AIで量産、200サイトが“地元メディア”偽装「ニュースのディープフェイクス」
ニュースをAIで量産する即席サイトが、450を超すペースで急増。その半数近くは“地元メディア”を装い増殖中――。
2020年の米大統領選を控え、フェイクニュース拡散への懸念が広がる中で、こんな新たな動きが注目を集めている。
ネットの広がりに押され、新聞が次々と廃刊。地域ニュースを報じる地元メディアがない「ニュースの砂漠」が拡大を続けている。一方で、市民の地元メディアへの信頼度は依然として高い。
その空白を、AIがニュースを量産する偽“地元メディア”が侵食している。
いずれもパターン化した同じレイアウトと、ほぼ同じ自動生成のニュース。そして、民主党の知事らに対する攻撃と、保守派シンクタンクの発表データなど、右派の政治色が色濃いという。
AIによる自動生成の右派サイトに“地元メディアの顔”をかぶせた「ニュースのディープフェイクス」だ。
IPアドレスやトラフィック分析用IDから、これらの運営には同一の組織がかかわっていることが明らかになったという。
メディアの地盤沈下とAIの普及は、米大統領選を前に、新たな局面を示している。
●2週間でのべ5万本
メディアニュースサイト「コロンビア・ジャーナリズム・レビュー(CJR)」のプリヤンジャナ・ベンガニ氏が18日付の記事で、偽“地元メディア”の最新の状況をまとめている。
この動きを最初に取り上げたのは、ミシガン州の創刊164年の老舗地元紙、ランシング・ステート・ジャーナル。
米大統領選の激戦区の一つであるミシガンで、40近い新たな“地元メディア”が登場している、と報じている。
さらにやはり創刊129年の老舗地元紙、ミシガン・デイリーが続報。これらの偽“地元メディア”は複数の組織が複雑に絡み合う形でネットワーク化されており、全米規模で広がっていることを明らかにした。
この動きについては、英ガーディアンやニューヨーク・タイムズも伝えている。
CJRのベンガニ氏は、偽“地元メディア”のうち、「メトリック・メディア」という企業が10州で配信している189サイトについて、11月末から2週間、その動向をチェックしたという。
すると、これらのサイトから配信されたコンテンツは2週間でのべ5万本、実数では1万5,000本に上ったという。
だが、このうち人による署名が入ったコンテンツは100本ほど。残りは、教育省や保健福祉省、国勢調査局といった省庁が発表するデータから、AIのアルゴリズムで文章を自動生成したものや、プレスリリースそのものだった。
南カリフォルニア大学アネンバーグ校のマイク・アナニー准教授はツイッターで、「ディープフェイクスの(報道)機関版だ」と指摘している。
自動生成のコンテンツ以外で目を引くのは、トランプ大統領支持、連邦議会で進むトランプ氏への弾劾裁判への批判などの右派寄りの論調だという。
ランシング・ステート・ジャーナルのインタビューで、ミシガン州立大学の准教授、マット・グロスマン氏は、「ランシング・サン」について、右派寄りの内容が目立つと指摘した上で、こう述べている。
大問題なのは、このサイトがまるで地元紙のように見せかける、その偽装ぶりだ。
●450サイトのネットワーク
これらの偽“地元メディア”のネットワークに関わる人物として、名前が浮上したのが、保守派のメディア起業家として知られていた、ブライアン・ティンポーン氏。
ティンポーン氏はかつて、地域ごとにカスタマイズしたコンテンツの自動生成をおこなう“ハイパー・ローカル・メディア”のベンチャー「ジャーナティック」を運営し、シカゴ・トリビューンなどにも配信していた。
だが2012年、「ジャーナティック」によるコンテンツの盗用などの問題が明らかになり、配信を打ち切られたという経緯があった。
このベンチャー「ジャーナティック」が「ローカリティ・ラボ」と名称を変更し、偽“地元メディア”の増殖に関わっているのだという。
CJRのベンガニ氏が、この偽“地元メディア”を含む450にのぼるサイト群を調べたところ、これらは「メトリック・メディア」「ローカリティ・ラボ」など5つの企業や団体が運営する21の配信ネットワークが互いに連携していた。
そしてこれらのサイトは、25のIPアドレスに集約されていた。つまり、多くのサイトが配信のためのサーバーを共有していることになる。
また、450サイトが使っていたアクセス解析サービス「グーグルアナリティクス」のIDは20で、このうち5つを複数サイトで共有していた。
さらに、同種のアクセス解析サービスとして「ニューレリック」「クアントキャスト」のIDも分析。「ニューレリック」の同じIDを138のサイトで共有している事例があるなど、大規模なID共有が行われていることを確認した、という。
●急ごしらえの“地元メディア”
偽“地元メディア”サイトで目につくのは、米大統領選での激戦州での展開だ。
ミシガン州もその一つ。また、やはり激戦州のノースカロライナでは、「メトリック・メディア」によって46もの“地元メディア”が開設されている、という。
また開設時期にはばらつきがあるが、ニューヨーク・タイムズによれば、多くは2019年6月30日付で一斉に登録が行われているという。
偽“地元メディア”が、組織的、戦略的に広がっていることがわかる。
また、これらのサイトには、ほとんど広告は掲載されていないという。
その狙いが「アドフラウド(広告詐欺)」などの収益目的ではなく、2020年の米大統領選が視野にあることがうかがえる。
●「ニュースの砂漠」と地元メディア志向
ノースカロライナ大学チャペルヒル校教授のペネロペ・ミューズ・アバナシー氏の調査では、米国の新聞は2004年からの15年間で約5分の1、1,800紙が廃刊。約3,000ある郡のうち、225は地元紙がなく、ほぼ半数の1,528は地元紙が1紙しかないという。
その一方で、ポインター研究所の2018年の調査によると、米国人の73%は地元紙に信頼を寄せ、76%はテレビの地元局を信頼している、という。これは、全国紙への信頼(59%)やテレビの全国ネット(55%)、ネット専業メディア(47%)に比べ、高い信頼度を示している。
増殖する偽“地元メディア”の一つ、ミシガン州の「ランシング・サン」のサイト説明には、運営元である「メトリック・メディア」について、こう述べている。
既存メディアはこの数年、地域報道に対する投資を減少させ続けてきた。メトリック・メディアは、その結果生じた地域とコミュニティのニュースの空白を埋める取り組みを始めた。このサイトは、地域コミュニティの空白を埋めるため、全米規模で立ち上げているものの一つだ。
偽“地元メディア”は、明確に「ニュースの砂漠」を意識している。
この問題について、ポインター研究所の調査も手掛けたダートマス大学教授のブレンダン・ニーハン氏は、ニューヨーク・タイムズへの寄稿でこう述べている。
これらの偽装サイトの蔓延は、2020年の大統領選が近づくにつれて、さらに増加するだろう。この動きは、多くの有権者を欺き、あらゆるニュースメディアへの一層の疑念をもたらす危険がある。特に、多くの米国人が頼りにし、信頼しているローカルメディアがそのターゲットになっているのだ。
(※2019年12月20日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)