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王者撃破まであと一歩。イーグルスは惜敗を「試練」と捉えた。【ラグビー旬な一問一答】

向風見也ラグビーライター
会見する梶村(左)と沢木(筆者撮影)

 リーグワン初年度王者の埼玉パナソニックワイルドナイツ。旧トップリーグ時代から不戦敗を除けば26連勝中という常勝集団が、1月28日、限りなく敗戦に近づいた。

 地元の熊谷ラグビー場でのリーグ戦・第6節。前年度6位の横浜キヤノンイーグルスが後半34分に勝ち越した。ワイルドナイツ側から見て、スコアは14―19。

 敵陣22メートル線付近での連続攻撃のさなか、ナンバーエイトで途中出場のハラシリ・シオネが突進。どちらの肩でタックルに入るかを迷ったフッカーの堀江翔太を弾き、その周りにいた防御も引きちぎり、駆け抜けた。インゴールエリアでダイブした。直後のゴールも決まった。

 14—19。

 しかし、王者ワイルドナイツは慌てなかった。

 直後のキックオフを右奥へ蹴り、捕球役へウイングの竹山晃暉がタックル。その地点にロックのルード・デヤハー、ナンバーエイトの福井翔大、インサイドセンターの長田智希が接点に身体を差し込む。イーグルスの反則を誘い、敵陣で攻撃権を得る。

 ワイルドナイツは直後に組んだモールこそ阻まれるも、まもなく敵陣22メートル線付近右のラインアウトから展開する。敵陣ゴール前左を襲い掛かり、右プロップのヴァル・アサエリ愛がボールをねじ込んだ。

 19―19。

 最後のゴールを松田が決め、そのままノーサイドの笛を聞く。

 21―19。

 激的勝利を経て、勝ったロビー・ディーンズ監督はこのように言った。

「予想していたチャレンジになった。キヤノンの皆さんには不幸だったと思いますが、自分たち地の選手を誇りに思っています。勝への道筋を自分で探してくれたことを誇りに思っています」

 メインスタンド下の会見場にイーグルス陣営が現れたのは、ディーンズが登壇する前だ。就任3年目の沢木敬介監督が、インサイドセンターで新主将の梶村祐介と着席する。

 競技への愛と厳しさで知られる細身の指揮官は、こう切り出した。

「いや、まぁ、悔しいですけどね。チームが強くなる過程でね、こうやって苦しんで、悔しい思いをして、困難をしっかり乗り越えるっていうのがね…(必要)。強くなっていく(ための)試練だと思うのでね…」

 約10分間の問答を通し、繰り返したのはこの試合が自分たちに必要な「試練」だったという考えだ。

 自身就任前のチームは、旧トップリーグで16チーム中12位。沢木は就任以来、実戦仕様のトレーニングで組織的に攻める哲学とそれに必要な判断力、スキルを磨いてきた。

 昨季は6位に終わるも、最後まで4強争いに絡んだ。今季は南アフリカ代表のファフ・デクラークの加入などで、ボトムアップに成功していた。

 以下、共同会見時の一問一答の一部(編集箇所あり)。

沢木

「ただ、まぁ、ちょっと前のイーグルスだったら、チャンピオンチームと善戦して喜んでいる選手もいたと思うんですよ、たぶん。ただ、きょうは全員がこの悔しさを忘れずに、次の試合から…。

ポジティブな部分もたくさんあったし、負けたけど自分たちの力を確信できる試合でもあったと思う。

 トップ4との差は、何か、あと少しなんですよ。クボタ(スピアーズ船橋・東京ベイ=昨季3位で今季の直接対決ではドロー)ともそうだし。この、少しの差を探しながら、毎日、毎日、そこを埋めていかなきゃいけない。チーム一丸となって毎日、毎日、ハードワークして、成長していきたいと思います」

梶村

「本当に今日の試合、勝てる自信がチーム全体であったので、結果として勝てなくて残念に思います。ただ、いま持っている力は出し切ったと思います。だからこそここからチームとして成長して、プレーオフでパナソニックさんに挑戦できるチームになっていきたいです。課題は毎試合、出てくる。それを練習で潰していって、隙のないチームにしたいと思います」

 イーグルスは前半、ハイパント(高い弾道のキック)とその落下地点へのタックル、接点への圧力を重ね、前半を5―7と僅差で終える。

——接点で戦えた。

沢木

「小さい、ラグビーのクオリティの部分で言うと、ポジティブなところもあったと思うんです。アタックで言うと、パナのディフェンスを攻略できていた時間帯もあったし、準備したことがうまくいった時間帯もあったし。ラグビーに対するベースは上がっていると思うんです。ただ、ここで勝ち切る強さを、このチームは、ここから、一貫してトップ4に入って優勝争いをするカルチャーを作るには、それ(勝ち切る強さ)が必要。その差を日々のトレーニングでちょっとずつ埋めていくしかない。次の試合へ、チームとしてもっとハードワークしていきます」

——今日は前半からハイパントを蹴る回数が多かった。

沢木

「風も強かったし、最初はアゲインスト(向かい風)だったから。アゲインストの時にロングキックを蹴っても全く意味がないんで。そういう、ナレッジ(知恵)の部分である程度、レベルアップはしていると思います」

 後半も応戦する。4分までに自陣でのミスでスクラムを与え、相手ウイングの竹山にこの日2本目のトライを決められたが、直後のキックオフの攻防で一気に敵陣の深くに進んだ。

 まずは相手の蹴り返しをアウトサイドセンターのジェシー・クリエルが捕球し、走る。ラックを作る。

 ここから同代表のファフ・デクラークが左へ展開すると、せり上がった防御の裏へスタンドオフの小倉順平がキック。左隅に転がるボールをフルバックのSPマレーが追う。

 マレーより先にカバーに入った相手スタンドオフの松田力也を、タッチラインの外へ押し出す。

 以後の攻撃ではワイルドナイツの防御網の間隔を広げようとしたり、向こうの進む方角と逆にパスをしたりと翻弄する。

 そしてペナルティを得ると、スペシャルプレーを繰り出す。

 タップキックから速攻を仕掛けるや、走者だったロックのコーバス・ファンダイクが突如、手にした球を地面に置き、それを拾い上げたデクラークが左の狭い区画へ進む。

 その瞬間、ファンダイクの両端には2人のおとり役が走り込んでいて、ワイルドナイツの防御が引き寄せられていた。

 デクラークが駆け出した左側には、わずかにスペースが広がった。ここに、もともと左側に立っていた1選手に加え、右から左に移動してきた2選手の合計3名が、デクラークからのパスを呼び込む。

 マレーがフィニッシュ! 

 直後のゴール成功で、スコアはワイルドナイツ側から見て14―12となった。

——サインプレーでのトライについて。誰が考え、どんな狙いがあったか。

沢木

「誰が考えたかは、ご想像にお任せしますけど、ああいうの、面白いじゃないですか。ラグビーを楽しむというのが、僕らの根底にある。ああいうプレーで楽しい気持ちになればいいなと思っています。

 もちろん、この試合用ですよ。ディフェンスの形を見て…あ、あんまりこれを言ったら…」

——サインを出すのは。

梶村

「きょうだと順平さん。10番が出す。場所、時間帯、流れを見て、このタイミングならいけるんじゃないかと、コールが出ました」

——誰が考えましたか?

梶村

「…スタッフが、考えてくれました」

 この動きは、2日前の練習でもシミュレーション済みだった。

 沢木は日本代表のコーチングコーディネーターをしていた2015年にも、ワールドカップイングランド大会で南アフリカ代表からトライを獲るサインプレーを考案。対戦相手の穴を突く仕組みを作るのが得意だ。

 今回の動きが生まれたプロセスについては、デクラークがこう補足する。

「(会場の)風でラインアウトは苦戦すると思ったので、(ラインアウトを使わないでも攻められる手が必要だと)選手からの発案を。そして、最終的には敬介さんが細かい動きを定めました」

 対する堀江が「うまく決まったなー」と認めるほかないサインプレーが決まってからも、イーグルスは最後まで粘る。

 守っては自陣深い位置でも身体を張り、相手の落球を誘う。球を得たらマレーの左足のロングキックでエリアを取り、好機を探る。

 好キックで敵陣の深くに入っていた後半25分以降のチャンスは、ワイルドナイツのフランカー、ラクラン・ボーシェの好ジャッカルに阻まれた。

 その後もイーグルスは、クリエルのランをきっかけに敵陣の深い位置へ進み、やはりクリエルの絶妙なゴロキックで相手の処理ミスを誘うが、敵陣ゴール前でのチャンスを活かせなかった。

 ワイルドナイツの福井が、ゴールライン上でグラウンディングを防いだためだ。

 イーグルスがハラシリのトライで勝ち越してからも、ワイルドナイツでの土壇場での集中力が光った。

 最後のワイルドナイツボールのキックオフからの動きについて、梶村はこう反省する。

「キックオフレシーブは毎試合、自分たちの課題に挙がっているところで。今日も2~3本、簡単に相手に渡していた。ああいうことをしていると、トップ4のチームはそこからスコアをしてくる。それは引き続き改善しないといけないです」

 沢木はこうだ。

「トライと、トライ取った後のキックオフって、セットなんですよね。そこで、ちゃんとボールを確保できれば、ゲームコントロールできる時間帯が増える。ただ、そのキックオフでチャンスを与えると、相手がまた勢いづいてくる。それがキックオフなんですよ。何回も言っていても、まだまだその意識が甘い、というね。『これくらいでいいんじゃないか』という甘えがあったと思いますね。ただ、こういう痛い目を見て、しっかり学ぶ。そういう試練だと思います」

——ハラシリ選手のトライで、いよいよ勝ちが見えてきた。その時、コーチ室では。

沢木

「『次のキックオフ!』って、叫んでましたけどね。(目の前に)ガラスがあって、(選手には)聞こえないのに。ふふっ。

…まぁ、上からどれだけ——選手同士がポジショニングを変える、とか——言っても、グラウンドにいる(で戦う)のは選手なので。選手がいい判断をできるように持っていくのが、日ごろの練習であり、僕らの仕事。何回も言うけど、こういう試練が、僕らには必要だと思います。はい」

 会見中は、試合中に故障したアマナキ・レレイ・マフィの状態、前主将の田村優が先発できなかったわけについても聞かれた。

「ナキのことは、まだドクターと話していないので詳しいことは分からない。ただ、ちょっと…とは思います。優はね、体調不良。けど、(この日先発スタンドオフの小倉)順平もよかったと思いまよ。順平には順平の、優には優のよさがある。はい」

 こう語った沢木は、スクラム最前列中央のフッカーについても談話を残す。

 庭井祐輔副将、開幕から先発していた川村慎を怪我で欠くなか、この日先発の三好優作、朴成浩がセットプレー、タックルで光っていた。

 指揮官はあまり褒めすぎてはいけないとくぎを刺したうえで、「日々のトレーニングでしっかりハードワークしていたら、こういうチャンスが来た時に、ご褒美でいいパフォーマンスが出せると思うんです。そういういい見本になった」と語った。

 会見時間が終了。これで戦績を3勝1分2敗とした沢木は、去り際に「いやぁ、勝てたな」と漏らした。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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