世界ミドル級王座再挑戦への階段を昇る“奇跡の男”
8月19日
WBC米大陸ミドル級王座決定10回戦
ニューヨーク ベストバイ・シアター
ダニエル・ジェイコブス(アメリカ/26勝(23KO)1敗/26歳)
TKO 3ラウンド2分5秒
ジオバ二・ロレンゾ(ドミニカ共和国/32勝(24KO)6敗/32歳)
Photo By Kotaro Ohashi
波瀾万丈の人生
元アマ王者として期待を浴びて2007年にプロデヴューし、2009年にはESPN.comが選ぶ年間最高プロスペクトに選出され、2010年にはWBO世界王座決定戦で手痛いKO負けを味わい、2011年には脊髄ガンを患っていることが発覚し、その後に19ヶ月のブランクを経て昨年10月に復活・・・・・・
リング内外を問わず、短期間にジェイコブスほど多くのアップダウンを経験したボクサーは他に存在しないだろう。
“ゴールデン・ボーイ”と呼ばれたオスカー・デラホーヤ氏の秘蔵っ子であるがゆえ、プロの世界に飛び込んだ頃には“ゴールデン・チャイルド”と称された。その後、ボクシングキャリアのみならず生命さえ脅かされた病を患うも、奇跡的に克服。26歳となったブルックリナイトは、今ではリングアナウンサーから“ミラクル・マン”と紹介されるようになった。
地元興行のメインイベンターの大役を果たす
ニューヨークで初めてメインイベンターを務めた19日のロレンゾ戦では、3ラウンドにロープ際で連打をまとめて鮮やかなストップ勝ち。これまで3度のタイトル挑戦(1度は暫定)の機会に失敗して来たロレンゾだが、そのすべてが判定負けとタフネスが売り物の選手でもあった。その相手に、ここでキャリアで初めてとなる痛烈なKO負けを擦り付けたことになる。
この日の興行は、新たに開局したFOXスポーツ1局とゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)が提携して始めた新シリーズ「Golden Boy Live!」の記念すべき第1回。その大舞台で、ジェイコブスはスター性を改めて誇示したと言って良い。
「自分だけのために戦ってるわけじゃない。ガンを乗り越えたボクサーとして、多くの人を代表しているんだと思っているよ。ロールモデルになっていくために、それらしく振る舞っていかなければいけないと考えているんだ」
ジェイコブスはことあるごとにそう語り続ける。もともと謙虚でフレンドリーな人柄でも知られる好漢だけに、今では地元の誰もがその成功を願っている感がある。
これで復帰後は4戦4勝4KO。慎重にマッチメイクされて来たが、ここで実績あるロレンゾ相手にこの4試合で最高の出来映えを披露したことの意味は大きい。まだ圧倒的な強さは感じられないものの、まずは順調にタイトル再挑戦への階段を上っていることは間違いないだろう。
今後のターゲットは
しかし、具体的にミドル級タイトル挑戦の青写真を考えると、実はオプションはそれほど多くはないのが現実ではある。
GBPの興行はSHOが独占的に放送していることを考えれば、HBOとの結びつきが強いWBC王者セルヒオ・マルチネス(アルゼンチン)、WBA王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)との早期の対戦は考え難い。先週土曜にIBF新王者となったダレン・バーカー(イギリス)は米テレビ局とのしがらみこそまだないが、今秋にフェリックス・シュトルム(ドイツ)との指名試合に臨むことがすでに確実視されている。
そんなジェイコブスのターゲットは、同じくGBP所属ゆえにこちらもビッグファイトの選択肢が少ないWBO王者ピーター・“キッド・チョコレート”・クィリン(アメリカ)となりそう。プロモーターだけでなくアドバイザーも同じアル・ヘイモン氏とあって、この2人の対決を成立させるのは比較的容易。ニューヨークとの結びつきも深い選手同士だけに、ブルックリンのバークレイズセンターで開催すれば大きな話題を呼ぶ興行となるはずだ。
ニューヨークを湧かせる決戦へ
「(クィリンとの)試合が決まればボクシングファンには興味深い一戦になるだろうね。“キッド・チョコレート”と僕は友人同士だから、選べるなら彼とはやはり戦いたくない。ただ、ボクシングのビジネスではそんなことは言えない。僕は僕の家族のため、彼は彼の家族のために戦う。“友だちとは戦えない”なんて言わず、やるべきことをやらなければいけないんだ」
ジェイコブスとクィリンが楽しそうに談笑している姿も実際によく見かけるが、2人ともプロ意識の強い選手だけに、交渉がまとまれば勝負に徹することは間違いない。19日のジェイコブスの試合を観戦に訪れていたクィリンも、「クィリン対ジェイコブス戦はニューヨークのボクシング界にとって良いカードだ」と言い残して帰って行った。
クィリンは10月にも次の防衛戦を予定しており、ジェイコブスとのタイトルマッチが実現するとすれば来春か。クィリン有利の予想が出されることになるだろうが、ジェイコブスがすでにリング外で不可能を可能にして来たことも忘れるべきではない。
多くの人々の想いを背負って戦う“奇跡の男”の行方から、今後もしばらく目を離すべきではないのだろう。