「W杯ではメッシやネイマールを見ています」。MF祐村ひかるの3人抜きゴールでEL埼玉がホーム3連勝!
【チャンスメーカーから点取り屋への進化】
その瞬間、スタンドがどよめいた。
右サイドでボールを受けると、対峙するディフェンダー3人を軽やかなタッチでかわし、ゴールにパスをするように左足でネットを揺らした。
熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で行われたWEリーグ第6節。ちふれASエルフェン埼玉対サンフレッチェ広島レジーナの一戦は、EL埼玉のFW祐村ひかるが前半8分に決めたゴールが決勝点となった。ゴールに向かって直線的に勝負を挑む祐村のプレーはファンを熱くさせ、試合後は喝采を浴びた。
「チーム練習でよく守備陣に1対1に付き合ってもらっていて、スライディングでコースを消された時にドリブルでもう一つ運んでかわしてからシュートを打つようにしていたら、ゴール前で余裕を持てるようになりました。1対1の場面ではまず仕掛けてゴールに向かうことを意識していて、それが今日のゴールにつながったと思います」
祐村は武蔵丘短期大学を卒業後、EL埼玉に加入して5年目に突入。相手の背後に抜け出すスピードや、推進力のあるドリブル、どこからでもシュートを狙うゴールへの嗅覚が魅力のアタッカーだ。
トレードマークは、前髪をおでこの上でまとめる"ちょんまげ"スタイル。目が三日月のようになる無邪気な笑顔は癒し系で、素顔は闘争心とは無縁の雰囲気だが、ピッチ上では相手を容赦なく出し抜く。
忘れられない試合がある。2019年冬の皇后杯準決勝。当時なでしこリーグ2部だったEL埼玉が、リーグ王者で大会2連覇中だった東京NBをギリギリまで追い詰め、ハイレベルな攻防が話題になった一戦だ。EL埼玉は大雨の中で王者と互角の戦いを繰り広げ、祐村は途中出場で、鮮やかな連係から同点ゴールを決めた。スーパーサブからレギュラーへ、脇役から主役へ。一つずつ、階段を上ってきた。
2020年12月に代表選手を発掘するキャンプに招集され、今年4月の代表国内合宿で、正式に候補入りを果たした。
それまで世代別も含めて代表経験がなかった祐村は、初選出の感想を訊ねる報道陣に対し、「代表で戦う選手たちを、これまでファンのような感覚で見ていました」と、率直な気持ちを明かした。そして、速さ自慢のアタッカーが集う中でも「裏に抜けるタイミングには自信があります」と、頼もしい言葉を残した。
だが、昨季のWEリーグでは結果を残せなかった。EL埼玉は11チーム中最下位でフィニッシュ。祐村は19試合に出場して3ゴールを決めたが、勝利試合のヒロインにはなれなかった。
今季から指揮を執る田邊友恵監督が掲げたのは、得点プラス10、失点マイナス10。ここまでの6試合は3勝3敗だが、1試合当たりの平均得点数は0.65から1.33に増え、失点は1.65から1.33に減っている。
そして、ホーム3試合はすべて勝っている。昨季はホーム10試合で勝利が2つだったことを考えれば、大きな進化だ。
その中心に、祐村がいる。広島戦のゴールは、WEリーグ2年目で初の決勝点だった。
何が進化しているのか。
考えられる要因の一つは、システム変更で個々のストロングポイントを生かしやすくなったことだ。
変化が見られたのは、第4節の千葉戦。田邊監督は最終ラインを4バックから3バックに、前線を1トップから2トップに変えて、攻守の狙いを明確にした。2トップで祐村とコンビを組むのは、同じくスピードとテクニックを備える20歳のFW吉田莉胡だ。田邊監督はその狙いをこう話す。
「どのチームも中に上手い選手がいるので、中央をしっかり固めるために2トップにしています。なおかつ、推進力のある2人が前にいることで、相手がボールを握っていても余裕を持てないようにして、常に前向きでボールを奪いたいと思っています」
その狙い通り、ショートカウンターや背後を狙った攻撃でチャンスを作る回数は増え、千葉戦以降の3試合で祐村が3ゴール、吉田が1ゴールを記録。5節では昨年王者のI神戸に0-3で完敗したが、強度や状況に応じたゲームマネジメントなど、新システムの完成度を高めるためのレッスンとなった。
広島戦ではボールを持たれる時間が長かったが、祐村はマイボールになると巧みなキープでチームを助けた。それを可能にしているスキルが、2020年までチームを率いた菅澤大我監督に教わったという「後ろ向きターン」だ。後ろ向きで、相手からボールを隠して反転し、プレッシャーをかいくぐる。
「最近よくボールを取られるな、何でやろう?と考えた時に、ターンが前向きになっているなと。それで菅澤前監督に教わった『後ろ向きターン』を思い出して意識するようになってから、余裕を持ってキープできるようになりました。落ち着いてポジショニングを取れば、フリーでシュートを決められることも教わりました」
【さらに「怖い」ストライカーへ】
「猪突猛進」。「感覚的」。
祐村は自分のプレーについてそう表現したことがある。その爆発力やビジョンは、パスの出し手との連係を深めることでより相手にとって怖いものになる。田邊監督は言う。
「サッカー観があって、力を抜くところと入れるところがわかっている選手です。ただゲーム展開によっては糸の切れた凧(たこ)のようになってしまうこともあるんです。ピッチ内で声をかけ合って、繋がりを持ち続けていくことが、チームとしての伸びしろでもあります」
祐村自身もその重要性を自覚している。心がけているのは、守備陣とアイコンタクトを交わし、味方がどちらの足でボールを持った時に動き出すか、タイミングを合わせること。
興味深いのは、「お互いが自由にボールに触ってプレーしたいタイプ」(田邊監督)という吉田との関係性だ。その感覚的な動きから、2人で鋭いカウンターを完結させることもある。
「プレーについて2人でじっくり話すことはあまりないのですが、リコも自分でゴールを取りたいと思うので。いい距離感にいるようにしながら、なるべくパスを要求しないようにして、リコの感覚に任せています」(祐村)
感覚的なプレーは味方にとっても予測しにくく、裏目に出ることもあるだろう。2人の特長やゴールへの嗅覚がさらに呼応するようになれば、さらに怖い武器になるに違いない。吉田の特徴ももっと生かせるように、チームとして新たな形を模索中だと田邊監督は言う。
「ワールドカップでは、メッシやネイマールのプレーをよく見ています」と、祐村は目を輝かせた。
連係を高め、1対1や駆け引きの勝率を上げながらコンスタントに点を取り続けることができれば、それまで見えなかった新たな世界が開けてくるはずだ。
*表記のない写真は筆者撮影