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北朝鮮が発射したのは「衛星」?「ミサイル」? 論争の起源は25年前の「1998年8月31日」!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
北朝鮮が偵察衛星「万里鏡1号」を搭載し、発射し、失敗した「千里馬1号」

 金正恩(キム・ジョンウン)総書記の妹である金与正(キム・ヨジョン)労働党副部長が今朝、「誰も衛星の打ち上げに関する我々の主権的権利を否定できない」との談話を発表していた。

 与正副部長は談話で米国が「我が国の自衛権に属する軍事偵察衛星の打ち上げについて国連安保理『決議』に対する公然たる違反である」との理由ですべて の国家に対して「衛星の打ち上げを糾弾すべき」と批判していることに対して反論したうえで「確言するが、我々の軍事偵察衛星は遠からず、宇宙軌道に正確に進入して任務遂行に着手する」と開き直っていた。

 談話では昨日午前6時27分に発射し、失敗したことについては一言も言及していなかった。国営通信の朝鮮中央通信が発射から約2時間半後の9時5分に「1段目分離後、2段目エンジンの始動不正常で推進力が喪失し、黄海に落下した」との国家宇宙開発局の発表を伝えていたことは彼女にとってはどこ吹く風だった。

 それでも与正副部長の談話には口惜しさがにじみ出ていた。当然だろう、兄の金総書記が約2週間前の5月16日に偵察衛星発射準備委員会を訪れ、「軍事偵察衛星を成功裏に打ち上げるのは現在の国家の安全環境から出発した差し迫った要求である」と、絶対成功を命じていたからである。

 金総書記の落胆は半端ではないはずだ。今から11年前の2012年4月にも同じように爆発し、失敗したが、この時は海外から取材陣を大挙呼び寄せ、「絶対に成功させる」と大見得を切って平壌の管制総合指揮所から自ら発射のゴーサインを出していただけに正恩氏の面子は丸つぶれだった。国威発揚が国威失墜に繋がり、さらには祖父・金日成(キム・イルソン)主席生誕100周年(4月15日)の祝賀行事に水を差してしまった。

 今回も成功していれば、6月上旬開催予定の労働党第8期第8次全員会議に花を添えることになっていたが、逆に沈滞ムードの中で迎えることになってしまった。司会を担う金総書記がどのような表情をして現れ、何を言うのか、世界中が関心を持って注視することになるだろう。

 それはそうと、今回の発射についても「衛星」か「ミサイル」かの議論が韓国や日本で持ち上がっていた。

 「衛星」であれ「ミサイル」であれ、今回も自衛隊に破壊措置命令が発出され、沖縄では地上に地対空誘導弾パトリオット(PAC3)が配備され、黄海に海上配備型迎撃ミサイル(SM3)を搭載したイージス艦も配置された。また、発射とほぼ同時に沖縄の各自治体には全国瞬時警報システム(Jアラート)が発出された。

 万一の場合(ミサイルや部品の落下)に備え、県民は避難を強いられ、また、Jアラート発出(午前6時半)時から那覇市と浦添市をつなぐ沖縄都市モノレールは全線で運行が一時停止し、さらに航空便も那覇空港発の国内線7便で最大22分の遅延を余儀なくされた。沖縄県民の北朝鮮への怒りは半端ではない。

 ところで、北朝鮮の発射の6日前、即ち5月25日に韓国も自前の国産ロケット「ヌリ号」(KSLV-2)で衛星を打ち上げていた。発射場は日本に最も近い韓国最南端の全羅南道の羅老にある宇宙センターからで、飛行ルートは北朝鮮のそれと同じく南方で、沖縄の上空を飛行した。

 自衛隊への破壊措置命令は日本の領土、領海にロケット本体、もしくは破片が落下する不測の事態に備えたものであることは言うまでもない。切り離されたブースターが誤って日本の領土、領海に落下する場合に備えての、国民の生命と安全を守ることを目的としたものである。

 同じ原則に立てば、韓国のロケットの破片が、あるいは機器の不具合で本体が落下する可能性がないとは言えないので本来ならばPAC3の配備やJアラートの発出など警戒態勢を敷いてもよさそうなものだが、皆無だった。

(参考資料:沖縄上空に向かって飛んでくる韓国のロケットは「破壊措置」対象外の理由は?)

 南北のロケットに対するこの違いは、韓国のそれは平和目的とした人工衛星の打ち上げで、北朝鮮のそれは事実上の長距離弾道ミサイルであるゆえんだ。国連安保理が北朝鮮に発射を禁じ、制裁をしているのも長距離弾道ミサイルとの認識に立っているからである。それもこれもすべては25年前の1998年8月31日に遡る。

 北朝鮮は1998年8月31日午後12時7分に能登半島から500kmから離れた咸鏡北道花台郡舞水端里(ムスダンリ)から全長26.5m、直径1.8mの3段式ロケットを発射したが、1段目は日本海(発射地点から253Km)の公海上に、2段目は日本列島を飛び越え、発射地点から1646km離れた三陸沖の公海上に落下した。

 北朝鮮は国際機関に事前通告せず、不意に発射したが、当時三陸沖海域には漁船が多数操業し、民間航空機もミサイル通過時には7機飛来していた。事前通告せずに発射するとは、暴挙極まりなかった。仮に日本国内、あるいは米軍の三沢基地に着弾していれば戦争に発展したかもしれない。

 列島を飛び越えたことで日本では大騒ぎとなったが、北朝鮮は発射から4日経って、「人工衛星」を発射したと主張。発表が4日も遅れたことについては「打ち上げ成功を確認し、測定資料収集した後、慎重に公表した」と弁明していた。また、事前通告しなかったことについては「その国の主権に属する問題であり、誰に対しても事前通告する義務はない」と開き直っていた。

 北朝鮮は衛星である根拠として「4分53秒後に軌道に乗せた」とか、「衛星からモールス通信が27メガヘルツで地球上に電送されている」と主張していたが、奇妙なことに陸を接している韓国も、中国も、隣国の日本も含め北朝鮮以外のどの国も衛星も、北朝鮮が主張する470メガヘルツからのモールス通信も確認できなかった。その後、米国防総省と韓国国防部は「10kg程度の物体を軌道に乗せようとしたようだが、軌道に乗る必要な速度に達せず、失敗した」との公式見解を出した。

 日本政府は当初は中立的な用語である「飛翔体」と呼んでいたが、その後「事実上の長距離弾道ミサイル」に改めている。また米国は当初は「人工衛星運搬体」と「長距離ミサイル」との見方で揺れていたが、最終的には「テポドンミサイル」と表記している。韓国はミサイルでも、衛星でもない「長距離ロケット」という表現を使っていたが、今では日本と同様に「長距離弾道ミサイル」と呼称している。但し、韓国のメディアの一部は「宇宙発射体」との用語を使っている。

 国連安保理は1998年の時は報道発表(プレス声明)で「ロケット推進による物体を打ち上げた行為」と表記し、2009年4月の時は飛翔体については特定せず「4月5日の発射」という玉虫色の表現を使っていたが、一方で北朝鮮に対して「いかなる発射も行ってはならない」との議長声明を出していた。 

 しかし、2012年4月13日に北朝鮮が発射した時は「ミサイル発射は過去の安保理決議1718と安保理決議1874に対する深刻な違反である」と非難し、北朝鮮の発射を「ミサイル」と断定していた。

(参考資料:軍事(偵察)衛星発射に至るまでの北朝鮮の宇宙開発計画(月光計画) 全データを検証する!)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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