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世界で初めて1/5以下の低コスト実現した「温度差による発電」とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 温暖化防止のため、発電システムはなるべくCO2排出量が少なく、エネルギー変換効率の高いものが求められる。多くの発電システムの中で最近、注目を集めているのが温度差による熱電発電だ。今回、産学官連携の研究開発により、従来の1/5以下という原材料費でなおかつレアメタルを使わない素材による熱電発電が世界で初めて実現した。

ゼーベック効果とは

 一次電池を発明したのはイタリア人のアレッサンドロ・ボルタ(Alessandro Volta、1745〜1927)で1800年のことだった。ボルタの名はその後、電圧の単位であるボルト(V)になった。

 一次電池を発明したきっかけは、同じイタリア人のルイージ・ガルヴァーニ(Luigi Galvani、1737〜1798)による有名なカエルの足の筋肉収縮の実験だ。ガルヴァーニは、カエルに電気が蓄えられていると主張した。

 だが、ボルトは逆に種類の異なる2つの金属をカエルの足に触れさせることで電気の流れが生じると考え、それを実証した後、2種類の金属(銅と亜鉛)を電極に、食塩を電解液にし、電気の流れを生じさせて電池を作った。

 ボルトの作ったのは電位差を利用した化学的な電池だが、これを作る前の1794年に1種類の金属でも両端を異なる温度にすることで電位差が生じ、電流が流れることを発見している(※1)。金属の熱伝導は金属の中の自由電子によるものだが、金属の一端を冷やし、逆の一端を加熱して温度勾配を作り出すことで、それぞれの一端で自由電子の密度が変わる現象が生じるのだ。

 これが温度差を利用した熱電発電の原理だが、通説ではこの現象を発見したのはドイツ人のトーマス・ゼーベック(Thomas Johann Seebeck, 1770〜1831)であり、発見は1821年のことだったとされている。そのため、温度差によって電位差が生じる現象は、後にゼーベック効果(電流により温度差が生じるという逆のペルチェ効果とともにゼーベック・ペルチェ効果とも)と呼ばれるようになった。

温度差を利用した熱電発電

 このように、熱電発電の原理はすでに200年以上も前から知られていたが、効率が悪く実用化にはほど遠かった。

 だが、半導体を使った研究が進み、様々な素材を用いた試行錯誤がなされた結果、21世紀に入る頃には200〜300℃で変換効率約18%(それまでの熱電発電の約8倍)という熱半導体が開発されるようになった(※2)。

 その後、さらに研究開発が進み、その派生技術として電気ではなく熱によってコンピュータを作動させるデバイスも開発されるようになっている(※3)。これは宇宙空間などの高温下でコンピュータを正常に動かす技術として注目を集めた。

 従来の発電システムの変換効率は、最新鋭の火力発電所で約46%、原子力発電所で30〜32%、太陽光電池で約13%となっている。火力も原子力も電気に変換できなかった熱エネルギーを環境中へ放出し、無駄になるエネルギーは約6割といわれている。

 そのため、これら熱発電の排熱、自動車のエンジン、工場の排熱などを利活用できれば省資源や環境保全に大きな影響を与えるだろう。

 現在の熱電発電は、発光ダイオードと同じp型とn型の2種類の半導体を接合し、重層化させて上下の半導体の温度差から直流の電気の流れを生じさせている。メカニカルな機構がないため、構造を簡略化でき、半導体を作る過程以外にほとんどCO2の排出がないというメリットがある。

 また、海水の温度差を利用した海洋温度差発電というものもある。これは温度の高い表層水と低い深層水の温度差を利用して発電するが、半導体モジュールを使うものではなく、海水の温度差により気化したアンモニアなどの気体圧力でタービンを回して発電するという方法だ。

環境負荷の低い材料を

 ただ、熱電発電に使われる半導体の材料の多くは、ビスマス(Bi)・テルル(Te)というレアメタルが使われている。これらレアメタルは資源量自体が少なく、産出する国や地域も限定され、しかも有毒であるため、コスト、資源管理、材料調達、環境負荷の面から代替の材料が求められてきた。

 材料のコストを下げて生産量を上げなければ、大規模発電所の排熱利用に熱電発電を使うことはできないだろう。さらに代替材料が開発されたとしても、それをpn接合して熱電発電のデバイスとして使うようにしなければならない。

 そのため、近年ではマグネシウムシリサイド(Mg2Si)やFe2VAIというホイスラー合金(※4)といった汎用性の高い材料を使って半導体を作れないかと研究開発が進められてきた。ホイスラー合金は結晶が規則的に並んでいるため、半導体の結晶薄膜にしやすく、最近ではビスマス・テルルに近い変換効率を達成した材料も作られている。

 今回、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)、アイシン精機株式会社、茨城大学などは、世界で初めて鉄・アルミニウム・シリコンの熱電材料を使った熱電発電モジュールの開発に成功したと発表した。汎用性の高い元素だけで熱電材料を作ることで、ビスマス・テルルよりも原材料費を1/5以下に下げることが期待できるとしている。

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コストと環境負荷が低く、調達が容易な汎用材料を使った熱電発電モジュール。Via:NEDOのリリース

 鉄・アルミニウム・シリコンの合金を作る際には、実験とAIを組み合わせた試行錯誤を繰り返したという。Mg2SiやFe2VAIでも合金を構成する各素材の割合が重要だからだ。

 共同研究に参加したアイシン精機によれば、今回の成果と逆の電流による温度制御、前述したペルチェ効果を使ったビスマス・テルルによる冷却用のペルチェ・モジュールは、すでに小型冷蔵庫やワインセラー、光通信のレーザ冷却などに使われてきたそうだ。今回の小型熱電発電モジュールの開発は、このペルチェ・モジュールの製造技術を応用したのだという。

 また、熱電発電デバイスにするまでのコストは従来の1/2〜1/3、数百円台を目指して量産化を準備しているというが、ペルチェ・モジュールによる冷却システムの既存生産ラインを活用するようだ。今回の発電モジュールは1cm×1cmで、室温から200℃までの環境下における温度変化により85μWまで発電できる。

 IoT機器は今後、爆発的に数が増えていくと予想される。今回の成果は、実世界での現実的な温度環境で使用を想定し、ユビキタス・モジュールやIoTモジュールの電源として期待されるが、量産効果でよりコストが下がれば、大量生産や大型化をして発電所などからの排熱を利用した熱電発電も可能になるだろう。

※1:L A. Anatychuk, "Seebeck or Volta?" Journal of Thermoelectricity, Vol.1, 9-10, 1994

※2:P L. Hagelstein, Y Kucherov, "Enhanced figure of merit in thermal to electrical energy conversion using diode structures." Applied Physics Letters, Vol.81, 559, 2002

※3:Mahmoud Elzouka, Sidy Ndao, "High Temperature Near-Field NanoThermoMechanical Rectification." nature, SCIENTIFIC REPORTS, Vol.7, 44901, 2017

※4:Y Nishino, et al., "Semiconductorlike Behavior of Electrical Resistivity in Heusler-type Fe2VAl Compound." Physical Review Letters, Vol.79, 1909, 1997

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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