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「北朝鮮は非核化しない」「統一より平和共存」…韓国世論のリアル

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
18年4月の南北首脳会談での南北両首脳。「民族の春」とある。写真は合同取材団。

韓国市民は、北朝鮮や金正恩政権についてどう考えているのか。最新の広範囲な世論調査の結果が発表された。そこから見えるのは、現実的な判断と理想の間で揺れる韓国市民の姿だった。詳細をまとめた。

●信頼度の高い世論調査

韓国の国策シンクタンク統一研究院(KINU)は13日、「KINU統一意識調査2019」の結果を発表した。

この調査は90年代以降毎年行われているもので、ソウル大学平和統一研究院の統一意識調査と並び、韓国市民の統一意識の移り変わりを知る際の代表的な資料として位置づけられている。

(参考過去記事、2017年)韓国民の約半数が統一望まず 深まる南北の溝

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20171026-00077391/

調査の特徴は、1000人あまりに対する「対面調査」にある。あらかじめ訓練を受けた調査員が200余の質問について直接質問するため、その信頼度について定評がある。調査は今年4月5日から25日にかけて、全国1003人を対象に行われた。

研究院側は、調査結果をまとめた資料について、▲統一への認識、▲北朝鮮に対する認識、▲統一・北朝鮮政策への認識、▲価値観・理念・問題の所有権、▲ジェンダーという5項目に分け、その認識と推移を分析した。

今回、刊行された速報形式の報告書には41の項目の調査結果がまとめられている。以下、これらの項目をまたぎ、筆者が現時点で重要だと見なす10の質問について整理した。

(1)統一への認識

<あなたは南北間の統一がどれほど必要だと考えますか?>という質問について、回答を「とても不必要、別に不必要、若干必要、とても必要」の4段階で聞いた結果、65.6%が「統一が必要(若干必要+とても必要)」と答えている。これは昨年の70.7%よりも5.1%ポイント減少したものだ。

統一研究院の結果は黄線だ。ソウル大の統一平和研究院の結果(青線)も添えられている。縦軸が統一必要性、横軸は調査年度だ。2017年に緊張が高まった際には落ち込んだ。KINU資料集より。
統一研究院の結果は黄線だ。ソウル大の統一平和研究院の結果(青線)も添えられている。縦軸が統一必要性、横軸は調査年度だ。2017年に緊張が高まった際には落ち込んだ。KINU資料集より。

統一研究院の李相信(イ・サンシン)研究委員はこの結果について、「南北対話の雰囲気が上昇した2018年の結果が、例年の水準に戻ったもので統一の必要性が下がった訳ではない」と分析した。

(2)統一か平和共存か

<南北間が戦争をせず平和的に共存できるならば統一は必要ない>という質問については、平和共存を求める声の方が高かった。

「全く同意しない、別に同意しない、普通、多少同意する、とても同意する」5段階の回答で、「多少同意する、とても同意する」を『平和共存』、「全く同意しない、別に同意しない」を『統一』と割り当て、前者から後者を引いたものを『平和共存を望む度合い』として提示した。

「南北間の平和共存」グラフ。平和共存(緑)、統一(橙)、そして平和共存を望む度合い(黄)。KINU資料集より。
「南北間の平和共存」グラフ。平和共存(緑)、統一(橙)、そして平和共存を望む度合い(黄)。KINU資料集より。

2019年、『平和共存』を望む人は49.5%、『統一』を望む人は28.8%となり、その差は年々広がっている。年代別には、20代→40代→30代→50代→60代以上の順で平和共存を望む割合が多かった。20代(36.6%)と60代以上(10.2%)の差は顕著だ。

また、男性(12.7%)よりも女性(28.8%)が『平和共存』をより望んでいるという結果も得られた。

前出の李研究委員は一連の数字について、「民族主義を基盤とする統一理論の効力が失われている」と分析した。

さらに、「これまでは『どうやって統一をするべきか』という議論だけが存在し、『統一韓国はどんな姿になるべきか』、『統一のためにどの程度の対価を払うべきか』などの議論がなかった」としながら「統一に対する新たな国民的な合意が必要であることを示唆している」とした。

(3)民族主義的統一観の変化

<南北が一つの民族だからと言って、必ずしも一つの国家を作る必要はない>という質問については、「脱民族主義的」な傾向が明らかになった。

「全く同意しない、別に同意しない、普通、多少同意する、とても同意する」5段階の回答で「多少同意する、とても同意する」を『民族主義統一』に、「全く同意しない、別に同意しない」を『脱民族主義統一』と割り当てた。

その結果『民族主義統一』が26.7%、『脱民族主義統一』は41.4%だった。

「統一と民族」グラフ。青線が民族主義統一、橙が脱民族主義統一だ。差が一気に広まったのが分かる。KINU資料集より。
「統一と民族」グラフ。青線が民族主義統一、橙が脱民族主義統一だ。差が一気に広まったのが分かる。KINU資料集より。

この質問項目は2017年の調査より組み込まれたものだ。

李研究委員はこの結果について報告書の中で、「民族主義的な統一観の変化が、統一を望まない国民が増えているという解釈にはつながらない。統一を成就すべき理由としての民族主義が、大部分の国民に説得力を持てないということを表している」と分析した。

さらに、「南北の経済的な飛躍、大陸への進出、朝鮮半島の平和など統一すべき理由は他にあり、民族主義はその中のひとつに過ぎない」とも見立てた。

なお、「脱民族主義的な統一観」を持つ世代は、20代→40代→30代=50代→60代以上の順となった。20代は49.7%、60代以上は34.0%だった。

(4)北朝鮮への関心度

<あなたは北朝鮮に対してどれほど関心がありますか>という質問には、「別に関心がない(44.1%)→多少関心がある(39.3%)→全く関心がない(10.2%)→とても関心がある(6.4%)」順だった。

北朝鮮についての関心度。2015年から19年までの推移だ。表は上から「全く関心がない(水色)」「別に関心が無い(橙)」「多少関心がある(灰)」「とても関心がある(黄)」の順。KINU資料集より。
北朝鮮についての関心度。2015年から19年までの推移だ。表は上から「全く関心がない(水色)」「別に関心が無い(橙)」「多少関心がある(灰)」「とても関心がある(黄)」の順。KINU資料集より。

関心がない層(54.3%)が関心のある層(45.7%)よりも低いのが特徴だ。

(5)金正恩政権への信頼度

<あなたは現在、金正恩政権が対話と妥協が可能な相手と考えますか>との質問には、「多少そうだ(30.2%)→別にそうではない(29.1%)→普通(27.3%)→全くそうではない(10.1%)→とてもそうだ(3.3%)」の順だった。

金正恩政権信頼度。2016年から19年までの推移だ。表は上から「全くそうではない(水色)」「別にそうではない(橙)」「普通(灰)」「多少そうだ(黄)」「とてもそうだ(青)」の順。KINU資料集より。
金正恩政権信頼度。2016年から19年までの推移だ。表は上から「全くそうではない(水色)」「別にそうではない(橙)」「普通(灰)」「多少そうだ(黄)」「とてもそうだ(青)」の順。KINU資料集より。

「とてもそうだ」「多少そうだ」という肯定的な答えは2017年(8.8%)→2018年(26.6%)→2019年(33.5%)と年々上昇している。一方、否定的な答えも年々下がっている。2017年は76.3%だったのが、2019年は39.2%と約半分になった。

このパートを担当したチョン・ウンミ副研究院は報告書の中で「北朝鮮の挑発行為の中断、平和的な南北関係の持続は金正恩政権への信頼度回復に大きく作用する」としている。なお、今回の世論調査は5月4日、9日と続いた北朝鮮のミサイル発射前に行われている。

(6)金正恩政権との妥協を追求すべきか

<あなたは上記(5)の質問と関わりなく、現在の金正恩政権と対話と妥協を追求すべきと考えるか>との質問には、「多少そうだ(41.5%)→普通(29.5%)→別にそうではない(15.0%)→とてもそうだ(9.9%)→全くそうではない(4.2%)」の順だった。

金正恩政権との妥協追及。16年から19年までの推移だ。表は上から「全くそうではない(水色)」「別にそうではない(橙)」「普通(灰)」「多少そうだ(黄)」「とてもそうだ(青)」の順。KINU資料集より。
金正恩政権との妥協追及。16年から19年までの推移だ。表は上から「全くそうではない(水色)」「別にそうではない(橙)」「普通(灰)」「多少そうだ(黄)」「とてもそうだ(青)」の順。KINU資料集より。

チョン研究委員はこの項目について「16年の調査開始以来はじめて肯定的な答えが50%を超えた」と指摘している。

さらに「金正恩政権を対話と妥協が可能な対象として完全に信頼する訳ではないが、南北関係の進展と非核化および平和定着のために、金正恩政権と対話を続けていかなければならないという、韓国国民の現実的な北朝鮮への認識が強く表れている」と分析した。

(7)北朝鮮による「赤化統一」の追求

<北朝鮮は赤化統一(韓国を攻撃する武力統一。共産化のためこう呼ばれる)を望んでいる>との質問には、「普通(33.6%)→別に同意しない(31.7%)→多少同意する(23.9%)→全く同意しない(5.9%)→とても同意する(4.8%)」の順だった。

北朝鮮の赤化統一追及。16年から19年までの推移だ。表は上から「全く同意しない(水色)」「別に同意しない(橙)」「普通(灰)」「多少同意する(黄)」「とても同意する(青)」の順。KINU資料集より。
北朝鮮の赤化統一追及。16年から19年までの推移だ。表は上から「全く同意しない(水色)」「別に同意しない(橙)」「普通(灰)」「多少同意する(黄)」「とても同意する(青)」の順。KINU資料集より。

この項目についてチョン副研究委員は「北朝鮮が赤化統一を望むと考えない比率が持続的に増加している」とした。

さらに「『北朝鮮が望むものは赤化統一よりも体制安定と経済発展だ』という見解に対し、全体の応答者の50.8%が『同意する』と答え、北朝鮮の赤化統一を望むという考えに同意しない韓国の国民が多い点が再確認された」と主張した。

(8)北朝鮮による核放棄の可能性

<あなたは北朝鮮が核兵器の開発を放棄すると考えるか>という質問についての回答は「放棄しないだろう(72.4%)→長期的には放棄するだろう(23.3%)→近い内に放棄するだろう(4.3%)」の順だった。

北朝鮮による核放棄の可能性。16年から19年までの推移だ。表は上から「近い内に放棄する(水色)」「長期的に放棄する(赤)」「放棄しない(緑)」の順。KINU資料集より。
北朝鮮による核放棄の可能性。16年から19年までの推移だ。表は上から「近い内に放棄する(水色)」「長期的に放棄する(赤)」「放棄しない(緑)」の順。KINU資料集より。

(9)人道支援を続けるべきか

<北朝鮮に対し人道支援は続けられなければならない>という設問だ。回答は否定的(0)から肯定的(10)までの11段階の尺度(6以上を肯定的と見なす)を問う形式で行われた。

19年の結果では尺度6以上と答えた比率は45.4%にのぼった。「普通」の尺度5の28.4%を除くと、否定的な回答は26.3%だった。

人道支援に対する選好度の分布。16年から19年までの推移だ。縦軸は「人道支援に対する選好度」。上に行くほど高い。横軸について0は最も否定的、10は最も肯定的だ。KINU資料集より。
人道支援に対する選好度の分布。16年から19年までの推移だ。縦軸は「人道支援に対する選好度」。上に行くほど高い。横軸について0は最も否定的、10は最も肯定的だ。KINU資料集より。

ミン副研究委員はこの項目について、「南北関係が硬直していた2016年と2017年にも人道的支援に対する肯定的な態度を持った人々の比率が、2018年、19年と大差なかった」と指摘し、「韓国の国民たちは人道支援に対する態度は南北関係と関係なく安定的」と見立てた。

(10)平和協定の締結

<休戦状態にある朝鮮戦争を公式的に終わらせるために、朝鮮半島の平和協定を締結するべき>という設問について、やはり否定的(0)から肯定的(10)までの11段階の尺度(6以上を肯定的と見なす)を問う形式で行われた。

19年の結果では尺度6以上と答えた比率は76.1%にのぼった。「普通」の尺度5の18.1%を除くと、否定的な回答は6.0%に過ぎなかった。

平和協定締結に対する選好度の分布。18年から19年までの推移だ。縦軸は「平和協定選好度」。上に行くほど高い。横軸について0は最も否定的、10は最も肯定的だ。5は普通。KINU資料集より。
平和協定締結に対する選好度の分布。18年から19年までの推移だ。縦軸は「平和協定選好度」。上に行くほど高い。横軸について0は最も否定的、10は最も肯定的だ。5は普通。KINU資料集より。

この項目について、ミン副研究委員は「調査結果には、保守や進歩(革新)、中道といった理念と関係なく平和協定締結に対する国民の選好度がとても高いことが分かる」と分析した。

●研究責任者「金正恩氏への認識に変化」

筆者は14日、今回の研究の責任者を務めた李相信(イ・サンシン)研究委員に電話インタビューを行い、調査全般について尋ねた。

――今回の調査の全体的な特徴は。

2018年の調査は3月に行われ、4月27日の南北首脳会談と「板門店宣言」の内容が出る前だったのにもかかわらず、統一に対する強い期待が窺われた。

今回の調査では2月の米朝会談決裂など南北・米朝関係の膠着状態を反映してか、統一の展望への認識は低下している。だが、対話への要求が高い部分からは、韓国政府の対話の信念や北朝鮮への「包容政策」という方向性に対する同意が読める。

――統一意識における民族主義の影響力低下はここ最近のトレンドといえる。これをどう見るべきか。

民族主義が統一や北朝鮮への認識に与える影響が下がっているのは事実だ。だがこれは、感情的な動機や外部情勢の状況の影響を受けるもので、いつでもまた変わる可能性がある。長期的なトレンドと言えるが、断定的なものではないという視点も必要だ。

――韓国政府はどう対応していくのか。

実現はしなかったものの、昨年提示された改憲案を見ると、既存の「民族文化の暢達(ちょうたつ、伸長の意)」という表現を削除し「多文化政策を推進する」といった文言を入れようとしている。このような立場に加え、政府は民族主義が弱まっているという認識の下、統一に対する共感を育てる統一教育を行っている。

統一研究院の李相信(イ・サンシン)研究委員。本人提供。
統一研究院の李相信(イ・サンシン)研究委員。本人提供。

――金正恩氏への認識に変化は?

今回の調査で注目すべき部分があった。これまで、北朝鮮への認識を問う際、「金正恩」や「金正日」などという固有名詞を入れる場合とそうでない場合で結果に差があった。名前を入れると否定的な評価になる。それが今回、名前を入れたにもかかわらず肯定的な評価が見えた点からは、3度の首脳会談などで韓国市民の金正恩氏に対する認識の変化があったものと読める。

――「統一」という言葉は漠然としており、「どんな統一か」という点には触れられていないという指摘がある。

今回の資料はあくまでも結果だけを発表したもので、精密な分析はこれからの作業になる。来年初頭にでる報告書に「どんな統一か」についての内容が入る。

●おわりに

今回の調査結果は、韓国社会の統一についての認識の幅が年々広がっているという点を改めて浮き彫りにした。金大中(キム・デジュン)政権以降続く、北朝鮮への「包容政策」を進めつつも、それを補完する論理をいかに構築することができるかが肝要だろう。南北関係の認識は、過渡期に差し掛かっていると言える。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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