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野良犬たちの目線に立つ驚きの映像はどうやって?「わたしたちは彼らの後をひたすら追うだけでした(笑)」

水上賢治映画ライター
「ストレイ 犬が見た世界」のエリザベス・ロー監督 (C)SCMP

 「世界は」「社会は」といって人がなにかを語ろうとするときに、はたしてどれだけ人間以外のことを含めて考えているだろうか?

 これは自らの反省も含めて、あまり意識していないのが実際のところではないだろうか?

 つまり正確を期すならば、人は「世界は」「社会は」というとき、「人間の世界は」「人間の社会は」といったことで考えている。

 人間以外の存在については、ほぼ置き去りにしているといってもいいのではないだろうか。

 ドキュメンタリー映画「ストレイ 犬が見た世界」は、トルコ・イスタンブールの野良犬たちに焦点を当てている。

 作品が映し出すのは、その邦題の通りに、犬から見た世界にほかならない。

 人間目線ではない、徹底して犬の視点にたった本作は、犬の目線から見た世界と社会が目の前に広がる。

 そこからは、犬の世界にとどまらず、残酷なぐらい人間社会のさまざまなものが露呈する。

 犬の目線から、人間社会を映し出す本作について、エリザベス・ロー監督に訊く(第一回第二回)。(全四回)

主人公の犬、ゼイティンとの出会い

 第三回は前回に続いてイスタンブールでの撮影についての話から。

 作品を見てもらえればわかるが、ほんとうに犬の目線の先に映るものを基本とした映像になっている。

 まず本作には何頭かの野良犬が登場する。

 その中で、主人公といっていい犬のゼイティンに魅せられた理由をこう明かす。

「ゼイティンに初めて会ったのは、イスタンブールの地下トンネル。

 彼女がわたしの目の前を通り過ぎていったんですけど、その雰囲気に惹かれて追いかけていったんです。

 しばらくすると、彼女は別の野良犬、ナザールと合流しました。

 そして、その後、トルコで難民として路上生活をしているシリア出身のジャミル、ハリル、アリの3人の少年たちの後をついて回っていた。

 少年たちはゼイティンもナザールも大切にしていて、過酷な状況にもかかわらず、食事を分け与えていたりもした。

 まるで家族を形成しているようにみえました。彼らの深いつながりに感銘を受けました。

 それで彼らをしばらく追おうと思いました。

 その中で、ゼイティンに焦点を当てることにしたのは、彼女はほかの犬とは違っていたんです。

 彼女はわたしたちにいい意味でなつかないといいますか。

 ほかの犬には顔なじみみたいになると、親し気に寄ってきたり、じゃれてきたりすることがあったのですが、ゼイティンはそういうことがなかった。

 完全に彼女は自立してそこに常に立っている存在だったんです。

 彼女ならばペットとは異なる犬たちの物語になるだろうと直感で思いましたし、人間との関係だけで定義された犬の存在とはまたちがった世界が見れるのではないかと思いました」

「ストレイ 犬が見た世界」より
「ストレイ 犬が見た世界」より

気になる犬の密着撮影はどうやって実現した?

 その密着撮影はどのようにして進められていったのだろうか?

「犬たちは住所不定ですから、どこにいるのかわかない。

 それで、毎晩撮影の終わりには、ペット追跡用のGPS付き首輪をゼイティンとナザールに装着させてもらいました。翌朝、彼らの居場所がわかるように。

 これも実はエピソードがあって、わたしたちがGPS付き首輪をつけようとしていたら、街の人に『なにをしている』とすぐに声をかけられたんです。

 犬にわたしたちが危害を加えているのではないかと思われて。説明して理解していただいたんですけど、それぐらい街の人たちは犬たちを大切にして、常に気を配っている。

 ほんとうにすばらしいと思いました。

 話がそれましたけど、撮影はそうやって居場所がわかるようにして、2018年から2019年までの半年間、わたしはカメラをもって毎日のようにゼイティンを追いかけました。

 撮影をする中でわかったのは、野良犬たちの生活を追うということは撮影予定を立てることはできないし、その行動はまったく予測不能なこと(笑)。

 もう彼らの意思に任せるしかない。わたしとスタッフは彼らの後をひたすら追うだけでした(笑)」

犬の目線に立ってみることで、ほんとうにいままで気づかなかったことや

知らない世界を垣間見ることになりました

 いま、この撮影の日々をこう振り返る。

「前にお話ししましたけど『ストレイ 犬が見た世界』を作るきっかけは、愛犬マイキーの死というきわめて個人的なものでした。

 その悲しみを少しでも和らげたいという意識がどこか自分の中で働いて、犬を主人公にした作品へと気持ちを向かわせたところがある。

おそらく野良犬一匹なんてとるにたらない存在と思う人もいることでしょう。

 でも、わたしは今回の作品で、一匹の犬をとことん見つめて、犬の人生を掘り下げてみたいと思いました。

 実際に彼らの目線に立ってみることで、ほんとうにいままで気づかなかったことや知らない世界を垣間見ることになりました。

 そして、犬の目線に立つことで、自分たち人間の存在がどうみえているかにも気づかされることになりました。

 ほんとうにゼイティンにも、ナザールにも、そしてシリアの少年たちにも感謝です。

 振り返ると、わたしにとって、この作品を作る過程そのものが、ある意味の贖罪(しょくざい)だったのではないかと今思っています。

 愛する犬のマイキーと最期に一緒にいられなかった、会うことができなかったことの罪悪感に対する贖罪が、ひとつの作品になった。

 それが『ストレイ 犬が見た世界』で、自分のいままでのキャリアの中で最も個人的な思いがつまった作品になっていると思います。

 わたしにとって一番パーソナルな映画になったといま感じています」

(※第四回に続く)

【エリザベス・ロー監督第一回インタビューはこちら】

【エリザベス・ロー監督第二回インタビューはこちら】

「ストレイ 犬が見た世界」ポスタービジュアルより
「ストレイ 犬が見た世界」ポスタービジュアルより

「ストレイ 犬が見た世界」

監督:エリザベス・ロー

出演:ゼイティン、ナザール、カルタル(犬たち)ほか

公式サイト:https://transformer.co.jp/m/stray/

全国順次公開中

場面写真およびポスタービジュアルは(C)2020 THIS WAS ARGOS, LLC

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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