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完全栄養食は最良の食事法?

成田崇信管理栄養士、健康科学修士
(写真:アフロ)

 人間が生命活動を維持するために必要な栄養を全て満たすことのできる食事※1を完全栄養食(完全食)と呼ぶことがあります。最近ではパッケージをされた1食分を摂るだけで、1日に必要な栄養素の1/3を摂取できる、パスタやパンなど様々な形態の完全栄養食が販売され話題になりました。

 仕事が忙しいと、栄養を意識しながら買い物をする時間がとれなかったりしますし、ある程度栄養の知識がないと栄養バランスのとれた献立を考えること自体難しいことでしょう。ちゃんとした食事をすることが難しく、貧血などの栄養欠乏の心配のある人にとっては強い味方になりそうです。

 忙しい朝や、食事の時間が確保できない場面などでの利用が多いと思いますが、中には食事に費やす時間が勿体ないので、完全栄養食だけを食べていれば問題ないのでは?と、考える人もいらっしゃるようです。

 本当に完全栄養食だけを食べていて問題は起こらないのでしょうか。完全栄養食のメリット・デメリットなど、栄養学の知見を踏まえたうえで、私なりの見解を述べてみようと思います。

■食事に求められる要素とは

 私たちが毎日食べている食事(食品)には次の三つの機能があるとされています。

一次機能・・・「栄養」に関わる機能で、エネルギー源や体をつくる。(栄養素としての機能)

二次機能・・・「嗜好」に関わる機能で、感覚を刺激し食思を誘発する。

三次機能・・・「生体調節」に関わる機能で、生活リズムや疾病の予防などに関わる。

 完全栄養食はこのうちの一次機能に特化させた食品であるといえそうです。二次機能については、嗜好的な面を食事に求めないというのは個人の自由であるため、私たちがどうこういう問題ではないでしょう。検討対象は三次機能の「生体調節」にかかわる問題と考えられます。

■食事(食品)の生体調節機能 

 食事の三次機能には様々なもの※2がありますが、三次機能のうち、咀嚼や消化に関わる適度な負荷(ストレス)が特に重要なものであると感じています。

 温度や硬さ、粘度など様々な物性を持つ食品を特に意識することなく私たちは上手に噛んで口の中でまとめて食道に送り込んでいます。離乳食から訓練をはじめ、少しずつ経験を積むことで、大人と同じ食事ができるように発達していきます。液体やゼリーのような時間をかからずそのまま飲み込めるような食事を続けていると、大切な咀嚼嚥下機能が低下することが分かっています。

 口の中と同じように消化管にも適度な刺激が必要です。口から食べることが困難な高齢者などに胃瘻を造設し、経管栄養を提供することが医療の現場などではよく見られますが、この時に提供する流動食も完全栄養食といえるものです。キチンと栄養を確保できるため、長い人では10年以上も経管栄養だけで暮らしている人もおりますが、消化吸収に負担がかからないため、消化管が萎縮し、小腸壁なども薄くなることが報告されています。

 今は食事に美味しさや楽しさ(二次機能)を求めていないかもしれませんが、長い人生ですから考え方も変わるかも知れません。そうなった時に、体が食事を受け付けない危険もあるでしょう。

 色々な食材や料理を食べることは健康な体を維持するための適度なトレーニングであるといえるのかもしれません。完全栄養食に完全に依存してしまう、というのはできるだけ避けた方が良いと私は考えます。

■完全栄養食のメリット・デメリット

 完全栄養食だけに頼るのは健康面で問題がありそうですが、上手に使えば、生活環境や栄養状態の改善に貢献も可能かも知れません。

 特に、忙しくて朝食を食べられない、飲み物だけしかとる時間がない、という人であれば完全栄養食の利用はメリットがありそうです。栄養バランスのとれた食事を用意することが難しい人であれば、1週間に数回~1日一食程度利用するのはありでしょう。

 デメリットとしては、食品の特性上の問題で、高浸透圧の消化しやすい形態の食品を食べることで、腸内で高浸透圧性の下痢を生じる可能性はありそうです。食事内容が変化することにより腸内細菌の種類がかわることも予測されます。

 私たちはその時の体調によって食べる量や種類を調節していますが、完全栄養食は栄養成分が一定なので細かい調節がしにくいということがあります。風邪をひいて胃腸の調子が悪いときにはあまり脂質の多いものはとりたくないですし、寒ければ温かいものを食べたいと思うかもしれません。毎食しっかりと栄養をとらなければならない、ということはないので、体調に合わせた運用ができると良いでしょう。

■まとめ

 完全栄養食だけで全ての食事をまかなうことは「現時点では」管理栄養士として推奨はできません。不足しがちな栄養を手軽に満たせる便利な食品(ツール)が選択肢に加わった、ぐらいの利用方法が良いのではないでしょうか。上手に使ってより良い生活の助けになると良いですね。

今回のまとめ

・完全栄養食だけに頼るのは咀嚼嚥下・消化管の機能維持の面で問題がある

・忙しくて栄養がとれないのなら利用するのはあり

・利用してみて自分に合わない場合は無理に続けるようなものではない

・栄養素を満たすことも大事だが、食べたい物を我慢するのも健康的ではない

※1 完全栄養食(完全食)ヒトが必要とする栄養素を過不足なく含む食事や食品のことをいうのが一般的。日本人を対象にした食事であれば、現在用いられている食事摂取基準2015に記されている推奨量や目標量などの基準を満たす食品と定義は可能。健康維持の為には、1日3食、それぞれで栄養バランスのとれた食事をすること(もしくは、1日単位で)が大切、という考え方が完全栄養食の一つの前提になっていると思われるが、栄養素にもよるが体内で備蓄できるものも多いため、1週間単位で辻褄を合わせる方が却って人間の生理には合っている、実施しやすいという考えもある。

※2 近頃は、目の疲れを防いだり、抗酸化作用で体をいたわる、関節の痛みを軽減といったような機能性を謳う食品に注目が集まっておりますが、こうした保健機能は実際にどこまで期待できるのかそもそも明確でないので、今回の検討では対象外とします。

管理栄養士、健康科学修士

管理栄養士、健康科学修士。病院、短期大学などを経て、現在は社会福祉法人に勤務。ペンネーム・道良寧子(みちよしねこ)名義で、主にインターネット上で「食と健康」に関する啓もう活動を行っている。猫派。著書:新装版管理栄養士パパの親子の食育BOOK (内外出版社)3月15日発売、共著:謎解き超科学(彩図社)、監修:すごいぞやさいーズ(オレンジページ)

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