がステージ(撮影筆者)

 9月21日、台湾第二の都市である高雄の国家スタジアムで、ONE OK ROCKが台湾公演を行った。観客動員数は4万人、場外も含めると6万人との報道もある。あいにくの大雨に見舞われたが日本人として過去最大規模のライブとなった。世界に向けた一歩は台湾現地ではどう見えるのか。現地のファンや音楽関係者の取材も交えてお届けする。

土砂降りの4万人ライブ

 2024年9月21日——その日は、折から接近した熱帯低気圧の影響で、昼過ぎから雨が降り出していた。ONE OK ROCKが台湾公演を行う高雄国家スタジアム(高雄國家體育場)も黒い雲が覆っていた。

 高雄MRT(メトロ)で移動中、構内のテロップが目に入った。

 「当社は9/21本日ONE OK ROCKライブで増便予定ですのでご利用ください。また、天気が不安定なため、ライブに参加の方は雨具を忘れずにお持ちください」

 地元台湾の交通会社による注意である。駅員が裏側を教えてくれた。「スタジアムでライブがあると、増便や車両延長で対応するんです」

 最寄り駅から会場までは屋根がない。徐々に強さを増していた雨脚は激しくなり、私たちも簡易レインコートを着用したうえに傘をさして会場に向かったが、駅を出てすぐ、履いていた靴はあっという間にぐしょ濡れになった。

 開演時間が近づくにつれて、カラフルな雨具を着用した人がアリーナ席を埋めていく。予定時刻から数分遅れで会場が暗転、雨雲まで吹き飛ばしそうな爆音でライブが始まった。

「ぼくたち、活動を始めて10年になりますが、ここまでの雨を経験するのが初めてで、ちょっとパニクっているので日本語で話させてください」

「シャワーを浴びながら歌を歌うのが好きなんだけど、その感覚と似ていてちょっとおもしろくなってきました」

「みんなが濡れているのに、ぼくだけ雨を避けるのは違うよね」

 ボーカルTakaはステージの天井から塊となった雨が落ちるその位置に、およそ2時間半、立ち続けた。シャワーどころか、まるでバケツの水浴びだった。

 ライブ後半、ほとんど総立ちだった。誰もがボーカルに合わせて歌詞を口ずさみ、リズムに合わせてお約束のムーブで応える。雨でかえって一体感が生まれていた。

 メンバーだけでなく、観客の記憶にも強く刻まれた土砂降りのライブは、高雄国家スタジアムにおける日本人初ライブという記録も打ち立てていた。

世界的ミュージシャンと高雄公演

 高雄国家スタジアムは、2009年に開催されたワールドゲームズ(世界運動會)の開閉会式の会場として建設された。最寄りのMRTの駅名「世運」の由来だ。収容人数は最大5万5,000人。台湾新幹線の左営駅は隣の駅で、高雄には国際空港もある。内外の動線が計算された位置といっていい。

 筆者は今年3月、同じ会場で行われた台湾のロックバンド「メイデイ(五月天)」のライブに参加した。彼らは30〜40代に絶大な人気を誇る。今年結成25年を迎え、ワールドツアーとして高雄の他にも台湾各地、そして香港、北京を回り、来年1月にはシンガポールで公演の予定だ。

3月に同じ会場で行われたメイデイのライブでは綺麗な夕焼けが見られた(撮影筆者)
3月に同じ会場で行われたメイデイのライブでは綺麗な夕焼けが見られた(撮影筆者)

 高雄国家スタジアムには世界的ミュージシャンのツアー会場にも選ばれてきた。イギリスのロックバンド・コールドプレイや、シンガーソングライターのエド・シーラン、韓国のBLACKPINK、アメリカのシンガーソングライターであるブルーノ・マーズなど、ビッグネームが並ぶ。

 現状では台湾のライブ会場としては最大の収容人数で、台北よりも多い。だが、今後は情勢が変わりそうだ。

 理由は、台北ドーム(台北大巨蛋)である。昨年、野球のスタジアムとして完成し、今年12月からコンサート会場としての利用が始まる。これまで台北でのコンサートは、2005年に完成した台北アリーナ(台北小巨蛋)、2008年完成の台北エキシビジョンセンター(台北南港展覽館)の収容人数1万5,000人が最大だった。台北に、高雄国家スタジアムと同クラスの会場が出現することになる。

 ここまで大規模な会場になると、問題なのは安全である。

 ワンオクライブの翌日、台湾メディアが報じていたのは、終了からおよそ75分で4万人の観客が混乱なくスムーズに退場できた点だった。確かに必要な場所にスタッフが配備され、大きな混乱もなかった。「慣れている」というのがシンプルな感想だ。

 万単位の人数を安全かつスムーズに移動させられるかどうかは、主催側にとってはもちろん、参加する側にとっても非常に重要な要素だ。

高雄とライブの親密な関係

 それにしても、1回のコンサートに、公共交通機関が雨具の注意喚起をするなんて、連携が素晴らしすぎやしないか。そんな門外漢の疑問に答えてくれた人がいる。

 「高雄市政府が、ライブを全面的にバックアップしているんです。高雄でライブを行うことは、単発のライブだけではなく、市全体の経済効果につながりますから」

 話すのは、ソニー・ミュージックソリューションズ戦略顧問の梁秩誠(Makoto Liang)さんだ。1966年生まれの梁さんは、若い頃からJ-POPファンだった。「聖子ちゃんより明菜ちゃんが好きでした」とハニかみながらも、台湾にあるポニーキャニオン、avex、ソニーの3社でJ-POP部門を立ち上げた人物である。

 「高雄でのライブは、台湾人にとっては国内旅行です。夜10時くらいにライブが終了するから、お客さんは家に帰れないからどこかに泊まることになりますよね。だから、前乗りして週末は高雄観光しよう、という人が多いんですよ」

 梁さんの言葉どおり、筆者や、ライブに参加した友人たちはそれぞれ高雄に宿泊したし、筆者と友人は高雄観光として市内を巡った。ライブ当日は街中で、ONE OK ROCKのライブTシャツ姿を見かけた。中には日本から駆けつけたと思われるファンの姿も含まれている。

 高雄には国際空港があり、海外のライブ主催者も観客も出入りしやすい。台湾内でも新幹線駅の隣にあり、動線としてはかなりスムーズだ。3月のライブでは、各地方都市と会場を結ぶ大型バスが並んでいた。市内の移動についても、MRTだけでなくライトレールが装備されており、動きやすい。

 3月も9月もチケットが確保できた後すぐに手配したのがホテルだ。開催日前後は宿泊料金が高騰するため、早めに手配しておく必要がある。参加者側はもちろん、主催側の宿泊先も問題になる。梁さんは言う。

 「世界的なミュージシャンを受け入れるとなると、相応の受け入れができるホテルが必要です。5つ星クラスの、セキュリティーが整い、サービスもきちんとした宿泊先であることが求められますね」

 もうひとつ、市有地に民間の会社が上物を建てた台北ドームとの違いがあるという。

 「高雄国家スタジアムは市の持ち物です。チケットを見せると、夜市や交通機関の優待券がもらえるといったサービスもあるんです」

 ライブが市全体に経済効果をもたらすというコンセンサスがあるからこそ、会場だけでなく、交通機関の協力があり、的確なアナウンスがあり、スムーズかつ安全な移動が可能になっていたのだと納得できた。

ライブチケットと優待券の引き換えを促す看板(撮影筆者)
ライブチケットと優待券の引き換えを促す看板(撮影筆者)

 単なるライブというより、観光という目線でとらえることの大きなメリットや、市の戦略が見えてきた。

数万単位の集客源はドラマからアニメへ

 となると、主催者に問われるのは、会場を埋める人数を呼べるかどうか、である。言葉を変えれば、台湾での知名度である。たとえば、音楽の友人は、ONE OK ROCKのバンド名こそ知らなかったが、曲を聞かせたらすぐに反応した。

 「あ、知ってるよ。『るろうに剣心』の主題歌だよね? 他の曲はよく知らないけど、映画の主題歌だから聴いたことあるよ」

 そういえば、似たような言葉に何度も触れてきたことを思い出した。

 「YOASOBI、いいよね。『推しの子』の曲でしょう?」

 「LiSAって知ってる? めちゃくちゃカッコいいんだよ。『鬼滅の刃』っていうアニメの主題歌歌ってるんだけど、アニメもおもしろいから見てみて」

 ——共通するのは、日本のミュージシャンの名前はアニメや映画のタイトルとセットという点である。梁さんは言う。

 「1990年代は『101回目のプロポーズ』とチャゲ&飛鳥の「SAY YES」、『魔女の条件』と宇多田ヒカル「First Love」のように、ドラマと音楽がセットでした。それが今はアニメに変わってきています」

 世界的なプラットフォームの登場で、台湾でのコンテンツ消費チャネルは、日本と変わらなくなっている。

 台湾文化內容策進院(TAICCA)が2023年に15~69歳の台湾人2,000人を対象とした調査によると、2020~23の過去4年、動画配信サービスの上位はNetflixとYouTube(プレミアム)がワンツーとなった。

 さらに直近4年で96~98%が動画配信サービスを通して映画やドラマを視聴しており、そのうち、39歳以下の7割を超える人が映画館に行ったことがあると答えている。同様に3割を超える人がSpotifyやYouTube Music、KKBOXなどのサブスクを利用している。また2022年に比べると、ライブ参加や消費金額も伸びている。

 日本の強みについて、梁さんは次のように話す。

 「今、K-POPが流行りですが、J-POPの影響を強く受け、交流や経験を重ねて国際化し、20年かけて韓国人が発展させてきて今に至ります。日本にはアニメという強力なコンテンツがあるのですから、J-POPも世界に行ける自信を持ってほしいですね」

ライブでこそ味わえる体験

 ライブ終了後、SNSのタイムラインには、土砂降りを味わった人たちの声があふれていた。彼らが2012年に行った初ライブから参加している、という書き込みも流れてきた。1200人規模の会場から4万人へと成長を遂げた姿に感慨を持ったことが見て取れた。

 「2時間半、歌唱力がちっとも落ちなかったよね」同じく土砂降りのひとりで、2016年から彼らのライブに参加している音楽好きの友人が感嘆した。「魂の洗濯ができました」在台の先輩である友人は、2018年のライブから皆勤賞だ。筆者と同行していた友人は、コロナ禍で彼らの音楽に触れてファンになったそう。終わった後、「また行きたいね」と口にした。同感だった。

 世界的な配信プラットフォームの登場で、日常的に世界中の音楽に触れる機会はぐんと広がった。コロナ収束でライブパフォーマンスに触れる機会も取り戻した。今回のライブ参加で、配信プラットフォームはファン予備軍にリーチできるツールではあるが、心躍る体験を提供し、心をつかめるかどうかは、やはりパフォーマンスにかかっている——そんな思いを強くした。

台湾ルポライター

1973年愛媛県生まれ。大学卒業後、出版社で編集者として勤務。2013年に退職して台湾に語学留学へ。1年で帰国する予定が、翌年うっかり台湾人と国際結婚。上阪徹のブックライター塾3期修了。2017年からYahoo!ニュースエキスパートオーサー。雑誌『& Premium』でコラム「台湾ブックナビ」を連載。2021年台湾師範大学台湾史研究所(修士課程)修了。

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