地元から盛り上げる。なでしこリーグ昇格を目指す4チームのプレーオフが熱い!
【昇格を目指す戦いがスタート】
6月からカップ戦のために中断期間に入っていたなでしこリーグが、9月10日に再開される。
だが、今回取り上げたいのはトップリーグの話ではない。リーグ3部にあたる「チャレンジリーグ」だ。
なでしこリーグの1部と2部が各10チームで争われているのに対し、チャレンジリーグは12チームで行われており、東西に分けた6チームずつでシーズン15試合を戦う。今季リーグ戦はすでに全日程を終えており、来期2部に昇格するチームを決める上位プレーオフがスタートした。
このプレーオフ(※)が熱い。
8月28日に行われた初戦では、オルカ鴨川FC(EAST1位)とバニーズ京都SC(WEST2位)の一戦が注目を集めた。
チャレンジリーグには、地元から女子サッカーを盛り上げようと力を入れる新進気鋭のチームがいくつかあり、オルカ鴨川FCとバニーズ京都SCはその代表格でもある。可能性を秘めた若い選手もさることながら、なでしこリーグでのプレー経験を持つ20代後半から30代のベテラン選手が多いのも、この2チームの特徴だ。出場機会を求めて移籍してきた選手もいれば、なでしこリーグで引退した数年後に、チャレンジリーグで復帰するケースも増えている。
ベテランのプレーには、若い選手たちが見せるアグレッシブさやダイナミックさとは違った魅力がある。球際の激しい攻防の中で、相手をいなすテクニックや駆け引きなどの”味のある”プレーや、勝負どころを抑えた試合運びなどには、トップリーグで戦った経験が存分に生かされている。
(※)プレーオフは東西各上位2チームずつの4チームによる総当たり戦で行われ、1位が来期2部に昇格。2位のチームが、2部の9位チームと入れ替え戦を行う権利を得る。3位以下はチャレンジリーグ残留。
【個性的なチームカラーを持つオルカ鴨川FCとバニーズ京都SC】
オルカ鴨川FC(以下:オルカ)は、千葉県鴨川市を本拠地として2014年に創設された。「亀田メディカルセンター」という大きな母体(スポンサー)を持ち、系列の亀田総合病院で選手を雇用するなど、サッカーだけでなく、選手の生活面のサポートにも力を入れている。チームを指揮する北本綾子監督は、2010年までは1部の浦和レッズレディースでプレーし、なでしこジャパンのFWとしてアジアカップなどで活躍した実績も持つ。
1部リーグを経験したベテラン勢の活躍もあり、チームは千葉県2部リーグからわずか2年という異例の早さでチャレンジリーグまで上がってきた。さらに、チャレンジリーグ初年度の今季のリーグ戦は、13勝2敗で首位に立ち、その内容も35得点2失点という充実ぶりである。
その勢いは、サポーターの数にも表れている。今季リーグ戦、ホームでの7試合の平均観客数は968人。2部リーグのチームでも1試合平均、1,000人近い観客をコンスタントに動員できるチームは少ない。
一方、京都市を本拠地とするバニーズ京都SC(以下:バニーズ)は、「ポゼッションサッカー」という明確なカラーを掲げて昇格を目指すチームだ。自陣ゴール前から相手ゴールまで、細かくパスを回し続ける。今季リーグ戦はWEST6チーム中2位だったが、目指すサッカーの内容に結果も伴ってきている印象だ。
バニーズも、教育サービスを主体とする「成基コミュニティグループ」という、安定した経営母体を持つ。U-18、U-15のサテライトチームや幼児向けのサッカースクールなど、育成年代である下部組織の活動にも力を入れており、チームの戦力になり得る選手の動向に対しては、確かな目を持つスタッフが広くアンテナを張り巡らせている。長期的な目標として「日本一」を掲げるだけあって、強化方針は合理的かつ大胆だ。
こうして見ると、この2チームの昇格にかける「本気度」が伝わってくる。
リーグの中には、経営母体が安定していて、良い選手を抱えているのに、フロントから「チームを良くしよう」という情熱が感じられないチームもある。そういうチームは、昇格(優勝)もせず、降格もせず、無難な順位をキープすることはできても、トップに立つことはできない。そう考えると、この2チームが感じさせる「未来」はとても楽しみである。
【2点のビハインドをひっくり返したホームの力】
オルカも、バニーズも、このプレーオフ初戦に並々ならぬ思いをかけて臨んでいた。リーグ戦と違い、プレーオフは一発勝負。ここで勝たなければ、リーグ戦で積み上げてきたものも報われないし、初戦の流れは2戦目以降にも影響する。
その思いは、サポーターも同じだった。
チャレンジリーグは無料試合がほとんどだが、鴨川市陸上競技場で行われたこの試合は有料試合(当日券/大人は1000円)となった。それでもチケットは完売し、スタンドには1171名の観客が詰めかけ、通路も立ち見でいっぱいに。9割方は、オルカのチームカラーである青いユニフォームやタオルマフラーなどのアイテムを身に付けていた。地元の合唱団や吹奏楽団による演奏がスタンドを盛り上げ、あちこちからコールが始まり、魂のこもったかけ声が飛ぶ。
試合は、そんなホームの声援をバックに、オルカが序盤から積極的な攻撃を展開。長短のパスを織り交ぜながら、松長朋恵・佳恵姉妹(双子)や佐藤衣里子、木原梢らベテランを中心とした中盤の選手たちが積極的な攻撃を仕掛けていった。しかし、バニーズは「”どのぐらい、うちが気持ちよくプレーできるテンポに落とすか”ということがポイントでした」(バニーズ、千本哲也監督)と、相手のペースに合わせることなく、丁寧につなぐことを徹底。
その意図をしっかりとピッチで表現したバニーズが、前半11分にFW西川樹のゴールでリードを奪う。さらに、29分にはFW吉越ひかりのクロスのこぼれ球をMF松田望が押し込んで2-0と差を広げた。
だが、厳しい状況にも関わらず、オルカの北本監督は戦い方を変えることはしなかった。
「点を取られた場面以外はとてもいいサッカーをしていました。ハーフタイムには、自分たちがやろうとしていたサッカーをやれていたことと、後半も続けてやれば絶対に逆転できるよ、と伝えました」(北本監督)
そして、試合は後半の45分間、ドラマチックに展開された。
まず、後半開始早々の50分にスピードを持ち味とするオルカのFW平野里菜が前線でクロスボールに合わせて1点を返すと、その11分後には、チーム立ち上げ時からのメンバーでもあるMF佐藤が豪快な左足ボレーを決め、同点に追いついた。
会場の空気は完全にオルカ一色。だが、バニーズもここで冷静さを失うことなく、しっかりと繋いで再び流れを引き寄せにかかった。しかし、オルカは身体を張った守備でこの時間を凌ぐと、試合終了間際の88分にはMF松長(朋)が左足でスーパーゴールを決めて試合をひっくり返したのだ。
スタンドは歓声とも雄叫びともつかないような轟音に包まれ、試合は3-2とオルカが劇的な逆転勝利で、90分間の死闘に幕を下ろした。
【明暗を分けた大舞台のプレッシャー】
最終ラインで身体を張り続けたオルカのキャプテン、CBの柴田里美は試合をこう振り返る。
「リーグ戦と違ってこの1試合しかないので、いつもよりも強い気持ちで、地域の皆さんや、チームを支え続けてくれた方々への感謝の思いを勝利でお返ししたいという思いで臨みました。(サポーターの)皆さんの声も音楽も良く聞こえて、だからこそ最後まで足を止めずに勝てたんだと思います」(柴田)
同じリーグでも、オルカは東のリーグ、バニーズは西のリーグで戦っていたため、実は対戦するのはこの試合が初めてだった。北本監督は、勝因をこのように分析する。
「今日はバニーズという強い相手だったからこそ、コツコツと積み上げてきた広がりのあるサッカーを表現できたと思います」(北本監督)
プレーオフ初戦をホームで迎えるという状況は、ホームの声援を受けて戦える心強さもあるが、捉え方によっては相当なプレッシャーもかかる。だが、オルカはその状況をアドバンテージに転じるメンタルの強さを見せた。
北本監督は、昨年までオルカで監督兼選手としてプレーをしていたこともあり、同じプレイヤー目線で選手の心情に寄り添えるのは強みだろう。若くして指導者を目指し、現役を引退して監督業に集中するようになって1年目。現在33歳の北本監督は、チーム内に自身より年上の選手もいる中で、若い選手とベテランを上手く調和させている。
ナチュラルで気さくな人柄だが、言葉の選び方や情熱の伝え方には、カリスマも感じさせる。
「自分が他から吸収するものがないと、選手にはそれ以上のものは伝わらないと思うんです。自分は監督として経験が浅く、練習でも試合でも、どれだけ集中して選手に(自分の考えを)伝えられるか、ということは常に勉強中です。相手は自分よりも経験を持った監督さんばかりですが、心では負けないようにしています」(北本監督)
一方、バニーズの千本監督は試合後、ピッチ上で一点を見つめ、何かを考え続けていた。
「1点差を追いつかれたり、ひっくり返されることはこれまでにもありましたし、競った試合で事故が起こることは初めてではないんです。これがリーグの試合だったら、こうはならなかったのかもしれません。リーグ戦で一番結果を出しているチーム(オルカ)にアウェイで勝ったら、勝ち点3以上の価値があるということは、暗黙の了解としてありました。だからこそ、力が入ってしまって視野が狭くなったり、パスが強くなったり、普段ならチャレンジできていたところで無難なプレーを選んでしまったり。早い時間に1点を返されて、『もうミスできない』という心理的な影響もあったんじゃないかと思います」(千本監督)
いつもなら2点で満足せず、リスクを負っても貪欲に追加点を狙いに行ったはずだ。その点、心理的なプレッシャーをプラスに転じたオルカとは対照的であり、それが試合の明暗を分けた要因とも言える。
ただ、試合には敗れたバニーズも、特徴のあるサッカーのスタイルはしっかりと見せていた。
「1-0で勝つチームではないんです。3-1とか、4-2というスコアはよくあることです。もちろん負けたらあかんのですけれど、やはり、見ている方にとって面白いサッカーがしたい。ずっとやってきたそのサッカーをもう1回信じて、まずは自分たちの立ち位置に戻ること。残り2連勝すればまだまだチャンスはありますから」(千本監督)
9/4(日)と9/11(日)の2試合で、運命は決まる。残念ながらテレビでの中継などはないため、ぜひ会場に足を運び、チャレンジリーグの魅力を堪能されてはいかがだろうか。
チャレンジリーグ日程 http://www.nadeshikoleague.jp/2016/cl_playoff1/