武豊が、凱旋門賞のスタンドを見上げ続け、今年だからこそ想った事とは……
伯楽エイダンに上げてもらったのは足と……
現地時間10月3日、フランスはパリロンシャン競馬場で凱旋門賞(GⅠ)が行われた。
100回目となる記念すべき今年の大一番で、自身9回目の騎乗を果たしたのが、日本が世界に誇る名手、武豊だ。
「凱旋門の形のトロフィーが、フランキーの家には6つもあるわけですよね……。いつか僕も日本へ持って帰りたいですね」
凱旋門賞に懸ける想いをそう語った彼が騎乗したのはブルーム。アイルランドの伯楽エイダン・オブライエン調教師が管理する5歳の牡馬だ。
13時前に競馬場入りした武豊。コートに身を包んだまま馬場を歩くと「ずいぶんと雨が降ったわりには綺麗ですね」と不思議そうな表情で語った。
それから約3時間後、共同オーナーであるキーファーズの松島正昭氏の勝負服に着替え、パドックに現れた。まずは出場騎手に歴代の勝利騎手を加えた記念撮影に納まる。R・ムーアやC・スミヨン、O・マーフィーら今回一緒に騎乗する名手らとこの大舞台で並ぶだけでも他のジョッキー達からしたら垂涎の的だろうが、そこにこの世界最高峰のレースを6勝しているL・デットーリ、同4勝のO・ペリエが加わる。更にすでに現役を引退している過去の名手、例えばアーバンシーのE・サンマルタンや4勝したF・ヘッド、ジレやジャルネらも並んで記念撮影が行われた。
撮影が終わると「余興はここまで」と言わんばかりに急展開を見せる。各陣営が集まり、最後の作戦会議。いきなり勝負の世界へと局面が変わるのだ。
武豊は指揮官であるA・オブライエンと顔がくっつくかという位置で最終章への一里塚を築く。直後に騎乗合図を報せるベルがなると、オブライエンが足上げをする形で武豊は馬上の人となった。
「エイダンに上げてもらい、テンションも上がりました」
パドックから本馬場へむけては曳き手が手綱も一緒に持って引っ張るため少々しかめ面を見せたが、馬場入場後のパレードではそんな表情が一変し、穏やかにスタンドを見上げた。いや、見上げ続けた。
スタンドを見上げ続けて想った事
ゲートが開くとスタートダッシュこそ利かせられなかったものの、少し後には一気に先団へ。そして流れが落ち着く頃には果敢にハナに立ち、他の13頭を引っ張った。
「エイダンから『他に行く馬がいないようなら行っても構わない』と言ってもらえたので逃げました」
途中からアダイヤーが掛かり気味にかわしていき、大外に進路を取っていたクロノジェネシスがそのすぐ後ろまで進出。ブルームはノメッているのか、多少走り辛そうに見えたものの、好位で流れには乗れていた。しかし、最後の直線で後続の各馬が襲いかかって来ると武豊曰く「残っていなかった」という事で、後退。結果、11着に沈んだ。
「エイダンも『グッドレース』と言ってくれたし、好いポジションでレースは出来たと思います。今回は残念だったけど、毎年この場にいないといけないなぁ、と改めて感じました」
そう語る天才ジョッキーに、レース前のパレードではずいぶんと長い間、スタンドを見上げていましたね?と問うと「今年は色々と思うところがありました」と口を開き、更に続けた。
「『やっぱり凱旋門賞って良いなぁ……』と思いながら見ていたのですが、ずいぶんとお客さんが入っているのを見て『コロナは大丈夫かな?』と少し思いました」
ワクチン接種済みで陰性である証明書がないと入場出来ないので、まず大丈夫ではあるのだが、日本の競馬場に現在ない光景を見て、そんな事を感じたのだ。そして、更に想う事があったと言う。
「去年はエイダンが使用していた飼い葉に薬物が混入しているかもしれないというおよそ想像出来ない理由でレース前日に出場機会を奪われました。それで仕方なく凱旋門賞をスタンドから観戦しました。だから『あぁ、去年は全く逆の立場であっちから見ていたなぁ……』などという事も想っていました」
その昨年も帰国後2週間の自主隔離を覚悟しての渡航だった。あれから1年経ったが、コロナ騒動はなかなか収束を見ず、今年も帰国してからは隔離期間に入る。日数は昨年の2週間から(条件付きではあるが)10日間に短縮された。よって、競馬を半月まるまる休む必要はなくなり、2週目にはファンの前に姿を見せられる事になった。「それはありがたいです」と語る武豊だが、同時に次のようにも言った。
「まぁ、たとえ隔離期間が1ケ月でも行きますけどね」
このひと言に彼の凱旋門賞に懸ける想いが凝縮されていると感じた。そして、あの凱旋門形のトロフィーを日本に持って帰る日がいつか来るよう、応援したいと改めて思った。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)