「なぜ日本から彼のような才能が現れなかったのか?」と思わずにいられない!タイの俊英をいち早く特集
1977年にスタートし、これまで黒沢清、李相日、荻上直子、石井裕也ら160名を超えるプロの映画監督を輩出してきた<ぴあフィルムフェスティバル>(※以下PFF)。
映画の未来を担う才能が集う場所であるとともに、映画という文化を未来へとつなぐ場所でもあるPFFは、昨年9月に東京で開催され、メイン・プログラムのコンペティション<PFFアワード2021>の各賞が発表された。
ただ、PFFの開催は東京のみで終わりではない。
年が明けたこれから各地方での開催へと入り、東京開催とはまたひと味違ったラインナップのプログラムを届ける。
その地方開催の皮切りとなる<第43回ぴあフィルムフェスティバル in 京都>が本日8日(土)にスタート。
開催を前に、荒木啓子PFFディレクターに京都開催の試みやプログラムについて話を訊いた。(全三回)
日本のカルチャーから多大な影響を受けるタイの新鋭をいち早く大特集!
まず、個人的なことからになってしまうが、昨年行われた東京開催で最も驚かされたのが特別招待作品として特集が組まれたタイのナワポン・タムロンラタナリット監督の作品にほかならない。
ナワポン監督は、世界がその才能に注目するタイの新鋭。現在37歳ながらすでに長編監督作が7本を数え、その作品が釜山やヴェネチア、ベルリンなど世界の名だたる映画祭で高く評価されている。
その作品は北野武や岩井俊二といった海外でも人気の高い日本人監督や、マンガをはじめとする日本のカルチャーからの影響を色濃く感じさせるもの。
ただ、それら多様なものを通して、もう誰もマネできないオリジナルな作品世界を確立させている。
ピックアップする題材やいわゆる主題やテーマは、青春や恋など、とりたてて目新しいものではない。
しかも、映画を成立させる、最低限の要素で作品は構成されているというか。
映像にしても、演出にしても、物語にしても『過多』で『過剰』なことが当たり前となったいまどきの作品と比べると、「それだけで大丈夫?」と心配になるほど作品を構成する要素は限られている。
でも、なんの過不足も感じさせない。至ってシンプルな作品ながら、豊かな作品世界と映画表現がそこには広がっている。
正直なことを言うと、日本のカルチャーに囲まれているであろう日本から、なぜ彼のような才能が生まれなかったのか?とちょっと愕然とする。
また、大阪アジアン映画祭や東京国際映画祭で紹介されてきたものの、これまで日本で劇場公開された彼の作品は昨年から上映が続く「ハッピー・オールド・イヤー」のみ。
彼のような日本に所縁のある才能が生まれていることが、あまり伝えてこられなかった。
その中で、今回のPFFでの大特集は、長編6本に、短編3本をまとめた「ハッピー・オールド・フィルムズ1」、短編、CM、ミュージックビデオなど16編をセレクションした「ハッピー・オールド・フィルムズ2」を加えた8プログラムを上映。
ほぼ彼のキャリアを網羅した回顧特集に近いラインナップが組まれた。
なぜ日本から、彼のような才能が、彼のような作品が生まれなかったのか
まず、ナワポン監督作品との出会いを荒木ディレクターはこう振り返る。
「彼に出会ったのは2012年の釜山映画祭でのこと。長編処女作の『36のシーン』が出品されていて(※最終的に釜山映画祭ニューカレンツ部門で最高賞を受賞)、同映画祭で見る機会を得ました。
率直な感想は、まったくいままでにないタイプの才能を秘めた監督が出てきなたと思いました。
その一方で、アジアの映画シーンを考えると、出るべくして出てきた才能だなとも思いました。
もうこれは彼の作品をみれば一目瞭然なのですが、ほんとうに日本映画が好きなことがわかる。岩井俊二監督とか。
実際、彼は日本映画が大好き。そのほかあらゆる映画を見てきている。
それらの影響をそのまま自分のものにして、自分の映画文体を作ってしまっている。
『36のシーン』は、下手な物語作りをしていないといいますか。実際に自分の目で見て、頭の中できちんと考えたものを描いている。
既存の物語にまったく毒されてないところがほんとうに素晴らしくて。これは恋愛映画ですとか、これは冒険映画ですといった、形式から物語作りが始まっていない。
人と人との関係や出会いからひとつの物語が生まれてきている。人と人をしっかりと見つめているから、話に無理がない。
過去の映画からいろいろと学んで、そこから自分ならではの新しい語り口を見つけ出して生み出している。
で、『映画とはなんぞ』といった感じに頭でっかちにならず、『映画とはかくあるべき』といった定義のようなものにも縛られないで、軽やかに自由に作っている印象を受ける。
ほんとうに自分が愛する映画から多くのこと学んで吸収して、それをお手本に自分ならではの映画を作っているのが素晴らしい。
岩井監督の影響を受けた若い映像作家は日本にもかなりいますけど、彼のような才能は残念ながら出てきていない。
なぜ、いいお手本に囲まれているはずの日本から、彼のような才能が、彼のような作品が生まれなかったのかなと、残念に思いました。
それが彼の作品と出合ったときの率直な感想でしたね」
日本のカルチャーから受けた影響を独自の表現に消化していった才能
その中で、今回、特集上映に至った経緯をこう明かす。
「釜山(国際映画祭)で彼の作品に出合って、その才能に驚いたわけですけど、その後、彼はコンスタントに作品を発表して、海外映画祭で高い評価を受けていきました。
たとえば『36のシーン』に続く、2013年の『マリー・イズ・ハッピー』は、演技初挑戦の若手俳優を起用した女子高生の物語ですけど、ヴェネチア国際映画祭に出品され、2017年の『ダイ・トゥモロー』は、フィクションとインタビューを織り交ぜたかなり実験的な作品ですが、ベルリン国際映画祭への出品を受けていました。
年を追うごとに世界の映画祭で注目を集める存在になっていった。
日本でも大阪アジア映画祭と東京国際映画祭で紹介されていましたが、もっとフォーカスを当ててもらいたい存在だと思い続けてきました。一挙に見ると、他にない才能であることを感じてもらえるのではないかと思いつつ、PFFは長くアジアの才能を紹介することを一歩控えてきたので、なかなかチャンスがなかった。
しかし、昨年、ハッピーオールドイヤーが初めて日本公開され、いよいよデビュー10年ということで、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督だけではないタイの才能を知ってもらいたいなと、思い切って企画しました。
ナワポン監督は、これからもっと有名になっていくと感じています。
また、彼以外にも、日本のカルチャーから受けた影響を独自の表現に消化していった才能は、これからもできるだけ紹介して行きたいなと、今回改めて思いました」
上映前にナワポン監督が作品について語ったビデオメッセージを上映
この特集上映のことは、ナワポン監督自身、とても喜んでくれたという。
「とにかく日本のカルチャーが大好きな人ですから、劇場に来てくださった方にお渡しするパンフレットに、彼がその日にあげた好きなものを載せたんですけど、わたしたち日本人より日本に詳しいのではないかと思うぐらい、いろいろなものを挙げている。
それぐらい日本に関心を寄せてくれる上、さきほど触れたちょうど監督デビュー10周年にもあたるということで、とても喜んでくれました。
ただ、ひとつ残念だったのは来日できなかったこと。
ご本人もコロナ禍で日本に行けないことをとても残念がっていました。
今回も会場にはお越しになれないんですけど、各作品の上映前にナワポン監督がそれぞれの作品について語ったビデオメッセージを上映します。
そちらでナワポン監督の声に触れてもらえればと思います」
ほんとうにナワポン・タムロンラタナリットという監督とその作品に出合うことを個人的にも切に願うが、荒木ディレクターはとりわけ若い映画作家にみてほしいと明かす。
「彼の作品を見ると、日本の若い映画作家、これから映画の道を志している人たちは、勇気づけられるというかな。いい意味で、気が楽になると思うんです。
いまの日本の社会をみていると、なんともいえない閉そく感に包まれている。
なにか他人の顔いろやその場の空気ばかり気にして、自分の意見や自分の価値観を出すことがはばかられる
それは若い人たちの映画作りにも影響している気がしてならない。
誰かの作品に似たら批判を浴びそうで怖いとか、なにか目に見えないものにしばられて縮こまっている。
でも、ナワポン監督の作品を見ると、ちゃんと自分の価値観を出して、自分の好きなものを追求していけばいい。好きな映画のマネをしても恥かしくないんだと、思えるんじゃないかと。
誰かの影響を受けても、自分に力があったら、それを超えてオリジナルなものになる。そのことがわかる。
だから、ナワポン監督の作品を見ると、映画を志す人たちは勇気をもらうんじゃないかなと思っています。
ナワポン監督の作品をこれだけ一挙に見れるチャンスは今後もそうそうないと思います。
この機会にナワポン監督作品に出合っていただけたらうれしいです」
(※第二回に続く。次回はメイン・プログラムのPFFアワードなどについて訊きます)
<第43回ぴあフィルムフェスティバル in 京都>
会期:1月8日(土)~16日(日) ※11日(火)は休館
会場:京都文化博物館(京都府京都市中京区東片町623−1)
タイムテーブルやチケットなどの詳細は
「第43回ぴあフィルムフェスティバル in 京都」公式サイトへ