なでしこリーグきっての古豪クラブが2回目の2部降格。伊賀が最後に見せた意地と、異彩を放った櫨まどか
【意地】
日本女子サッカーリーグ(通称:なでしこリーグ)創設当初からリーグに参加してきた古豪チームが、ついに、1部残留争いから脱落した。
9月30日(土)に行われたなでしこリーグ第17節で、日テレ・ベレーザ(以下:ベレーザ)に敗れた伊賀フットボールクラブくノ一(以下:伊賀)は、1試合を残して2部降格が決まった。チーム創設から41年の歴史の中で、2部降格は2008年以来2度目となる。
試合前、最下位(10位)に沈んでいた伊賀にとって、残留を勝ち取るための条件はかなり厳しいものだった。残留圏内の8位との勝ち点差は「5」。他チームの結果次第とはいえ、伊賀は残り2試合で2連勝することが絶対条件だった。
そんな中で対戦したのは、前節で早くもリーグ優勝を決めているベレーザ。今シーズンのベレーザは、緻密な連携に支えられた圧倒的な攻撃力に加え、16試合でわずか6失点という堅守を見せており、伊賀はリーグ前半の第2節(4月2日)で、ベレーザに0-3で完敗している。
この試合でも、両チームの力の差は明らかだった。伊賀は立ち上がりの前半3分に、ベレーザのMF中里優に強烈なミドルシュートを叩き込まれた。
それでも、早い時間帯の失点に心を折られ、そのままなす術なく敗れるーーという展開にならなかったのは、今シーズン、試行錯誤の中で苦しみ抜いてきた伊賀が見せた最後の意地だった。
最終的に2-3で敗れたが、伊賀は今シーズン、ベレーザから複数得点した初めてのチームになった。
ベレーザが1-0でリードする中、両チームがハーフタイムを挟んで選手交代枠を使った後半開始早々に、劇的な展開が待っていた。
伊賀は右サイドからのクロスから、ゴール前で競り合ったこぼれ球をFW櫨(はじ)まどかがゴール前に折り返すと、後半からピッチに立ったDF佐藤楓がゴール左隅に押し込んで同点に追いついた。
そして、その1分後には、櫨の目の覚めるような逆転ゴールが決まった。
【異彩を放った櫨】
ゴールが決まった瞬間、スタンドがどよめいた。
伊賀のMF福丸智子が中央をドリブルで駆け上がってベレーザのディフェンダー3人を引きつけ、ペナルティエリアの手前で左の櫨に強めのショートパスを送ると、櫨はベレーザのディフェンダーが密集する中でボールを的確にコントロールし、左足を振り抜いた。
トラップからシュートに至る櫨の一連のフォームは、プレッシャーのないシュート練習のように力みがなく、ゴール右上に向かって一直線に描かれた放物線は、スローモーションに見えるほど美しかった。
櫨は、その2分後にもカウンター攻撃でFW杉田亜未のスルーパスに抜け出し、ベレーザのGK山下杏也加の逆を突いたシュートを放っている。同じように動きは滑らかで、力が入っていなかった。シュートは枠の右に外れたが、これ以降、筆者は櫨のプレーから目が離せなくなった。特に、狭いスペースでのボールタッチは正確で、伊賀の選手の中では突出していた。
櫨は、今年7月のアメリカ遠征( 2017 Tournament of Nations)で、なでしこジャパンに初招集された。29歳での代表デビューとなったが、確かな技術と経験に裏打ちされたプレーの選択が周囲からの信頼を集めるのに時間はかからなかった。
「2列目で櫨がボールを持てるからパスを当てやすいし、キープしてくれている間に次のポジションを取りやすかったです」(MF阪口夢穂/アメリカ戦後)
「櫨選手は足下のコントロールが上手くて、強いパスを当てても大丈夫なので、ボールを預けやすいです」(DF市瀬菜々/アメリカ遠征2日目)
日本はこの大会でブラジル、オーストラリア、アメリカの強豪3カ国と対戦。
櫨が試合終盤の78分から途中出場した第2戦のオーストラリア戦(7月30日)は2-4で敗れるほろ苦いデビュー戦となったが、限られた出場時間の中で、本職ではない右サイドハーフではあったが、確かな存在感を示した。
さらに、第3戦のアメリカ戦(8月3日)では、2トップの一角で先発出場し、85分までプレー。結果は0-3で完敗したが、櫨は体の強さと技術を活かしたボールキープやスルーパスで日本の攻撃にアクセントを加え、自他共に世界一と認める屈強で経験豊富なアメリカ代表の中盤のプレーヤーと互角に渡り合った。
日本は大会を通じて勝利を挙げることはできなかったが、攻撃のコンビネーションを構築するのに苦しんだこの大会で、櫨が披露したプレーの数々は、なでしこジャパンにとって大きな収穫になった。
【苦しんだ今シーズン】
逆に、これだけの確かな実力を持ち、FWで起用され続けていながら、このベレーザ戦で決めた2点目が今シーズンの初ゴールだったことは不思議に思える。
試合後、本人にその理由を聞いた。
「前にいるのに得点がないことは自分でも気にはかけてきたのですが、チームのバランスを考えるとシュートまで行くチャンスが少なく、アシストに集中していました。ただ、(2部降格寸前の)ここまで追い詰められて、(自分自身の)エンジンがかかったというか。後ろを気にしないで積極的に前に上がるようになって、ようやくゴールを決めることができました」(櫨)
その言葉からは、今シーズン、チームが味わった苦しみも伝わってきた。
伊賀は昨シーズン終了後に主力を含む10人が移籍や引退などでチームを離れ、新たに9人が新加入。
選手の顔ぶれのみならず、チームのサッカースタイルにも大きな変化があった。日本女子サッカー界の黎明期を選手として引っ張った野田朱美監督が昨シーズン途中からチームの指揮をとることになり、それまでの堅守速攻から、パスをつなぐ攻撃的なスタイルを目指した。その中で、櫨はボランチからFWにコンバートされ、去年はサイドハーフでプレーしていた杉田もFWにコンバートされた。
しかし、野田監督が求めた理想と現在のチーム力の間には、予想以上の深い隔たりがあった。
「シーズンの始めは、監督が求めるサッカーに対してみんながやる気に燃えていましたが、いざ試合になると思うようにいきませんでした。その中で目指すサッカーを貫いてきたのですが、降格が見えてきた時に、自分たちの強みがわからなくなってしまったんです。チームとして、ここからどう進んでいけば良いんだろう、とみんなが不安になっていた中で、キャプテンの杉田と『自分たちが引っ張っていくしかない』と。勝つために、パスをつないでいたところを省いてちょっとでもボールを前に進めようと、切り替えてきました」(櫨)
新たなチーム作りの中で、もどかしい思いを抱えながら、試行錯誤を繰り返してきた。
【リーグ最終戦】
どのカテゴリーでプレーしようと、スタジアムに足を運んでその選手を観たい。櫨は、観る者にそう思わせてくれる選手だ。
試合前に何気なく始めたリフティングを見た時に、彼女とボールの”親密度”が伝わってきた。頭、胸、アウトサイド、足首。ボールはどこに触れても、伸縮性のある紐でつながれているように、規則正しく跳ねた。
伊賀にとって苦しいシーズンだったが、その中でも、この試合で見た櫨のプレーからはサッカーを楽しむ姿勢が失われていなかった。その理由を、最後に聞いた。
「私は苦しければ苦しいほど、『楽しい』と思う性格なんです。追い詰められて初めて分かるチームメートの頼もしさとか、自分が持っている力も分かりますから。今は(降格して)本当に悔しいですが、その中でも、サッカーを楽しむことはできています」(櫨)
次は、2部降格が決まった中で迎える最終戦になるが、今、櫨はその試合に勝つことしか考えていないという。
「今はみんなが複雑な心境だと思いますが、私はチームを引っ張っていかなければいけない責任もありますし、最後の新潟戦は、チームとして絶対に勝ちたい。今は、そのことしか考えていないです」(櫨)
伊賀は次節、10月7日(土)に、ホームの上野運動公園競技場で、アルビレックス新潟レディースと対戦する。
自身のキャリアで初の代表選出から初の2部降格まで、激動のシーズンを過ごしている櫨は、今シーズンのリーグ最終戦でどのようなプレーを見せてくれるのか。注目の一戦だ。