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『花子とアン』の村岡印刷に学ぶ紳士のつくり方

大宮冬洋フリーライター

真似してみたくなる人物がテレビの中にいることもある。最近は、NHK連続テレビ小説『花子とアン』に出てくる村岡印刷の英治(鈴木亮平)と郁弥(町田啓太)の兄弟だ。大正時代の若い紳士像を理想的に表していると思う。

紳士と言っても内面の話ではない。英治は病身の妻がいる身でありながら、自分に告白してきた未婚女性のはな(吉高由里子)を抱きしめたりしている。郁弥は郁弥でカフェの女給をしているかよ(黒木華)に雑草みたいな花を手に言い寄っている。どちらかといえば肉食兄弟だ。

ただし、外形というか「型」が美しいので許される。それどころか男からも女からも好意を持たれる。身だしなみ、立ち振る舞い、距離感の3つに分けて考えると、彼らの型が見えてくると思う。

まずは身だしなみ。兄弟は経営者なのに常にスーツ姿だ。体に合わせて仕立てられたものを清潔に着こなしている。ただし、スーツを何着も持っているわけではなく、「若いくせに着道楽」という印象は受けない。

奇抜な服装で自由人を気取る現代の若手経営者とは対極だ。外に出て仕事をするときの服装は、自分がリラックスしたり自己主張したりするためではなく、誰に会っても不快を与えないためにある。

次に立ち振る舞い。村岡兄弟はいつも上機嫌で礼儀正しい。姿勢もいい。誰にでもきちんと挨拶をし、呼ばれたら笑顔で返事をし、はっきりした丁寧語で話す。相手に対して、特に女性には失礼なことを口にしない。それでいて嫌味もない。スカしていると思われる危険もあるが、話す内容自体は飾り気がなく、自分なりの意見もあり、ユーモアも解する。感謝すべきときはきっちり礼を言い、謝るべきとは言い訳をせずに頭を下げる。……やはり好印象だ。

現在問題になっている都議会における暴言ヤジは真逆だと思う。男同士の幼稚な世界では、粗野な言葉を口にする男は強さをアピールできることもある。しかし、冷静に考えると、自分の感情をコントロールできずに言ってはいけないことを公の場で言ってしまい、しかも責任すら取れない男のどこが強いのだろうか。幼さと弱さの吐露でしかない。

最後に距離感。兄弟は情熱的ではあるが性急さや押しつけがましさはない。自分の気持ちはしっかり伝える一方で、相手の感情や状況を思いやる。親しいからといってベタベタはしない。タメ口や「ちゃん」付けはもってのほかだ。

以上の3要素を一言でまとめるならば「大人の余裕」であるが、小規模な印刷会社の若手経営者である村岡兄弟に余裕などあるわけがない。焦りや驕り、恨み、疲労、不安、嫉妬、欲望にさいなまされることもあるだろう。たまにはヨレヨレの服装で出社して、不機嫌な表情で暴言を吐きたいに違いない。

しかし、彼らはいつかどこかで決めたのだ。「紳士たれ」と。内面を伴わない取り繕いでもかまわない。自室で一人きりのときは自堕落なヘンタイになってもいい。とにかく他人には迷惑をかけない。自分たちが懸命に守っている「型」は、他人と気持ちよく働いて暮らし続けるために必要不可欠なものであり、社会人としての責任でもある。

村岡兄弟は教えてくれる。紳士とは、生来の素質ではなく、決意の結果なのだと。

フリーライター

僕は1976年生まれ。40代です。燦然と輝く「中年の星」にはなれなくても、年齢を重ねてずる賢くなっただけの「中年の屑」と化すことは避けたいな。自分も周囲も一緒にキラリと光り、人に喜んでもらえる生き方を模索するべきですよね。世間という広大な夜空を彩る「中年の星屑たち」になるためのニュースコラムを発信します。著書は『人は死ぬまで結婚できる』(講談社+α新書)など。連載「晩婚さんいらっしゃい!」により東洋経済オンラインアワード2019「ロングランヒット賞」を受賞。コラムやイベント情報が読める無料メルマガ配信ご希望の方は僕のホームページをご覧ください。(「ポスト中年の主張」から2017年3月に改題)

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