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なぜコロナ禍でも台湾への留学生が増えたのか 現地でのサポートや要因は?

田中美帆台湾ルポライター、翻訳家
台湾では卒業すると学位服で記念撮影が一般的(写真撮影・提供:五味稚子)

「内向き」に逆行する台湾留学

 「若い人が海外に行かなくなった」「海外へ留学する人が減っている」——新型コロナで海外渡航がストップしたことも相まって、こう考える人は少なくないだろう。だが、ファクトを確認すると、実際のデータはまるで様子が違う。

 まず海外への日本人留学生は2011年度の3万6,656人から、コロナ前2019年度には10万7,346人に増加していた(リンク)。これがコロナ発生で激減した。

 台湾の文部科学省にあたる教育部の公開データをもとに、この10年の台湾への日本人留学生の推移を見てみよう。

 留学といっても、目的は2つに大別できる。語学取得と学位取得、つまりは中国語を学ぶのが目的の留学と、大学卒業や修士博士獲得を目指す留学である。

出典:大專校院境外學生概況(教育部統計處)をもとに筆者作成。なお、民間の語学学校は対象外。
出典:大專校院境外學生概況(教育部統計處)をもとに筆者作成。なお、民間の語学学校は対象外。

 2020年、2021年に語学留学が減る一方、学位留学は増えている。この10年で比較すると約7倍だ。要因として、ここでは台湾に特化して2つ指摘しておきたい。

 1つは、2012年にスタートした「台湾留学フェア」の開催である。現在では春と秋に台湾の各大学が一堂に会して説明会が行われる。筆者は法政大学で行われた2012年の説明会に参加したが、その際は大学の学部留学を前提にしたフェアだったと記憶している。日本に居ながらにして現地大学に質問でき、それが留学を具体化する機会となっている。

 次に、修学旅行生の増加である。2020年に海外を行き先にした修学旅行は中止に追い込まれ、2021年は国内限定で実施された。だが、コロナ前の2019年には、海外修学旅行のべ416件のうち、25.2%で台湾が行き先に選ばれていた。前後の研修や現地での交流などで、台湾に触れる機会は多かった(参考リンク)。

 加えて、ガイドブックの刊行数、雑誌での台湾特集、タピオカや台湾カステラの流行など、メディア発信がこの10年で劇的に増加したことも遠因だろう。

 では、台湾留学の実態はどうなっているのか。2人の関係者に話を聞いた。

台湾留学に必要な語学力とは?

 南木祥平さんは、コロナ禍の2020年にオンラインによる中国語レッスン「台湾Talk中国語学校」を始めたのち、2021年からは留学エージェント事業もスタートさせた。

 「元々、中国語を教える中で、台湾の大学進学のための調べ物をしてほしい、書類を添削してほしいといった要望に対応していました。そのうちに、大学付属の語学センターの入学手続きを代行してほしい、不動産を探しているが語学が不十分で自分では交渉が難しいなど、語学学習の先にある留学や現地就職・移住などを手伝う機会が増え、結果としてエージェントサービスを始めました」

 対応できる範囲にはおのずと限界がある。それでも相談者から、別のエージェントからはレスポンスがない、サポートが放棄された、希望先と違う大学に進学させられたなど、駆け込み寺として持ち込まれる課題は実に多様だった。

 数々の対応を重ねる中で印象に残ったのは、台湾の大学における外国人留学生の入学条件が厳しくない点だ。

 「それなのに、台湾内での大学ランキングや難易度で判断して、入学申請さえあきらめてしまう例がありました」

 もとより入学条件は各校で異なる。日本の大学入試の熾烈さを思えば、外国人の入学ハードルが低いのは魅力的に映る。

  筆者は在住5年で台湾の大学院に入学した。申し込み時点では筆記試験も面接試験もなく、大学の卒業証明書とその成績証明書、台湾で通った大学付属の語学センターでの履修証明書を提出し、合格通知が届いた。普段の生活でも仕事でも中国語を使っていたが、アカデミックな授業についていくのは容易ではなかった。授業内容、課題提出、口頭発表、レポート作成……かろうじて修士号を取得したものの、あまりにハードで一時は進学を後悔したほどだ。そうした経験から言えるのは、入学のハードルが低いからといってアカデミックレベルが低いわけではない、ということだ。

 現在、台湾南部、高雄餐旅大学教員の日本語を教える関口要さんは、以前の勤務校でこんな経験がある。

 「ある学科で学ぶ日本人留学生数人が、自分の学科の勉強を続けていくことができず、やむなく日本語学科に転籍したケースがありました」

 その数人のうちの1人も、結局自主退学したそうである。また、日本人留学生には、入学後に学業の問題を抱えるケースが多いとの指摘が学内でもあったという。関口さんは20年以上、台湾での日本語教育に携わってきた。台湾と日本の学位留学の根本的な違いについて、この語学面でのハードルを指摘する。

 「日本の大学へ学位留学を希望する場合、まず民間の日本語学校や大学付属の留学生別科といった語学を学ぶ専門機関で、1年半から2年、平日に毎日、日本語を学んだうえで、日本語能力試験(JLPT)の最上級N1か、その一つ下のレベルであるN2の合格が求められます。他に日本留学試験というテストもあり、学位留学生にはアカデミックな内容に対応できる語学能力が求められます」

 では、どのくらいなら台湾の学位留学に必要な中国語力を身につけられるのだろう。関口さんは言う。

 「毎日語学学校にフルタイムで通って1年半から2年かかります。そこから考えると、日本人が大学進学のための中国語を取得する期間として、同じように最低でも1年半は見ておきたいですね」

 学習進度は人によって異なるので、あくまでも目安だが、今後、留学を考える際の参考にしてほしい。

語学留学にも返済不要の奨学金がある

 台湾では、今月1日から政府による「教育省台湾奨学金及び華語文奨学金」の募集が始まった。これは台湾と日本の教育、科学技術、文化における交流の促進を目的として支給される、返還不要の台湾政府奨学金制度だ。学位取得をめざす留学枠は20人、語学取得は13人の定員枠がある。

 語学の場合、高校卒業で今年9月から大学付属の語学センターで中国語を学びたい日本人が対象とされている。支給期間は3か月〜1年、支給金額は2万5,000元(約10万7,500円)である(詳細はリンク参照)。これがあれば、費用負担は格段に減らせる。

 この制度は、学位留学したい人にも、教育機関別に学費分、生活費分ともに期間にあわせて支給がある。今年の申請期間は3月31日まで。必要書類など揃えるのに時間がかかるため、検討している人は早めにチェックしておこう。

 奨学金制度があるのは台湾政府だけではない。2010年代半ばから日本政府も日本人の海外留学に力を入れ、今では「トビタテ!留学JAPAN」といった大型のプロジェクトがスタートし、日本学生支援機構の他、官民いずれも奨学金制度がある。返還不要のものもあるので、あきらめる前に制度や仕組みを調べてみてほしい。

大学情報は個別にコンタクトを。

 では、学位留学をめざす際、どのようにエージェントや留学先を選べばよいのだろうか。南木さんは次のように話す。

 「海外ならどこも同じだと思いますが、たとえばエージェントなら1社の話を鵜呑みにするのではなく、複数で相見積もりなど比較したうえで選択することだと思います。また大学情報に関しては、ネット上に情報があるようでいて、実は少ないんです。自分からSNSで在校生や卒業生を探し、直接メッセージを送り、生の声を聞くことを強く勧めます」

 日本でも同じだが、民間の会社や団体から出されている情報は、広告であることが大半だ。一見、バラ色に映るが、場合によっては実態と異なることもある。語学留学は個人のブログなど情報が充実してきたものの、学位留学はまだ十分とはいえない。入学前後で「想像と違った」とショックを受ける人もいる。南木さんは言う。

 「より多くの人が台湾の大学に進学し、SNSなどによって実態を紹介する生のコンテンツが増え、それが共有されることで、入学前後でのギャップが減るのではないかと期待しています」

 なお、学位留学の場合は、大学ごとに留学生に対する減免措置や各種奨学金制度、補助などがある。これも準備の一つとして調べておきたい。

ネットワークをセーフティーネットに。

 語学力が不十分なまま、海外で暮らすのは楽ではない。台湾の治安は比較的よいが、それでも交通、住宅など、暮らしのトラブルは存在する。実に胸の痛む話だが、日本人留学生の中には、2020年に自殺者、2021年に死亡事故があった。

 では、現地で何かトラブルに遭遇したら、どうすべきなのか。相談先を見つけておきたい。

 まず大学内に日本人学生会が存在する学校がある。留学先にそのような会があるか、確認しておこう。関口さんは、Twitterアカウント「台湾への留学を支援する有志の会・台湾正規留学相談室」、Facebookグループ「台湾正規留学相談室」を運営する中の人だ。さらに、台南の「台南市日本人協会」では、理事を務める(リンク)。

 「会員は、台南でビジネスを手がけている方、企業、π大学、医療機関で働いている方、日系企業駐在員、留学生、台湾人と結婚した方の外、賛助会員には台湾人の方もおり、その中には弁護士もいます。困ったときに気軽に相談できる体制をとっています」

 関口さんの言葉にハッとした。恥ずかしながら筆者は日本人の集まりにどこか窮屈さを感じていたのだが、そういった会はセーフティーネットの一つでもある。

 もちろん頼れる日本人や台湾人がいるならそれに越したことはない。周囲ですぐに見つからない場合は、日本人グループに顔を出すことも検討してみてほしい。これは留学希望者だけでなく、今まさに台湾にいる人すべてにいえることだ。

 さて南木さんは今年の留学傾向について「コロナ前の水準かそれ以上に戻る」と見通す。今年かどうかはともかく、筆者自身、40歳で台湾に渡り、人生が変わった。海外という別のフィルターを通して日本を見つめる今、日本への理解を深める道のひとつと実感している。留学を、人生を豊かにする選択肢として大いに励ましたい。

台湾ルポライター、翻訳家

1973年愛媛県生まれ。大学卒業後、出版社で編集者として勤務。2013年に退職して台湾に語学留学へ。1年で帰国する予定が、翌年うっかり台湾人と国際結婚。上阪徹のブックライター塾3期修了。2017年からYahoo!ニュースエキスパートオーサー。2021年台湾師範大学台湾史研究所(修士課程)修了。訳書『高雄港の娘』(陳柔縉著、春秋社アジア文芸ライブラリー)。

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