穴熊に組み替えた渡辺明名人(36)敢然と仕掛る斎藤慎太郎八段(27)名人戦第1局2日目進行中
4月8日。東京都文京区・ホテル椿山荘において、第79期名人戦七番勝負第1局▲斎藤慎太郎八段(27歳)-△渡辺明名人(36歳)戦、2日目の対局が始まりました。
対局再開の定刻は9時。その15分ほど前に、挑戦者の斎藤八段が入室。下座に座りました。斎藤八段は奈良県出身。正倉院文様が入った羽織を着ています。懐中時計を畳の上に置き、渡辺名人を待ちました。
8時50分頃、渡辺名人も着座。やはり懐中時計を座布団の前に置きます。
上位者の渡辺名人が駒箱から駒を取り出し、盤上に開けます。
名人戦第1局では将棋連盟秘蔵の「名人駒」が使われます。作者は名匠・奥野一香(1899-39)。書体は宗歩好(そうほごのみ)。現代の一般的な駒は「王将」と「玉将」が1枚ずつですが、宗歩好では「玉将」が2枚の「双玉」なのが特徴です。
渡辺名人、斎藤八段ともに「玉将」を自陣一段目の中央に置き、「大橋流」でそれぞれ20枚の駒を並べていきます。
立会人は中村修九段。記録係は田中大貴三段が務めます。
中村「それでは1日目の指し手を再現していただきます」
田中「先手・斎藤慎太郎八段▲7六歩、後手・渡辺明名人△8四歩。・・・」
田中三段の棋譜読み上げによって、前日の指し手が並べられていきます。戦型は矢倉。長い序盤戦が続き、どちらも動くことが難しい手詰まり模様となりました。
1日目は59手目、斎藤八段が1筋の飛車をじっと一つ、九段目から八段目にあげた局面まで進められ。渡辺名人が60手目を封じました。
中村「それでは封じ手を開封します」
中村九段は盤側で2通の封筒にはさみを入れ、封じ手用紙を取り出します。
中村「封じ手は△5二金です」
渡辺名人の封じ手は、手待ちの継続。有力な候補手の一つとして予想されていました。報道陣のカメラのシャッター音が鳴り響く中、渡辺名人は金を一つ横に寄せました。
中村「それでは定刻となりましたので、対局を再開してください」
ここで両対局者が一礼・・・となるところですが、渡辺名人が手元の時計を見て怪訝な表情を浮かべます。
渡辺「なってます?」
中村「なってない?」
苦笑しながら記録係のタブレットをのぞきこむ中村九段。斎藤八段もまた、自分の手元の懐中時計をのぞきこみました。ここは渡辺名人の指摘が正しかったようです。
中村「・・・今」
そんな一呼吸が置かれたあと、9時ぴったりとなり、両対局者は改めて「お願いします」と一礼しました。
局面は互いに打開が難しいまま推移していきます。千日手となる確率は、かなり高いかもしれない。しかしもちろん斎藤八段は虎視眈々と仕掛けのチャンスをうかがっているはずです。
62手目。渡辺名人は玉そばの香を一つ上げました。そして銀矢倉から穴熊へと組み替えます。
「スキあらば穴熊」
とはかつてよく言われた言葉でした。現代将棋の大きなトレンドは、玉の堅さ重視でした。穴熊に組み替えるのはその実践です。その手法を最も得意とした棋士は、他ならぬ渡辺名人でした。
しかしコンピュータ将棋ソフトの見解が人間の将棋界に大きな影響を及ぼすようになった現在。トレンドは堅さ重視からバランス重視へと推移しました。渡辺名人もその流れについていき、穴熊に組む機会は少なくなりました。
本局、穴熊への組み換えは手待ちの継続でもあります。しかし斎藤八段の攻め駒はその上部、端1筋に利きを集中できる布陣のため、損得は微妙なところ。もしかしたら斎藤八段に仕掛ける手段を与えることにもなりかねません。
11時過ぎ。斎藤八段は67手目、4筋の歩を突きました。敢然と仕掛け、攻めていく姿勢です。これで千日手の可能性はほぼなくなりました。待ち受けていた渡辺名人。すぐにぶつかった歩を取って応じます。
ハイレベルな手待ち合戦が終わり、本格的に駒がぶつかって、多くの観戦者にとってはここからが面白いところでしょう。
名人戦七番勝負の持ち時間は各9時間。2日目は昼に1時間、夕方に30分の休憩をはさんで、通例では夜に決着となります。