夏場の食中毒は正しい知識で予防しよう<前編>~腸炎ビブリオ食中毒が激減したって本当?~
ジメジメと暑いこの季節、食品の中で細菌が繁殖しやすい条件が整うため、食中毒が起こりやすいとされております。その中でも腸炎ビブリオは夏場に大流行し、食中毒統計でも事件数、患者数ともに毎年上位に位置する、代表的な食中毒細菌でした。
下の表は、平成8年~12年と、平成30年~令和4年の主要な細菌性食中毒の5年平均患者数を表にしたものです。
平成8年~12年では平均8057もあった腸炎ビブリオ患者報告数が平成30年~令和4年を見ると45まで激減しています。どうして腸炎ビブリオ食中毒はここまで減少したのでしょうか。
■腸炎ビブリオ激減の理由
腸炎ビブリオ※は高い温度の海水中で活動する細菌であり、夏場に水揚げされた海産物に付着していることが多く、刺し身など魚介類を生で食べる習慣のある日本で多発していた食中毒事故でした。
腸炎ビブリオは、高温の塩水で活動が活発になり、大量の菌を口にすることで食中毒を起こすという特徴があり、この特徴に特化した対策として、2001年に食品衛生法が一部改正し「腸炎ビブリオ食中毒防止対策のための水産食品に係る規格及び基準」が設定され、腸炎ビブリオ食中毒を激減させることに成功しました。
まず、未加工の魚介類を生食用に調理する場合には、飲用適の水で十分に洗浄することが明記されました。飲用適の水というのは水道水などの真水であり、海水でないと活動できない腸炎ビブリオに対し効果的です。加工する場合にも、基本は真水、海水を使用する場合でも殺菌した海水や人工海水の使用が義務化され、腸炎ビブリオに再汚染されることがなくなりました。
次に保存基準として、生食用生鮮魚介類を販売する場合は「10度以下の保存」が明記されました。これにより保存中に10度以下ではほとんど増殖できない腸炎ビブリオが食中毒が起こる量まで増殖することを防げます。
細菌性の食中毒予防の3原則は「つけない」、「増やさない」、「やっつける」ですが、このうちの「つけない」、「増やさない」ために何をすればよいかを分析し、規格と基準による徹底で安全性の高い魚が流通するようになったことが成功の理由といえるでしょう。
■腸炎ビブリオはもう気にしなくて良いの?
令和4年の食中毒統計では、腸炎ビブリオ食中毒の報告は一件もありませんでした。家庭ではもう腸炎ビブリオ食中毒は気にしなくて良いのでしょうか?
実は、流通している魚の安全性は高いのですが、すべての魚が安全になったわけではありません。腸炎ビブリオ予防のためにも次のことに気をつけてほしいと思います。
1 規格基準は生食用を対象としているため、加熱用の魚介類では腸炎ビブリオが付着している可能性があるので引き続き注意が必要です。洗っても問題ないものは水道水で洗浄してから調理するようにしましょう。
2 魚を調理する時には周囲に食べ物を置かないようにしましょう。塩味のついた料理の中で飛び散った細菌が大繁殖し食中毒になる事例があります。
3 魚を調理した後は水道水でキッチンをきれいに流しましょう。真水ですすぐだけで腸炎ビブリオの汚染を防げます。
4 流通していない個人が釣り上げた魚は腸炎ビブリオが付着している可能性があります。釣った魚は冷たい状態で保管し、調理前に水道水で洗い流してから調理しましょう。
気温が上がる夏場は腸炎ビブリオだけでなく、保存状態の悪い魚で発症することの多い、化学物質が原因のヒスタミン食中毒の危険が高くなります。衛生的で鮮度の良い魚を選ぶことは、腸炎ビブリオだけでなくヒスタミン食中毒の予防効果も期待できます。
■おわりに
腸炎ビブリオは効果的な対策により激減させることができましたが、ウエルシュ菌やカンピロバクターは、患者数も多く十分に予防できていない食中毒もあります。次回後編では、なぜ予防が難しいのか食中毒予防の3原則から考え、それぞれの食中毒を予防するためにどうしたら良いのか詳しく解説する予定です。
※原因となる食事を摂取してから12時間前後で激しい腹痛と、日に数回から多い時で十数回程度の下痢症状を起こす。37~38度程度の発熱や嘔吐、吐き気もみられる。症状は翌日には軽快することがほとんどだが、高齢者は脱水により重症化する危険もあるため注意が必要。